動き出す黒い影・1
反国王派囮作戦開始から三週間が過ぎた。
レイナ達からの定時連絡は相変わらず何もなく穏やかな日々が過ぎていた。
王都に残ったメンバーはスカーレット隊強化の第一弾として分隊長以上を対象に絶対防御系魔法の講義を行い、分隊長以上の能力向上を行っていた。
絶対防御系魔法は習得に時間が掛かるもの習得してしまえば鬼に金棒だ。
いかに屈強な戦士や様々な魔法を扱う魔導士相手であろうと絶対防御の前ではほぼ無力になる。
もちろん絶対防御は空間をずらした空間防御という側面があり、その特徴からこちらから攻撃できないという欠点はあるが防御をするだけなら問題はないのだ。
こちらの方も順調で全員センスが良く、通常なら数ヵ月はかかると思われる習得もあと二週間もあればできそうなくらいの飲み込みだった。
しかし事件はそんな穏やかな日々の中、突然起こるものだった。
突然、体の芯を揺らすような衝撃と耳を付く轟音に俺は夜中に文字通りたたき起こされた。
すぐさま窓を見ると王宮の一部が燃えているのが分かる。
しかも場所は女王であるリムルの自室付近なのだ。
チェーンメイルを着込み皮の胸当てを付けると短剣を腰に差してすぐに廊下へ出る。
「隊長!」
廊下へ出たところで丁度、俺を呼びに来たのか第一分隊長のセルシアが向かって来ていた。
「セルシア、深夜巡回の隊員達は!?」
スカーレット隊は常に王宮周辺を巡回させていて今日は第一分隊が担当だ。
しかし巡回しているにも関わらず襲撃だと?
しかも王宮を?
「リムル様の自室へ向かわせています! エルティナがすでに準備を終えて下に待機中です!」
「分かった! セルシアは先に行け。必要に応じて遠隔会話で俺に報告を入れろ!」
「はい!」
セルシアはそう返事するとすぐさまリムル救出へと向かう。
階段を降り、玄関を出るとエルティナがすでに簡易武装を終えて待っていた。
「隊長、ご指示を!」
「第二から第三分隊は第一分隊の援護、第四から第六は市街地の安全確保と不審者捜索、第七分隊は完全武装で戦闘準備にて待機だ! 俺はリムルの安全確保で先に行く、以降ナーシャに従ってくれ!」
「承知しました!」
背筋を真っすぐに右手を胸中央に置くスカーレット隊伝統の敬礼をして答えるエルティナ。
俺は頼んだと一言伝えると、王宮へ急ぐ。
《ナーシャ、聞こえるか!》
王宮へ向かいながらナーシャに遠隔会話で呼びかける。
《聞こえます!》
《俺はリムルの安全確保に向かっている。君には第七分隊と待機しつつ第二から第六分隊への指示を任せる。簡単な指示はエルティナに伝えた、あとは君の判断で指揮を執ってくれ。こっちが落ち着いたら指揮を引き継ぐ!》
《承知しました! オルビス隊長ご武運を!》
《ああ!》
遠隔会話を切る。
その直後、セルシアから連絡が入った。
≪隊長! リムル様は保護しました! しかし敵勢力が思いの外、多く苦戦しています!≫
≪分かった! 俺がもう少しで到着するからそれまで持ちこたえてくれ! その後第二、第三分隊が到着する!≫
≪了解しました!≫
セルシアとの会話を切ると、すで王宮内で後一階上がればリムルの自室のある最上階だった。
上の階では魔法での応戦の影響か、天井からチリが落ちてきて辺りも衝撃波の振動で揺れている。
腹に重苦しい衝撃が伝わるだけに戦闘は激しいのが分かった。
最上階にたどり着くと炎と煙の中、戦闘が継続している。
この煙の中で戦闘を継続しているのは双方にとって危険だが、恐らく敵はそれを狙っているのだろう。
第一分隊の半数が消火に回り、残りがカード・フィールドによる防御と攻撃をしているらしい。
第一分隊はリムル自室前で挟み撃ちにあっている。
つまり俺の目の前には挟み込む敵がいるわけだ。
「貴様ら何者だ!」
俺が声を張り上げて叫ぶと、敵は弾けるようにこちらの方を向いた。
敵は黒装束に身をまとって顔も目元以外は隠れている。
典型的な暗殺部隊だ。
人数はこちら側で十名程度、反対側は分からないが同規模だろう。
リムルを守りながらだと少し荷が重いかもしれない。
俺は短剣を抜くと、魔法で身体強化して一気に敵の正面に突っ込むのだった。