可憐な華は毒を制す・7
早馬を飛ばして、俺は急いでファルファンド侯爵領まで戻る。
何を危惧したかのかと言うと、スカーレット隊の殲滅を模索しているのではないかという事だ。
スカーレット隊はアルストム王国の懐刀だ。もし国内で反乱を起こして内戦となった場合、王国軍には最強の部隊が残るわけである。
他国の精鋭さえ恐れるこの部隊と戦いたいものはいないと言っていい。
なら分散している状態でなら?
戦力が分散しているところを狙えば、無傷では済まなくとも倒せる可能性が出てくると考えてもおかしくない。
もちろん各分隊は個人の持ち味と連携で分隊単位で戦力になるようになっていた。だからそうそうやられる事はないだろうと踏んではいるが万が一という事がある。
セシルたちも警戒はしているはずだが、襲撃されれば被害が出てもおかしくない。
「何事もなければいいんだが」
俺は一抹の不安を覚えつつファルファンド侯爵領へと馬を走らせるしかなかった。
ファルファンド侯爵領、王国軍北西部国境警備大隊駐屯地。
ある意味で、俺の予感は当たっていた。
駐屯地の奥の方、つまりスカーレット隊が使っている兵舎の方から煙が上がっていた。やはり襲撃はあったのだ。
三号棟の前まで来ると、兵舎の側面の一部が崩れて瓦礫を作っている。一部で済んでいるのはとっさにガードシールドを展開したのだろう。
不安は的中したが、被害についてはどうやら杞憂で終わったようだった。
セシルたちは後処理をしている最中だったからだ。
とりあえず無事そうな皆を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
そんな中、パトリシアが俺を見つけると手を振って駆け寄って来た。
とても襲撃があった後の雰囲気とは思えない。
「隊長、戻って来たんだね!」
駆け寄るなり俺の腕に抱きつくパトリシア。完全に緊張感がない。いや、パトリシアの強さはこのあっけらかんとした態度なのだが。
「ああ。リムルの方は無事で、キーマス伯爵の事も知っていてな。で、嫌な予感がして戻ってきたらこのありさまだ」
「隊長、勘がいいね。いきなり襲撃を受けたんだよ」
パトリシアに遅れてセシルが俺のところへやって来た。
特に怪我らしい怪我はないように見える。
「怪我だったらしてないから大丈夫。わたし達を誰だと思ってるの?」
「あはは。それもそうだな」
本当に杞憂だったらしい。
全員、揃っているようだし特別怪我を負っている隊員がいるようには確かに見えなかった。とりあえず無事そうなとこから完全に無事だったのが分かる。
国内最強という名は伊達ではなかったな。
「ところで襲撃者の正体は?」
「ダメ、分からないよ。捕まえて吐かせようと思ったんだけど……」
セシルはそう言いながら視線を兵舎の前に向ける。
布が被ったものが十数体。恐らく遺体だろう。
「全員か?」
「そこにいるのは捕まえようと思った人間。初めから失敗した場合を考慮してたみたい。あと十名くらいの手練れの刺客がいたけど逃げられたよ。横たわっている仲間を盾にしてね」
吐き捨てるようにセシルは言った。
襲撃者も勝てるとは思っていなかったのか、捕まった場合は自害を図ることになっていたのだろう。
だが仲間を盾に逃げ切った奴らは初めから見届けるつもりだったのか。
逃がすために時間を自主的に稼いだわけではないのだろう。本当に盾にされた感じがある。
「ここの隊員とアスベル隊長は?」
「襲撃自体はわたし達が目的だったから、被害はないよ。たださすがにここが襲撃を受けたという事で、今は周辺警戒をしてる。アスベル隊長は隊長が来る少し前まで話をしてて、隊長が戻ったら一度来てほしいと言われてるよ」
「分かった」
さすがに事情を話す必要があるかもな。
共同訓練は中止、こちらとしても中止しざるを得ない状況だからいいだろう。
あとはスカーレット隊の予算で兵舎の修理となるが、まあこれはリムルに言えばいい。
一先ずは会いに行くか。
「じゃあ、俺はアスベル隊長のところへ行くから二人は撤退の準備を始めておいてくれ」
「はーい」
「分かったよ」
二人の返事を聞いて俺はまずアスベル隊長のところへ話に行くのだった。