迫る陰謀・5
朝日が窓から差し込むスカーレット隊長執務室の机で俺は、一枚のリストに目を通していた。
何のリストかと言うと孤児院から村に移住して失踪した人間のリストである。
移住先は言うまでもなく反国王派が管理する領地だが、失踪している女性の出身孤児院に共通点が見られたのだ。
決まってある一つの孤児院出身者なのである。
年齢は十代後半から二十代前半までだ。若くて体力のある女性をターゲットにしているとみられる。
反王国派の領地とは言え様々な地域の村に及んでいたため誘拐されるターゲットを絞り込めるのは助かった。
「隊長、どうなんですか?」
リストを届けてくれたナーシャがまだ目の前にいたことさえ忘れて俺はリストに見入っていたようだ。
リストを一度机に置く。
「イヌグニアス孤児院出身の女性だけが誘拐されているな」
「イヌグニアス孤児院ですか?」
聞いたことないという風に首をかしげるナーシャ。
イヌグニアス孤児院は目立って有名な孤児院と言うわけでもない。
確か、アルド・ロメスティア子爵の領土内にある孤児院だったはずだ。
アルストム王国内でも南東の端の方に位置し標高が高く厳しい地域と聞いたことがある。
イヌグニアス孤児院は表の世界では数多くの孤児院と同等の規模なのだが、実は王国魔法研究所が裏で研究開発した魔力量増幅剤の実験場として使っているのだ。
この事実は王国魔法研究所の所長、副所長とその下で研究を進める各研究室長までしか知らない。
ちなみに俺が知っている最大の理由はこの魔力量増幅剤の被験者の一人だったからだ。
魔力量増幅剤は通常、戦場等で魔力切れを起こした魔導士に対してわずかに残っている魔力を一時的に増幅する薬だ。
副作用は使用後、一週間の間魔力が回復しないという事態になる。
じゃあ孤児院で使っている魔力量増幅剤はどうかと言うと副作用を抑える代わりに微量だが魔力量を増やすものだ。
作用の仕方はほぼ同じなのだが、わずかに残った魔力を増やすのではなく、平時の魔力量をわずかに増やすのだ。
これを使い十年くらいで一般魔導士を超える魔力量を獲得することが出来るのである。
ちなみに俺の場合は失敗の部類で元々の魔力量をわずかに増やすに留まった。
イヌグニアス孤児院ではその実験結果から特に優秀な伸びを持った子供を十代のうちから魔導士育成を兼ねて王立魔法学校へ招き、領での生活を行う事になる。
俺の魔導士隊で部下だった中にもイヌグニアス孤児院出身のものがいたのを知っていた。
「イヌグニアス孤児院は王国魔法研究所も一枚噛んでる孤児院でな。魔導士育成を兼ねた人体実験が行われているんだ。非人道的なことは何一つ行ってないがな」
「それと今回の誘拐と、どう関係が?」
「ホモンクルスの母体となる人間の保有する魔力量が多いほど、ホモンクルス製造の成功に繋がっているらしいんだよ」
理由までは分からないらしいが魔力量の多い母体でのホモンクルス製造ではかなりの確率で成功するという報告がある。
もちろん非合法な研究機関の情報だが決して無視は出来ない成果なのだ。
「移住先の村は本来、孤児院の近くなんだが。この孤児院の内部にホモンクルス製造に噛んでいる人間がいるわけだな」
「だからイヌグニアス孤児院出身の女性ばかりが誘拐されるわけですか」
「ああ。しかも敢えて村に移住させてからだ」
全く手が込んだことだな。
「ノラスティス公爵の情報網も広いな。こんな情報普通じゃ手には入らない代物だぞ」
「だからレイナさんがノラスティス公爵を信用するわけですね」
「そうだな」
これだけの人間を味方に付ければ多少の無茶は通せるのも分かる。
リムルもノラスティス公爵がいれば安心出来るわけだ。
で、結局最後のキーは俺という事か。
「公爵様に、女王様と、全く荷が重いわな」
俺がそう言いながら机にうつ伏すと、ナーシャが俺の後ろに回り込んでくる。
うつ伏している俺の上からさらに覆いかぶさってきた。
柔らかく暖かい感触が背中越しに感じる。
「おい、ナーシャ」
俺が起き上がろうとするが、ナーシャは優しく俺の肩に手を添えると耳元で囁き始めた。
「隊長。大丈夫ですから。わたし達がいます。隊長は自信を持ってわたし達に命令を下してくれればいいんです」
「ナーシャ……」
「わたし達は、あなたのその力を身をもって知っています。決して戦いが強いだけじゃないのも知っています。あなたは、わたし達の事を考えてくれるから……。だから自信持ってわたし達を使って下さい」
全く。このスカーレット隊の女たちと来たら怖いくらいに俺を信頼してきやがる。
嬉しい限りなんだが。
「分かったよ」
そう言うとそっと俺から離れる。
俺は椅子から立ち上がると優しく引き寄せて抱きしめた。
「隊長……」
「お前たちの信頼にたまには思い切り甘えさせてもらうかな」
「わたし達で良ければ……」
ナーシャを抱きしめていると突然ノックもなしに執務室の扉が開く。
慌てて振り向くとそこにはレイナが俺とナーシャを見つめて立っていた。