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アレステリア学園戦記  作者: 斉藤 賢生
アレステリア魔導学園
4/6

王都アレステリア

 帝国暦1585年3月29日

 神聖アルヴァレン王国 王都郊外



 暖かな朝陽が、道を照らしている。

 大地の上に自生する草花や樹木は、光を受けて青々しく健康的な色を見せると同時に蜜や皮の豊かな香りを放つ。

 そんな爽やかな大地には、一つの道があった。

 街道だ。

 王都アレステリアへと続く街道。

 その街道の上は常に、多くの人や馬車の足音で賑わっている。

 そして、そんな馬車の群れの中に一つ。

 何のへんてつもない馬車があった。

 二頭の馬を一人の馭者ぎょしゃが操り、車内に座席があることから人を運ぶためのものだと解る、四輪車。

 どこにでもある、一般的で普通の馬車だ。

 しかし、その馬車が運ぶ“荷物”は普通のものではない。

 その“荷物”は二人の人間だ。


 黒髪と緋眼の少年、天道・光一郎。

 栗色の髪と緑眼の少女、藤名瀬・千代。


 公国神威の特殊部隊・退魔衆。

 その部隊に、つい先日入隊した二人の若者。

 両名は退魔衆の隊長であり、剣術の師匠でもある、式島・進治の命令でとある“場所”へと向かっていた。



 神聖アルヴァレン王国の王都アレステリア。



 二人は進治に、その場に行くように指示を受けていた。

 車内では進行方向にそって、光一郎が左、千代が右の座席に座っている。

 二人は約十年の長い付き合いで、互いのことを良く知り合った関係だ。

 故に、狭い車内であっても妙な気まずさなど無い。

 しかし――


 「……光一郎殿、王都にはまだ着かないのでしょうか?」

 「……千代……その質問…もう九回目だぞ」


 光一郎は微妙に不機嫌だった。

 光一郎から見た右側に座っている千代が質問をしてきたからだ。

 質問の内容は単純。

 光一郎と千代の目的地である“神聖アルヴァレン王国の王都アレステリア”に後どれ程で着くのか、というものだ。

 千代の質問は当然のものだ。

 なにせ王都アレステリアに行くために、この馬車に乗っているのだ。

 王国の中でも不自然で無いように様々な工夫をしている。

 光一郎も千代も身に付けているのは、着なれている公国の『着物キモノ』ではなく、白シャツと黒のジャケットとスラックス―着なれていない王国の『洋服ヨウフク』だ。

 言葉も公国語ではなく、王国の公用語であるアルヴ語を使っている。

 正直疲れて仕方が無いので、早く王都に着きたいという千代の気持ちは分かる。

 それに光一郎は“とある理由”により、その質問に対する答えを持ち合わせている。

 無論、答えるのを拒む理由もない。

 だから何の文句もなく、快く答えていた。

 ――最初の三回までは。

 「……なぁ千代」

 「はい、何でしょうか?」

 光一郎が問いかけると、千代は淡白な無表情の中に疑問の色を浮かべてくる。

 どうやら、光一郎の言わんとしていることが分かっていないらしい。

 そんな相手に怒鳴ったりしても意味は無い。

 なので光一郎は、うんざりしそうな気持ちを抑えて千代に習い、真顔で言う。

 「千代…もう一度言う、その質問は九回目だ」

 「はい、そのようですね」

 「それでさ、お前……一分前にも同じ質問してたよな?」

 「はい、そうですね」

 千代は無邪気な無表情を崩さずにそう返してくる。

 ……なるほど、まだ、伝わらないか…

 断念しそうな気持ちを、光一郎はなんとか持ち直す。

 静かに瞑目し、一瞬の後に再び千代に向き直る。

 「それで…俺はその時『三十分前後だと思うぞ』って言ったよな?」

 「……はい、言われました」

 「じゃあさ……三十分前後の一分後って…大体何分だと思う?」

 「三十分前後ですか?」

 「うん、そうだな。俺もそう思う」

 「……………」

 「……………」

 沈黙が数秒間続いた。

 そして、暫く経った時。

 「なるほど、そういうことですか」

 千代が手をポンッと叩いた。

 どうやら、やっと光一郎の言いたいことが伝わったらしい。

 千代は無表情だが、僅かに眉尻を下げ、確かに申し訳なさそうな口調で話す。

 「すみません、光一郎殿……あなたの気持ちを考えずに何度も質問してしまいました」

 「千代……」

 素直に謝る千代に、光一郎も少し申し訳ない気分になる。

 「いや……分かったならいいんだ、気にするな」

 「はい…光一郎殿…」

 光一郎が慰めると、千代は眉を戻し明るい表情になる。

 「………ですが、少し、意外でした」

 「ん? 何がだ?」

 千代が訳知り顔で語るのが気になり、光一郎は穏やかな表情と声音で尋ねた。

 すると千代は言った。

 「光一郎殿も―いつ着くか分から無いのですね」

 「………………………………まじか」

 光一郎は、笑顔のまま泣きそうになった。

 どうやら光一郎の気持ちは千代に対して、全く伝わっていなかったらしい。

 ちなみに『まじ』とは、公国で流行っている若者言葉だ。

 「……千代? 俺の話を聞いてたか?」

 涙を堪えて、声の限り叫びだしたい気持ちも圧し殺して、光一郎は可能な限り優しく問い掛けた。

 「……? はい、聞いていましたが?」

 ……ならば、何故理解できない…

 純粋な表情の千代を前に、光一郎はもう何を言っても意味が無いような気がしてきた。。

 この件に関してはこれ以上千代を納得させるのは無理だと判断し、光一郎は話を変えることにした。

 「………それにしても……随分と長い旅になったな」

 「………そうですね」

 光一郎の疲労と苦労への感慨が込められた声に、千代は頷き応じる。

 光一郎と千代の王都への旅は、もう一ヶ月になる。

 これほどの長旅は、光一郎の人生の中でも数える程度しかない。

 だが、その日数も道程を考えれば、当然と言えよう。


 光一郎と千代の祖国である公国神威が位置するのは、世界三大陸の内で最東端の“東武大陸”、その中央部だ。

 更に、公国の首都である宮代ミヤシロは、当然、東武大陸の中心地にる。

 だが目的地である神聖アルヴァレン王国は東武大陸の上には無い。

 王国は世界三大陸の内で最大にして最西端の“アルヴ・パラディ大陸に位置している。

 大陸のほぼ全域を国土としている王国の王都アレステリアは、これも当然ながら大陸の中心地に配置されている。

 そして、二つの大陸―アルヴ・パラディ大陸と東武大陸は互いに、海を隔てた場所に存在している。

 故に、宮代からアレステリアに移動するには陸路だけではなく、海路も必要となる。

 まず、宮代から東武大陸の最西端にある港町“泊町トマリマチ”に馬車で移動する。

  この移動で、約七日を要する。

 更に、泊町から神聖アルヴァレン王国行きの船に乗り、約三週間―二十一日もの間波に揺られ、やっと神聖アルヴァレン王国の港町“メルカル”に着く。

 だが、そこが終わりではない。

 目的地はあくまで王都アレステリアだ。

 よってメルカルから馬車で王都へと、約一週間の旅が始まる。


 そして今は、そのメルカルから王都への道程の――七日目。

 

 予定通りの道順のため、そろそろ目的の王都アレステリアへと到着する。

 「本当に……色々あったな……」

 光一郎は、窓の外を覗きながら、これまでの長旅に思いを馳せた。

 「なぁ、千代……覚えてるか?」

 遠い昔を思うような―郷愁にすら近い感情と口調で光一郎は千代へと話し掛けた。

 「進治さんから『王都に着くまでは身元は隠せ』って言われてたから、二人で偽名を作って“退魔衆のことも言わない”って決めたよな……」

 千代の方を省みず、独り言のように光一郎は滔々と語る。

 「なのに、お前は……宿の人間に名前を聞かれたら馬鹿正直に本名名乗ろうとしたり……『お二人はどういうご関係ですか?』って聞かれたら『他人には言えない関係です』とか誤解を招くようなこと言ったり……挙げ句の果てには、俺が部屋にいるのに着替え始めたり…………」

 光一郎はつらつらと―あるいわ長々と、恨み言のように話す。

 光一郎としては、この声に千代が多少なりしも罪悪感や責任感を抱いてくれることを期待していた。

 「なぁ、千代?」

 故に、光一郎は微笑みを称えた顔で千代へと向き直る。

 そこに、申し訳なさそうな千代の表情があると確信して。

 すると――

 「おや? 光一郎殿、町が見えてきました」

 千代は光一郎とは反対の窓から外を眺めていた。

 「………………」

 そして千代は、光一郎が自分を見ていることに気付き、一言。

 「どうかなさいましたか?」

 至極純粋な千代の表情に光一郎は――

 「…………いや、別に……」

 全てを諦め、呟いた。

 「? そうですか? それより、光一郎殿、あれが王都ではありませんか?」

 光一郎の精一杯の気持ちを『それより』と切り捨てて千代は人差し指で外を示す。

 「……ハァ………どれだ?」

 光一郎は思いのこもった重いため息をこぼすと立ち上がり、千代と同じ窓から外を覗き千代が指で示す“それ”を確認した。

 “それ”は都市まちだ。

 背の高い建築物が乱立し、都市の中心には更に巨大な王城がそびえている。

 その光景は光一郎の知る王都アレステリアと同一のものだ。

 故に、光一郎は千代へと頷いた。

 「あぁ……あれが――王都アレステリアだ」

 


 十数分後。

 光一郎と千代の乗る馬車は、王都の中へと入っていた。

 馬車は王都と郊外との境界線になっている高さ十メトルの門を潜ると、街中をぶち抜く大きな道の上を歩いていた。

 馬が十頭は並んで歩いても、まだ余裕のありそうな大きく広い道だ。

 そんな道を行く馬車の中から光一郎は外の景色を見ていた。

 光一郎の緋の眼に写るのは、建物だ。

 ねずみ色の石を敷き詰めた地面には、様々な造りの建物が連なっている。

 ある建物は、赤褐色の煉瓦造り。

 ある建物は、黒色の石造り。

 ある建物は、茶色の木材造り。

 多種多様な建築物は、ほとんどが住宅ではなく店屋だ。

 人通りが多いことも含め、町が経済的に発展していることが窺える。

 「――とても、人が多いですね」

 不意に、千代が外を見て呟いた。

 目を見開き外の様子を興味深げに眺めるその様子は、まるで子供のように無邪気だ。

 光一郎は、そんな千代が珍しくまた面白くも感じられた。

 「どうした? 珍しく、はしゃいで。別に宮代でもこんなもんだろ?」

 確かに、馬車の外には多くの人が歩いている。

 人と人との間を走ることすらままならないだろう。

 だが、それはなにも王都だけのことではなく、公国の首都である宮代にも言えることだ。

 公国神威も巨大な国、だから首都である宮代も王都アレステリアと人口自体はたいして変わらない。

 それを知っている光一郎は千代に、からかい半分で声をかけた。

 しかし。

 「いえ、確かに人の数も驚いたのですが―」

 千代は窓にかじりついたまま、光一郎へと返答する。

 「数よりも…人の“種類”が……」

 「種類?」

 言われて、光一郎は再度窓の外を見る。

 ……あぁ、なるほど…

 その光景を見た光一郎は千代の言葉の意味を理解した。

 何故ならそこには、様々な髪や眼や肌の色をした人々が歩いていた。

 白い肌、黒い肌、黄の肌。

 黒い髪、茶の髪、金の髪。

 茶の瞳、青の瞳、緑の瞳。

 様々な―本当に様々な色合いの人々が歩いていた。


 先にも述べたように、公国神威は東武大陸に存在している。

 故に、公国に住む人々は東武大陸の民族ということになる。

 東武大陸の民族の特徴として、平均身長が低い、髪や瞳そして肌の色の種類が少ない、というのが挙げられる。

 東武大陸の民族がこの特徴を有したのは、東武大陸に山地や崖が多かったことと東武大陸が世界三大陸の内で最も面積の狭い大陸であったこと、その二つが主な理由とされている。

 坂や崖を登るには小回りのきく体躯の方が有利だ。

 故に、小さめの体格に進化した。

 そして、大陸の面積が狭ければ住んでいる民族が少ないので他の民族と交わることも少ない。

 だから、髪や眼や肌の色が増えることもなかった。

 ――だが。

 神聖アルヴァレン王国の存在するアルヴ・パラディ大陸は違う。

 アルヴ・パラディ大陸は世界三大陸の内で最大の陸地面積を誇る大陸だ。

 しかも、山が少なく平原が多い。

 平原では、大きな体躯が有利に働く。

 多くの民族が存在したため、様々な民族同士が交ざりあった。

 その結果、平均身長は高く、髪や瞳そして肌の色も多彩になった。


 だから、王都の―引いては王国の国民は実に多種多様な人種に別れている。


 光一郎は事前に知っていたその情報を思い出した。

 無論、この情報は千代も知っている。

 しかし、知識として知っているということと、実際にその目で見ることは違う。

 特に千代は“光一郎と違い”生まれて一度も公国の外に出たことが無い。

 だから千代は、今まで見たことの無いものに――感動しているのだろう。

 光一郎はそう思った。

 「…確かに……この光景は…王都じゃなきゃ見れないな」

 「はい、すごいです……!」

 光一郎が外を見ながら放った言葉に千代はどこか楽しげに答えを返してきた。

 千代の楽しげな声を聴き、光一郎も思わず笑みをこぼす。

 「……? どうかしましたか?」

 千代が光一郎の微笑みに気付いて疑問符を浮かべる。

 「いや……別に」

 光一郎が更に笑みを濃くすると、千代も疑問もより濃くなったのか、訝しむような表情になる。

 だが、本人を前に言える訳もないだろう。

 ―無邪気なお前が可愛いから―なんて。

 光一郎の笑みが、再度深くなる。

 「? やはり…どうかしましたか?」

 「だから、別に何でもな――」

 千代に笑みを見とがめられ、光一郎は再び否定の言葉を口にしようとした。

 だが、馬車が何かの影に入ったことで言葉を止めた。

 ……これは――“王城”か…

 光一郎は、馬車の行く手の正面に聳え立ち影を作り出している“城”を、目視によって確認した。

 染み一つ無さそうな白い城壁に金の装飾や朱色の屋根を配した、高さ五十メトル以上はある巨大な城。

 周りの建物とは一線を画し、王都の外から見てもその巨大さが分かるほどの城だ。

 また、敷地も広大だ。

 上から見たわけではないので正確な広さは分からないが、五十ヘクトル以上はあるだろう。

 その城の一際高い屋根の上には、太陽と盾を描いた神聖アルヴァレン王国の国旗が掲げられている。

 国旗が掲げられているということは、その城が神聖アルヴァレン王国の象徴――王の住まう城であることを示している。

 そんな巨城の回りには、王城を円形に囲う城壁と、更にその城壁回りに用水路の役割も果たす堀が円形に掘られている。

 馬車はちょうどその堀の前に差し掛かり、城壁と堀に沿って王城の隣を過ぎて行く。

 ……もう中心地か…

 王城は王都の中心に聳えている。

 その王城の近くを通るということは、つまり王都の中心地にいるということだ。

 王城のそばを通る馬車の座席で、光一郎はそう判断した。

 ……そろそろ、着くな…

 「どうやら、もう近いようですね」

 光一郎が思うのと同時に、千代が声をあげた。

 千代も王城を見て、光一郎と同様のことを理解していた。

 「……そうだな―もう“学園”に着く」

 そう口にした光一郎の視線の先――

 王城から十キロメトルほど離れた場所に、学園それは見えた。



 陽光を受けて。

 白銀に輝く。

 純白の巨大な。

 ――時計塔。



 アレステリア魔導学園。



 光一郎と千代の、真の目的地であった。




 ××× ××× ×××




 近くに来たことで、更にその巨大さが分かる。



 “学園”の門の前で止まった馬車から降りた光一郎はそんな感想を抱いた。

 


 純白な巨大時計塔。

 王城―つまり王都の中心から十キロメトル離れた先に見ていた巨大な塔。

 約一時間の道のりで辿り着いた。

 その間、再度千代が「いつ着くのでしょうか?」と聞いてきたが、また天然を発動されてはたまらないし、光一郎もよく知らないので「わからん」とだけ返した。

 正直、光一郎自身も時間が気になるところではあったが――

 しかし、いざ着いてみれば長くも短くも無い道のりだった。

 馬車から降りた光一郎が辺りを見回すと、そこはいわゆる広場のような場所。

 馬車や馬を止めるための場所だ。

 ざっと見ただけで十~二十の馬車が止まって、その中から幾人も降りてくる。


 「――大きいですね」


 光一郎の後に馬車を降りた千代がそんなことを口にした。

 「……そうだな」

 全く同じ感想を抱いていた光一郎は、千代の言葉に同意の返答をした。

 「――そりゃ、大きいですよ」

 不意に光一郎と千代に声をかけたのは、馬車の運転手―馭者だ。

 若干よれぎみの燕尾服を身に纏い、白髪の混じった黒髪が冴えない印象を与える中年男性だ。

 馭者は馬車の後部から光一郎と千代の荷物を下ろしながら、笑顔で話し始める。

 「何て言っても、この王都で一番大きい建物ですからね」

 「一番?」

 光一郎は馭者から荷物を受け取りながら、疑問を口にした。

 「王城よりも大きいのか?」

 光一郎の質問に馭者は千代に荷物を渡しながら答える。

 「えぇ、六年くらい前までは王城が王都で一番大きかったんですが、この“魔導学園”が建てられてからはこいつが一番ですね」

 馭者は知識を誇らしげに、話を続ける。

 「王城は一番高いところでも六十メトルぐらいですが、あの“時計塔”は九十メトルありますし、敷地だって王城の二倍らしいですぜ」

 馭者は、ここからでも見える巨大な純白の時計塔を指差しながら、得意気に語った。

 「……そうか、面白い話が聞けた。ありがとう」

 「ありがとうございました」

 光一郎と千代が微笑みながら礼をすると、馭者は笑顔で手をヒラヒラさせた。

 「いえいえ、構いませんとも。お気をつけて!」

 馭者はそう言うと、馬車に乗り込みもと来た道を帰っていく。

 「………じゃあ、行くか」

 「はい」

 馬車が帰るのを見送ってから、光一郎は千代に声をかけた。

 二人はそれぞれの荷物を、肩に担ぐなり、背に背負うなりして。

 改めて門の前に立つ。

 白い壁に設けられた金色の門。

 壁も三メトル近い高さがあるが、門はその二倍の六メトルの高さと、更に五倍の三十メトルの横幅を有していた。

 そんな大きな門の前で、同じく白に金の装飾が施された軍服を着た男が立っており、その白軍服は学園に入る者を順に確かめていた。

 白軍服が二人組の男女の入場を許可したのを確認してから、光一郎と千代も白軍服に近づく。

 白軍服は目深に被った帽子の中から鋭い視線でこちらを覗いてくる。

 もっとも、特別に警戒されているというわけではないだろう。

 門番にしても、警備員にしても、こういう役割の人間は全ての人間を嫌疑の目で見るものだ。

 「――学生証は?」

 白軍服が短く聞く。

 学生証とはその名の通り、学生である証明書だ。

 光一郎と千代はジャケットの内ポケットから白い革作りの手帳を出す。

 それを順に白軍服へと開いて見せる。

 二人のを確認した白軍服は―

 「確認した、入って良いぞ」

 と、抑揚の無い口調で伝える。

 「……………」

 「ありがとうございます」

 光一郎は無言で、千代は感謝の言葉を言いながら。

 門を潜った。

 『―――――――』

 学園へと入った二人は、思わず言葉を失った。


 まず、驚いたのは、その“広さ”。

 広大な敷地であるとは聞かされていたが、改めて己の目で確認するとその壮大さを認識出来た。

 一面に広がる薄緑の芝生。

 その真ん中に白い石造りの道があり、“校舎”へと真っ直ぐ続いているが――

 その道はおよそ百メトルはある。

 ただの道でありながら、非常に長い。

 次に驚くべきは、その“校舎”。

 壁や道と同様に純白。

 しかし、所々に金の装飾が見受けられる。

 その風体だけでも充分に優美で荘厳だ。

 だが、やはりもっとも目を引くのは、その大きさ。

 五階建ての造りで、高さは約三十メトル程。

 それだけでも一般的な建造物よりも大きい。

 だが、それらの奥に建つ時計塔は、更に巨大だ。

 時を刻む黄金の長針と短針もその神聖さを際立たせていた。

 ――最後に。

 光一郎と千代がもっとも驚いたのは――

 人だ。

 沢山の―それこそ、王都の中と同じくらい沢山の人がいた。

 白い下地に金色の刺繍が入った制服。

 男女の違いこそあれど、ほとんど全員がそれを着ていることからほとんどの人間が、この“学園”の生徒であることが分かる。


 『……すごい……』

 千代と言葉が重なることも、光一郎には気にならなかった。

 だが。

 あまりにも呆然としていた。

 だから、歩き出したときに気づかなかった。

 目の前に――下り階段があることに。

 「―――ぬおッ!?」

 有ると信じていた地面が無く、目標を失った足底は滑るように段差を抜かして落下する。

 しかし、すぐにバランスを取り戻して持ち直す。

 だが、咄嗟とっさのことで右手に持っていた学生証を前に投げてしまう。

 飛んでいった学生証は、宙に放物線を描いて地面に落下――しなかった。

 光一郎の学生証は宙で停まった。

 一人の学生が頭より高い位置で学生証を掴んでいた。

 「―――あ」


 少年だった。

 光一郎と同年代―というより同い年の男。

 黒い――漆黒しっこくの髪。

 青い――青藍せいらんの瞳。

 中性的な顔立ちに眼鏡をかけた少年。

 その少年が、学生証を持って近づいてくる。


 「――これ、君の?」

 「あ、あぁ……すまない」

 黒髪青目の少年が、爽やかな微笑みを讃えて差し出した学生証を光一郎は受け取った。

 しかし、光一郎は少年に有り難さよりも驚きを感じていた。

 ……黒い髪に青い瞳…こいつ、まさか――?

 その少年は光一郎と千代の“任務”に深く関係する人物かもしれない。

 だから光一郎は、驚愕と共に緊張していた。

 しかし、そんな光一郎の心境に気付く筈もなく、少年は話を続ける。

 「どういたしまして…君達…ひょっとして新入生?」

 少年は楽しげな表情で光一郎と千代に尋ねる。

 「えぇ、私たちは新入生です」

 少年の言葉に答える千代は、至極いつも通りにはきはきと答えている。

 どうやら、少年の容姿と“任務”を結びつけられていないようだ。

 「……あぁ…まぁな……」

 光一郎もどこか煮え切らないながらも返答する。

 「やっぱな! そうじゃ無いかと思ったんだ~、俺も新入生だからさ! ヨロシク!」

 しかし、そんな答えにも少年は笑顔を作る。

 光一郎達の素性を言い当てられたのがそれほどに嬉しかったのだろうか。

 「あ! じゃあ、あれだろ! 君、校舎に見とれて、こけちゃったんだろ!」

 「……え? あぁ…まぁな」

 「やっぱりな! いやさ~、俺も初めて見たときに見とれたんだよ。まぁ、俺はこけなかったけどな」

 「……あ、はは……」

 悪戯いたずらっぽく笑う少年に光一郎は思わず愛想笑いになる。

 マイペースというかなんというか、少年の醸し出す空気に光一郎は若干辟易としていた。

 そして、少年が不意に核心を突いた。

 「――そういえば…まだ、名乗って無かったな」

 「――――――あぁ」

 ゴクリ。

 と、光一郎は生唾を飲み込んだ。

 もし、少年の“名”が光一郎の思い当たっている名と同じなら、目の前の少年は光一郎の任務に深く関係していることになる。

 光一郎の“疑念”が“確信”に変わるかもしれない。

 万が一にも、聞き逃してはならない。

 ……こいつの名前は――!?

 光一郎の視線が意図せず鋭くなり、額に一筋の汗がつたう。

 「じゃあ、まずは俺から!」

 少年が――名を名乗った。




 「俺はレイド。レイド・スラッシュ・ヘイルスウィーズだ!」




 「―――――――――――――」

 光一郎の“疑念”が“確信”に変わった。


 レイド・スラッシュ・ヘイルスウィーズ


 その名は――

 光一郎の任務に深く関係する名であり―

 悪名高い帝国の王子の名であった。

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