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11.「私をだましたんですか?」

 さすがにレジ横に物々しい供養塔を設置するわけにもいかず、増築という名目でコンクリートの柱をつくることにした。

 ひと月かけて柱は完成した。一見すると、五番レジのレーンをはばむ位置にそそり立っているため、レイアウト上の不具合にしか見えないこともない。

 こうしてなにごともなかったかのように五番レジは、別の担当者を据えて再開した。


 盛田は出なくなった。

 季節の移ろいとともに、店じゅうのパート従業員は出たり入ったりをくり返し、いわくつきの柱が盛田の供養塔そのものと知る者は少なくなった。レジ打ちの店員の入れ替わりも烈しかった。それはなにも五番レジにかぎらずのことだった。


 やがて裏方だった尾井川が頭角を現してきた。

 徐々に昇格し、ついに店長の座を任されることになった。柴野は本店へ栄転となった。幹部候補へのお呼びがかかったのだった。


 それが八年まえのことだった。

 柴野から引き継ぎされるとき、ただひとつ、せない約束ごとを守らされた。あきらかに通常業務とははずれた雑務だった。もっとも、尾井川は店長になって直後、完全におこたってしまうのだが……。




 尾井川と生前の盛田とは当然、面識はあった。店長候補と、裏方のひとりにすぎない関係だったせいもあり、朝礼のときに顔をあわせれば、挨拶とかるい言葉を交わす程度の仲だった。自宅で自殺した事件こそ知っていたにせよ、まさか違算をとがめられたのを苦にしてのものだったとは青天の霹靂へきれきだった。


 はじめ、増築した柱についての経緯は知らされていなかった。

 口さがない店員のうわさが飛び交っているのを耳にしていたが、尾井川にしてみれば、女子高生が熱中するような愚にもつかない都市伝説程度にしか思っていなかった。

 店長に昇格したのを機に、柴野から直接真相を聞かされたのだった。




「つまり」谷原のとなりにいる盛田(、、)は腕組みしたまま言った。いったい彼は幽霊ではないとなると何者なのだ? 同姓同名にしてはできすぎている。谷原は烈しく混乱していた。「盛田氏の熱意を汲んでやったとはいっても、柱のなかに封印して黙らせたといった方が正解だろう。まさか、そんな姿で真昼間から現れてもらっては困るからね。……で、盛田氏は、ずっとおとなしくしてくれたと?」


「私としてはですね。そんな非科学的なことを真にうけるわけにはいかなかった。柴野先輩も当時は疲れがたまっていたので、そんな夢とも現実ともつかない体験をして信じてしまったのだろうと、勝手に解釈したのです」


「だけど、そうじゃなかった」

「信じがたいことだが、どうもそうらしい。柱に近づく者で、敏感な店員やお客さまがいるのか、やたらと五番レジは避けられるようになったのです」


「やれやれ、まさかそんないわくがあったとは知らなかった。当の盛田氏とは面識があったものだから、ちょこっと名前を借りて、身体的な特徴まで再現してたのです。谷原さんをおどかすつもりではなかったのですが、結果的にあんたをだましてしまいましたな。僕としては、ほんの遊び心にすぎなかった。なんてったって、僕、谷原さんのファンなんだもん」


「えっ?」と、谷原はとなりの赤い衣装の男を見た。

「個人的にあんたを応援してたつもりなんだ。谷原さんは『いぬい』じゃ、最近見かけないまっすぐな人ではありませんか。ちょっと不器用だけど、誠実にがんばってる姿がすてきだった。夕方の忙しい時間帯など、つい手伝いたくなったものです。だから放っておけなかった」と、まぶしいものでも見るように眼を細めた。


 尾井川は表情を曇らせ、

「いったい、なんの話をされているんですか――桂木さん」と、言った。

「は?」と、素っ頓狂な声をあげたのは谷原だ。「桂木さんって、どなたですか?」


 いままで盛田と名のっていたはずの男がバツの悪そうな表情をして、

「その桂木さん……だったりして」と、自身の顔を指さした。「いつ言い出そうかと悩んでいました。いくら盛田氏と知り合いだからって、やっていいことと悪いことがある。自死されたのは存じていたけど、『いぬい』の七不思議に因縁があるとは露ほども知らなかった。――いやいや、なにを言おうが、いささか不謹慎すぎました。彼の名をかたっていたなんて」 


「私をだましてたんですか?」 

「このとおりだ。すまなかった」と、桂木は言って、薄くなりかけの頭頂部を見せた。

「なんのためにそんなウソを?――みんなは知ってたんですか? そもそも、あなたはいったい何者なんですか!」谷原は尾井川をはじめ、道上や佐伯たちを見まわした。


 尾井川がさえぎるように、

「まあ谷原、そう責めないでやってくれ。仮にも『いぬい』の大株主になられる方だ。あからさまに本名を名のるのも気がひけたからにちがいない。そうでしょう、桂木さん」

「……まあ、本名でもよかったのですが、ちょっとした茶目っ気を出したくて」


「大株主」と、谷原は眼をまるくし、道上や佐伯たちを見やった。「みなさんは知ってたんですか?」

「そ」と、佐伯。「あたりき(、、、、)じゃない。たしか、『いぬい(ここ)』の株式、三〇パーセントを保有してるんじゃなかったっけ、桂木さん。株主総会では、ふん反り返ってるくせに、店にボランティアで手伝ってくれるときは、さも一従業員みたいな演技してたりしてさ。ホント、奇特な人」


 道上は腕を抱いたまま、

「桂木さん、いつもお世話になってます。――五番レジばっかり応援してるからって、谷原さんだけにそんなイタズラしてなんて、行きすぎてますわ」と言い、しらじらしく頬に手をそえた。


 栗田主任が谷原のまえに進み出た。昨日の尾井川との情事をのぞかれただけに、申し訳なさそうな顔で、

「桂木さんなりのユーモアのつもりだったんだと思うの。そんなにむくれないで、谷原さん。以前からこんな悪ノリをされる方でね。五番レジのあなたのところに手伝いに入るのも、桂木さんにとってはコミュニケーションをかねた気分転換みたいなものだったわけよ。――そういう説明でよろしいですわね?」


「……まあ要約すると、そういうことになるかもしれないね」と、桂木は苦笑いした。「みなさん、大株主とは言ってくれるが、三分の二以上の議決権を持っていようが、企業経営には口出しはしません。それが僕のスタンスです」

「『いぬい』の裏方の職員であったこともウソ。サッカーをしてくれたのもウソ」


 桂木は肩をすくめてみせた。舌を出し、

「ふだんは家で暇を持てあましてましてね。年寄りの気まぐれってやつです。新人さんをどれだけ僕の演技力でごまかせるか、ためしてたんです。ずいぶん手のこんだやり方でね。――いまとなっては、度がすぎた感もありますが」


「ひどい。私のこと、なんだと思ってるんですか」と、谷原はめずらしく抗議の声をあらげた。「どうして亡くなった盛田さんが私の補佐をしてくれるのか、一時、本気で気が変になりかけてたんですよ!」

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