-7-『完』
アン・ルート号から少しだけ離れた海域。
ぐねぐねと海を泳ぐシーサーペントの口から、一人の人間が吐き出された。
ヒゲもじゃのジョンは粘液でぬるぬるになりながらも、海に滑り落ちた。巨大な海獣――シーサーペントはジョンを黒粒の目でしばらく、ジッと眺めてからくるりと後ろを向けた。
食べられないものには興味がないとでも言うようにあっさりと。
ジョンは馬皮のジャケットのポケットからスッた鍵を取り出し、海中に手を突っ込んで足枷を外した。鎖を投げ捨て、立ち泳ぎしながら周囲を見回す。島は近い。あそこでしばらく、安穏と休もう。
「それで、生贄さん。どうするんだい?」
どこからか人の声が聞こえた。
ジョンは人前に滅多に顔を出さないシャイな友達の存在を無視して、一番近いだろう小島に向けて平泳ぎを開始した。
きらめき、光り輝く球体である相棒はなおも言い募った。
獄中暮らしを共にした守護精霊は口うるさい。人の営みにいちいち口を挟もうとする。会話の相手としては申し分ないのだが。
「“生贄になった者だけが助かる”のはフェアじゃないとボクは思うけどね」
「自己犠牲ができる者が救われた方がいい。俺はちゃんとヒントも与えた。油が嫌いだとな」
「なるほど、あの船の人たちはあと何人助かると思う?」
「全員、遅かれ早かれ死ぬかもしれない。一度助かった人間はもう、二度と死ぬような目に遭いたいと思わないからな」
「助かりたいと思うなら死ななければならないのか。厳しい選択だ。適切に教えてやるべきだったんじゃないか?」
「テレピン油が足りない。全員は助からないんだ。だから、誰かのために死ぬと決めた奴だけが救われるべきだ」
「どうかな。ボクは生きたいと思う人間こそが助かった方がいいと思う。それが見苦しくも美しい人の素晴らしさじゃないかな?」
ジョンは平行線になりそうな話題を打ち切った。
ひどく、不毛だと感じたからだ。
ジョンが南国の島に辿りついたあとも、怪物の脅威に晒されているアン・ルート号は海上にぷかぷかと漂流していた。どこかの島に流れ着くこともなく、嵐に遭ってもその場所に居た。
数週間後、船は炎上した。
業火に包まれて沈没したが、ジョンの居る島には誰も来ることなかった。
了