可憐な華は毒を制す・1
任務を受けて一月が経った頃、キーマス伯爵のところへレイナを含め四名をメイドとして送り出した。
決して楽ではない役目ではあったが、無事に終えられたのは良かったと思っている。
殴られた回数はいざ知らず、耐えてもらうためとはいえ俺も決しておいしい思いだけをしたわけではない。
そもそも女性に対して恥晒もよいところだ。
俺の評価が表面上落ちなかっただけ救いだろう。
「オルビス隊長。お疲れ様でした」
執務室から外を眺めながら物思いにふけっていると、ナーシャが労いの言葉を掛けてきてくれた。
彼女にもだいぶ破廉恥な事をしたと思う。
「君たちもな。むしろ俺より君たちの方が余程、辛かっただろう」
「最初の頃は、確かに不快に感じましたね。ただ慣れてくると、これは訓練だと思うことで大した事に感じませんでしたよ?」
なるほど、自己コントロールが良くできてる。
これなら俺のやったことは無駄ではなかったのだな。
現場でも恐らくはやっていけるだろう。
「強いて言えば、少しだけオルビス隊長と一緒にいたくなることが増えてしまいました」
ナーシャはそう言いながら少し俺に体を寄せてくる。
恋愛感情まではいかないだろうが、どういうわけかナーシャ含め何名かは返って俺を慕うようになってしまったのだ。
悪い気はしないが、吊り橋効果的なものだとすれば返って申し訳ない。
「さて、今回の任務は追加で指令が下りてきていたな」
「はい。キーマス伯爵領の隣のファルファンド侯爵領にある王国軍北西部国境警備大隊駐屯地にて第四分隊から第七分隊が約一月の交流訓練派遣の命が下りてます」
そうなのだ。最初は定時連絡をこっちで受けるつもりだったのだが、ことが起きた場合のバックアップと捕縛する際に迅速な行動が取れるようにと王都より断然近いファルファンド侯爵領で訓練名目の駐屯をすることになったのだ。
ただ王都をがら空きにするわけには行かないため、ナーシャ以下第一分隊から第三分隊は残ることになっている。
「オルビス隊長、少しだけこのままでいいですか」
指令を俺に告げてから、ナーシャは俺に体を預けてきた。
今回の任務のせいで妙な想い芽生えさせてさせてしまったな。
「ナーシャ。そのだな、慕ってくれるのは嬉しいんだが……」
「ダメですか?」
潤んだ目で、訴えるように俺の目が射抜かれる。
こんな目で言われてダメだと言える男は、きっとそう多くないのだろう。
俺も例外なくダメだと言えずに、逆に肩を抱いて少しだけ強く自分に抱き寄せた。
「本当に少しだけだぞ」
「ありがとうございます」
安心したような声音でお礼を言ってくるナーシャ。
なんだろうか。返って父性がくすぐられるじゃないか。
恋人のそれより父親に甘えるようなそんな雰囲気を感じる。
スカーレット隊に入隊すれば男性との接触はほぼない。ましては家族はスカーレット隊になるのだ。母親のような存在はいても父親や兄のような存在はいないのである。
だからだろう、俺がその役目を受けるような感じになってしまったのだ。
守ってやりたい、そんな思いがナーシャを通してスカーレット隊の一人一人に思うようになって来ていた。