プロローグ
初めまして、斎藤賢生と申します。
帝国暦1575年6月2日
ヘイルスウィーズ大帝国 帝都ヘイルス
燃えている。
黒い空の下にある、黒い城。
それが、真っ赤に燃えている。
ヘイルスウィーズ大帝国。
魔導技術により高い軍事力を有した大国だ。
しかし、世界最強と謳われた帝国の王城は、今や赤い炎に包まれている。
そして――
「………」
少年はそれを見ていた。
吹き上げる熱風に晒すのは―漆黒の髪。
燃ゆる王城を写しているのは―青藍の双眸。
王城から遠く離れた丘で、少年は見ていた。
場所は帝都の全てが見通せるほどの高台だ。
しかし、少年が見ているのは、いつもと変わらない夜の町並みではなく。
燃え続ける王城だ。
かつての居城が燃えゆくのを。
自らが住んでいた城が、帝国の権威と共に崩れていく様を――
一筋の涙を流しながら、見ていた。
「――殿下」
背後から声をかけられた。
無論、殿下とは名前ではなく――敬称。
炎の城を眺める少年に対しての呼び名だ。
その言葉に答えるように、少年は声がした方向へと振り向く。
そこには、少年と同じ年ごろで、亜麻色の髪と瞳を持った少女が居た。
少女は、少年に仕える者の一人、少年を守ることを使命とした人間だ。
「殿下……そろそろ、参りましょう…妹君もお待ちです」
少女はそう言うと、少女のすぐ後ろにある、二頭の馬を繋いだ馬車を示す。
その中には、少年の妹も乗っている。
まだ、物心もつかない赤子が。
「うん……そうだね」
少年は、そう返答すると、馬車の元へと歩き出す。
少年は齢五つ程度だ。
にも関わらず、少年の声音には、年相応の明るさや無邪気さというものは皆無であった。
あるのは、達観したような“静けさ”と一抹の“郷愁”のみ。
それを感じ取ったのか、少女は少年の横を歩きながら。
「殿下…どうか、お気を落とさないで下さい」
と、言った。
しかし。
少女の言葉に少年は何も返さず、少しだけ振り返った。
少年はもう一度だけ、燃える王城を視界に収める。
「殿下? ――レイド・スラッシュ・ヘイルスウィーズ殿下? どうなさいましたか?」
少女が呼んだ名前に少年は―レイドは何も言わずに再び歩き出した。
××× ××× ×××
帝国暦1575年8月1日
公国神威 首都宮代
見つめている。
白い服を着た、白い髪の女性。
その人が、真っ青な瞳で一人の少年を見つめている。。
公国神威。
独自の文化と武術を持つ、東の大国だ。
そして、“そこ”は公国の親を持たない子供が集められた施設。
孤児院だ。
特に、その孤児院は戦争によって家族を失った戦争孤児の世話をしている。
そんな孤児院には遊戯室が存在する。
遊戯室とは子供たちが遊ぶための部屋だ。
故に、多くの子供はそれぞれが遊具に腰を掛け、玩具を取り合い遊んでいる。
――しかし。
一人だけ違う少年が居た。
枝下のように垂れているのは―暗黒の髪。
下を向き何も写さないのは―深緋の双眸。
その少年は、遊戯室の一隅で足をたたみ、背中を丸めて座って居た。
周りの人間から話しかけられないよう、視線を下に向け、頑なに心を閉ざしている。
しかし、そんな少年の前に誰かが現れた。
「おい、坊主。お前の名前は?」
少年に、声がかけられた。
「――早く答えろ、坊主」
その声に反応して、少年は顔を上げる。
そこには、一人の女性が立っていた。
純白の長髪と蒼い瞳を持った妙齢の女性。
少年はその女性を不審な目線で、ただ黙って見上げていた。
「なんとか言え…口が利けないのか?」
女性は、乱暴な中にもどこか知性を感じさせる口調と、品定めするような鋭い視線で問い掛けてきた。
そんな視線に少年は多少の苛つきを覚えた。
「……しゃべれるよ……あんたとしゃべりたくねぇだけ」
そんな苛つきを込めるように、少年は女性に言い放った。
しかし。
「……ほう……?」
女性は吐息のような呟きをすると、瞳を愉しげに曲げる。
「お前……私と一緒に来ないか?」
「…………え?」
一際、愉快そうに歪められた女性の口元から飛び出した言葉に、少年は思わず問い返した。
しかし、女性はそれにすら嗤う。
「お前、行く宛もないんだろ? なら――私と来いよ」
そう言う女性の瞳には、有無を言わせぬ力強さが込められていた。
「いや、とは言わせないぞ。もう話はつけてあるからな」
「………」
女性の話す言葉の意味は、少年には分からなかった。
しかし、少年は否応なしに女性の瞳に引き込まれ、何も言えなくなる。
「――で? お前の名前は?」
「…………」
女性の言葉に少年は、また、答えることが出来なかった。
何故なら。
「……わからない」
少年には名前と呼べるものは無かったから。
その事実に女性は意外そうに目を丸める。
「そうか……じゃあ――」
少し、ほんの少しだけ考えると、女性は言った。
「お前は今日から。 ――天道・光一郎だ」
「…こう…いちろう」
女性に与えられた名前を少年は―光一郎は静かに呟いた。
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帝国暦1575年11月19日
神聖アルヴァレン王国 王都アレステリア
輝いている。
金色の陽光の下にある、金色の玉座。
それが、真っ白に輝いている。
神聖アルヴァレン王国。
豊富な大陸資源と多様な民族を有する、西の大国だ。
そして、“そこ”はその大国家の中枢。
アレステリア王城―玉座の間だ。
百人余りが入っても窮屈さを感じさせない広さと、その部屋中のあらゆる箇所に施された色彩豊かな装飾が、荘厳で神聖な印象を与える空間。
しかし、取り分け目を引くのは、玉座。
そこには、今、一人の男が座っていた。
銀の長髪と碧い瞳を携えた男は、玉座に腰掛けていることから推し測れるように、その国の国王であった。
そんな国という巨大なものを背負った男の前に、一人の少女が立ったいた。
太陽の光りに照らされるのは―黄金の髪。
巨大な玉座を捉えるのは―翡翠の双眸。
少女は多くの大人が見守る前で、国王に膝まずく。
『洗礼の儀』。
神聖アルヴァレン王国において王族は、その儀式を受けて初めて王族として認められる。
今はその少女の『洗礼の儀』の真っ最中であった。
片膝をつき、頭を垂れた少女に、国王は語り掛ける。
「――――我が娘よ」
国王の言葉に――父である男の言葉に少女は顔を上げる。
「――はい、お父様」
父に対して真っ直ぐに曇りの無い瞳を向ける少女。
国王はその視線を受け止め、慈愛に満ちた表情を少女に見せる。
「汝はアルヴァレンの血族として、国家の繁栄に尽力することを誓うか?」
問われた言葉は、しかし、形式的なものだ。
本当に返答を求めているわけではない。
よって、答えも決まっている。
少女は抑揚のない声音で。
「――はい、お父様。誓います」
そう言うと、国王は玉座から立ち上がる。
そして、その場から動くことはせず静かに、しかし、空間を震わすような迫力を持って、言い放つ。
「では、偉大なるアルヴ神の加護のもと。汝はこれより、王族の一人となる」
右手を伸ばし、国王は少女へ伝える。
「汝を。 ――ルーナ・エル・ライト・アルヴァレンを王国第三王女と認める」
「……アルヴァレン…………」
父より受け継いだ名前を少女は―ルーナは強く深く噛みしめた。
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ヘイルスウィーズ大帝国。
公国神威。
神聖アルヴァレン王国。
三国に生きる、三人。
彼らは十年後、とある学園へと入学する。
アレステリア魔導学園。
彼らが、その学舎の門をくぐるとき――
三カ国の歴史と運命が動き出す。
これは、国家の命運を背負った三人の野望と青春の学園戦記。
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