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4.「もしかして呪われてるんじゃないの?」

 案の定、横になったとたん、尾井川店長に対する怒りがふつふつと湧いてきた。ベッドで狂おしく寝返りを打つはめになった。

 睡眠導入剤をいつもより一錠多めに飲むことにした。無理やり眠りに落ちることができたのは、二時をまわってからのことだった。


◆◆◆◆◆


 夢の中でも谷原は仕事をしていた。

 『いぬい』のレジの向こうは一面ガラス張りで、駐車場が見えた。ふだんは物憂い光線が斜めにさし込み、五つのレジは白い光で満たされているものだ。


 左側にはダンボール工場が建ち、煙突のついた建物が屹立きつりつしていた。季節が秋から冬にかけて、午後二時以降は影がのびて、ちょうど五番レジだけが日陰となってしまうのだった。かげると、ひどく冷えた。まるで五番レジだけが祝福されていないかのように――。


 そのはるか彼方は、うっすらと雪化粧をほどこした青い山並が見渡せた。山梨が誇る、南アルプスの威容である。


 山頂はさぞかし見晴らしがいいだろう。空気もキンキンに澄みきっているはずだ。あそこでランチを食べたら、きっとおいしいにちがいない。たとえ『いぬい』製の、調理場のやる気のない男どもがこしらえた幕の内弁当であったとしてもだ。――「ここの若鶏わかどりの唐揚げは、年のとった廃棄処分手前の鶏の肉なんだぜ。ちっとも若鶏なんかじゃない」と、三浦みうら料理長が言ったものだ。




 その日は、あいにく谷原が使っている五番レジの電子レジスターが不調で――なぜか五番レジではよくあることだった――、三番レジの佐伯さえき 充子みつこの補佐として配置されていた。

 佐伯がキャッシャーをうけ持ち、谷原はチェッカーを担当することになった。


 ガラス張りの窓からレンガ色の黄昏たそがれがさしこむ時間。

 客が津波のように押し寄せてきた。

 佐伯と谷原は客を効率よくさばいていく。

 ところがふいに――スキャナーが商品のバーコードを読み取らなくなった。スイッチを押してもウンともスンとも言わない。


「……どうしたのよ、グズグズしないで」


 と、佐伯が耳もとで鋭く囁いた。


「スキャナーが急に反応しなくなったんです」


「なにやってんの」と、佐伯が谷原の脇腹を小突いた。「あんた、また機械壊しちゃったんじゃないでしょうね? あんたが触ると、ロクなことない!」


「どうしたら――」


 谷原は行列をつくった買い物客を見るなり、言葉に窮した。客は二人の不穏な様子を感じ取ったらしく、顔には出さないが、一様に冷めた眼で見つめてくる。


「自分の持ち場をダメにしちゃうし、こっちのスキャナーまでおかしくして。――あんた、もしかして呪われてる(、、、、、)んじゃないの?」


 と、佐伯はきつい一発をぶつけてきた。

 とたんに胸の鼓動が速くなり、過呼吸になりそうになった。なにかにつかまらないと、倒れそうになる。


 今年で三十七になる佐伯は、プライベートではバツ五でありながら、子供が八人もいた。八人を養わないといけないため、『いぬい』での仕事を終えたあと、パチンコ店の清掃のバイトまでかけ持ちしていた。休みの日も、交通整理の旗振りをやっているという。


 この間、街の本屋へ向かっている最中、偶然、脇道の道路工事で誘導灯をふっているところに出くわし、おたがいバツの悪い思いをしたところだった。

 佐伯は防寒対策に制服の内側にセーターを着込み、着ぶくれになってペンギンみたいにヨチヨチ歩きをしていたものだ。


 いつも疲れが抜けず、いらいらしている女従業員だった。接客があれほど大事と尾井川店長から口をすっぱくして言われていても、ついつい眉間にしわが寄りがちになり、つっけんどんな物言いになるため、たびたび指導されることがあった。


「呪われてるだなんて、まさか」


「これを呪いと言わずして、なんて表現するの。あたしが使ってるときは、まったく問題なかったのよ」


「しかし――」


 そのとき、先頭に並んだ制服姿の高校生がガムを噛みながら、


「おい、まだかよー! マジ待たせすぎだって」


 と、抗議した。


「申し訳ありません。機械が調子悪いようなので、手動で打ち込みますので、少々お時間ください」


 谷原はとりつくろい、商品を見ながらキーボードに金額を入力した。が、手がふるえ、とても冷静にふるまえない。

 谷原は二番レジと一番レジを見た。

 こんなときにかぎって、『レジ休止中』の立札が立ち、レジが完全にふさがっている。それともパートの誰かが病欠でもしたのだろうか?


 四番レジをふり返った。

 あの道上さえも今日はいない。彼女は公休日だったか? となると、空いているのはこの三番レジのみではないか。


「すみませんね、お客さま。――あたし、ちょっと店長呼んでくるから、それまでなんとかもたせて」


 と、佐伯は言い残し、レーンを飛び出していった。


「ったくよぉ。今から塾に行かないといけないのに、電車に乗り遅れたら、あんたらのせいだからな」と、高校生は指弾を浴びせてきた。「なんだよ……。ここの機械は、どいつもこいつもオンボロだな。本社はシブチンなのかよ」


「ごめんなさい。できるだけ、急いでいたしますので。もうしばらくお待ちください」


 谷原は躍起になってキーボードを叩いた。裸のままの野菜や生魚類、バイキング形式の惣菜そうざいの天ぷら、揚げ物はJANコード(バーコード)がついていないので、B四サイズのチラシを見ながらの格闘となった。

 上から下まで探すだけで四苦八苦した。それこそ、砂漠のなかから砂金を見つけるにも匹敵する広大さだ。


 眼の前の高校生は腕組みし、いらいらと革靴のかかとを鳴らしている。

 それにしてもなぜ、塾通いをしている学生がキャベツや玉ねぎ、尾頭つきの鯛を購入しようとしているのか?


 そのうち、タッチパネルをタッチした際の電子音がしなくなった。キーをいくら叩いても、なぜか金額が表示されない。


「あれ?」


 と、谷原はつぶやいた。背筋にいやな汗がタラリと流れ落ちる感触がした。

 タッチパネルどころか、テンキーさえも反応しない。まさかスキャナーだけでなく、レジスターまでもが谷原の呪いのせいで受け付けなくなったというのか?


 焦った。

 とにかく謝ろうとして、高校生の方を見た。

 先ほどの高校生ではない。

 そこにいたのはニキビ面の生意気そうな顔ではなく、かわりに尾井川店長が制服姿のまま立っていた。

 自信たっぷりに腕組みし、頭をそらして上から見くだすように、


「谷原ぁ! 君はまた機械を壊したな! 今度こそ給料から天引きしてやるからな! スキャナー、六三,九五〇円、計算機コンパクトレジスター一〇.四型タッチパネル液晶、一七五,〇〇〇円、しめて、二三八,九五〇円のお買い上げだ! 毎月三万ずつ、君のみずぽ(、、、)銀行(、、)の口座から引き落としてやるぞ! せいぜい早出・残業して稼ぐこったな!」


 頭を抱え、眼をつぶった。


「……あんまりです。そんなの買わされたら、私、身が持ちません!」


 『いぬい』のブラックぶり、ここに極まれりだった。

 谷原は自分自身の悲鳴で夢からめた。

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