三文字 2
ねぇちゃんは好きなドラマの始まる前には居間のテレビの前で陣取ってるタイプだ。
その姿は、飲み物もお菓子も全部揃って絶対席を立たないぞっていう硬い決意を感じさせる姿だ。
今日はその手には『大人のマナーと言葉遣い講座』って本があった。俺が「なんだよそれ」っていったら「語尾変化が難しいのよ」っていいながらねぇちゃんは眉間をもんだ。
「よろしくてよ。の“てよ”ってなんなのかな?」んなこと知るかよって答えかけたけど、たまには付き合ってやるかって思った。もうすぐドラマはじまるから短くすむし。
「お姉さま、そこのティシューをお取りいただけますか?」って俺がねぇちゃんの前にあるボックスティッシュを指差した。ねぇちゃんはぎこちなく「よ、よろしゅうございますわよ?」ってどもりながら渡してきた。俺はティッシュを受け取って「そこは『宜しくってよ。』にしてほしいところだな」って言って、俺はおもいきりよく鼻をかんだ。
ねぇちゃんは「あんたすっごくあたまいいわね!!」って感心してた。
ちげえよ、ねぇちゃんがアホなだけだよ。
大型連休だというのに、ねぇちゃんの荷物もちで近所のショッピングモールに出掛けさせられた。
小さな舞台の側で、ゆるキャラの着ぐるみが子供たちに囲まれてた。短い手足が不便そうだ。
ねぇちゃんはゆるキャラをみながら「バイトの同僚の動きがみんなちょっとぎこちないんだよね」ってぽつりとつぶやいた。「なんかね、皆して腕が上がらないの。四十肩なのかなぁ?」って不思議そうに言ってた。「なんか憑いてるんじゃねぇの?」って、俺が冗談で言ったらねぇちゃんは「ああ、確かに皆、肩にいろいろついてるかも」って納得してた。
あれ?ねぇちゃんって視える系のひとだったっけ?
ある日ねぇちゃんが竹のものさしをぶんぶん振り回してた。「なにやってんだよ?」ってきいたらトレーニングって言った。「何か必要らしいんだよね武器が」っていうから「ああ、鞭か」って言ったらねぇちゃんは「そうなの?」って聞いてきた。そりゃ、女王様の武器っていったらやっぱり鞭だろ。
100歩譲ったとしても小学校で配られた竹のものさしじゃねえよ。
後日ねぇちゃんは俺に「私の武器は鞭じゃなかったよ」って言ってきた。じゃあ、何だったんだ?って聞いたら「扇子と日傘だったよ」って言ってきた。
ねぇちゃんは女王様じゃなくてお嬢様なのか?謎だ。
朝も昼も晴れていたのに、夜になって急に雨が降ってきた。
ねぇちゃん傘もってったかな?って勉強してた手をとめて窓の外をみたら、ちょうどねえちゃんが帰ってくるところだった。
街灯に照らされたねぇちゃんの傘は黒いフリルのびらびらした薔薇のモチーフが大量に乗っかってる凄いデコ傘だった。
俺は思わず玄関まで降りて「ねぇちゃんなんだそれ!」って帰ってきたねぇちゃんに聞いた。「なんか私は黒薔薇らしいよ」ねえちゃんは至極真面目な顔でそう答えた。
畳んで玄関に置かれたデコ傘は雨を含んでどすりと重かった。確かにこれなら武器になる。
次の日、日陰干しした傘は完全に乾くのに3日かかった。こいつの傘としての生き方はずいぶん間違ってるなって俺は思った。
休みの日、雑草が増え始めた縁側でねぇちゃんは『部下の気持ちがわかる出来る上司になる方法』って本を読んでいた。「ねぇちゃんってバイトだよな?なんでそんなのよんでんだ?」って思わず聞いたら「なんかスタッフに話が通じないのよね」ってねぇちゃんは困ったように言った。とりあえず俺は「ゆとり世代なんじゃねぇの?」っていってみた。
「ちょっと!ホントに困ってるんだからね!そして私がゆとり世代だから」ってねぇちゃんはぷりぷり怒ってた。「じゃあ、話が通じてないのはねぇちゃんの方なんじゃねぇ?」って俺が言ったらねぇちゃんは何かに気付いて本気で凹んでた。
悪いこと言ったかも。なんか、ごめん。
数日後ねぇちゃんは鏡の前でイーッ!ってやってた。虫歯か?