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天界に住まう“管理者”

作者: 紅矢

世界観の説明長い&深夜テンションで書き上げたものなので矛盾の多いご都合主義物語です。

あまり深く考えずにぼんやり、ふんわりと雰囲気だけ掴んで読んで頂けるとありがたいです…(汗)


誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。気がつき次第訂正させていただきます!

 天は白、底も白。

 それでも底には木が育ち、色とりどりの花が咲き、緑豊かな景色が広がる。

 人が賑わい、小鳥が鳴き、魚が跳ねる。


 ここは『天界』。

  

 そこに住まう人々は総じてタマゴより孵り、そこに生きる動物は総じて母胎より生まれる。

『天界』で生きるモノに共通していることといえば、それらは全て例外なく、身体のどこかに痣をもっていることにある。



 ただし、『天界』に住まう人とはいっても、背中に真っ白な羽根を持つわけでも、生涯において何も食さずに生きられるわけでも、ましてや何でも願い事が叶えられる神的な能力を持っているわけでもない。なんの変哲もない唯人なのである。


 しかし、『天界』に住まう人の中には生まれながらに将来が決められている特別な人もいる。


 ひとつは、身体に持つ痣を自身の身の丈程にもなる巨大な鎌に変えられる者。この者たちは“おくびと”と呼ばれ、異界の魂を天界へと送る導き手となる。


 ひとつは、身体に持つ痣を他の誰にも見えぬインクの出る筆に変えられる者。この者たちは“えが”と呼ばれ、天界で生きるものに欠かせぬものである痣の発行を行う。


 ひとつは、身体に持つ痣を何色にも形容し難く様々な色を見せる枕に変えられる者。この者たちは“管理者かんりしゃ”と呼ばれ、数多にもある異界の管理を行う。


 これらの者は他の『天界』の者とは異なり、『天界』、そして『異なる世界』に安定をもたらすため、永い、永い時を生きるのである。


 この運命を拒むことはできないとされている。なぜならば、この者たちは役目をこなすことでしかその生を保てないのだから。




 この物語はそんな不思議な世界、『天界』に住まう管理者の一人、フィオレンティーナの失敗の物語。







(ど、どどど、どうしましょう。やっちゃった…やってしまいましたよ……。)


 見る者、見る場所、見る環境によって様々に色を変える不思議な枕から頭を上げたその少女は、誰が見てもわかる程にその美しいかんばせを青く染めていた。


(…あぁ、私はなんて取り返しのつかない事をしてしまったのでしょう。)




 若草色の瞳と緩やかにウェーブのかかったミルクティー色の髪を腰まで伸ばした少女の名前はフィオレンティーナ。見た目16歳程度の弱々しくも可愛らしい顔立ちと、おっとりした話し方からは想像できない程のしっかり者で管理者としても優秀な少女である。ただし、時折、普段のしっかりした様子とは想像もつかない程のとんでもないポカをやらかすことが玉にきずな少女でもある。




「こ、こんな所で茫然としているわけにもいきません。…とにかく管理長に連絡を入れて、あの少年を迎えに行かなければ」


 少しの間ベッドの上で茫然としていたフィオレンティーナは真っ青な顔を少し振ることで気を持ち直す。


(あの少年には本当に申し訳ないことをしてしまいました…なんと詫びれば良いのでしょうか……。)


 フィオレンティーナはそんなことを思いながらも、素早く自身の上司である管理長へと連絡をしつつ足早に部屋を去って行った。







 少女、フィオレンティーナは天界に住む管理者である。

 

 彼女の右手の項には薄緑色の複雑な形をした痣。その、どこか植物を模しているようにも見える痣は“管理者”に欠かせない道具である“様々な色を見せる枕”に変えることができた。


 “管理者”の役目は痣を不思議な枕へと転じさせその枕で眠りにつくことで天界とは異なる世界を管理することにある。管理と言っても天候や災害を操るわけでも人や動物の数の減少に携わるわけでもない。

ただ、あまりに天気が一定だったり、大災害が起きてしまい世界の危機に陥ってしまった時にほんの少し手を貸すことで生きものが生きて行くことを助けたり、寿命を全うしていない者が生命の危機に陥った場合はその救命も行う。反対に、世界の生きものの命が残りわずかなことを感じ取り、“送り手”に報告することで魂の導きをスムーズに行うことも“管理者”の主な役割だ。


 ちなみに、“送り手”によって導かれた魂は、一度天界へと留まり魂を休めて次の転生へと備える。この魂の管理も管理者の役目の一つであり、その魂の転生時期を見極めることは重要な仕事の一つといっても過言ではない。長いこと天界で休んでしまうと天界の気にやられてしまい転生しても短命であることが多いのである。


 その点、フィオレンティーナはこの見極めに非常に長けており、彼女が担当する魂の多くが健康体で長寿を保つこととなる。もちろん、転生する人間にとって長生きすることだけが良いことだとは限らないのだろうが。




 要するに“管理者”と偉そうにはいっても普段は何の手も出さない、ただの傍観者のようなものなのである。






 フィオレンティーナは今日も慣れた手つきで自身の手の甲にある痣を枕へと転じさせ、ベッドの上にぽふん、と置くとそのまま眠る体制に入る。これが彼女の異世界への干渉スタイルなのである。


 彼女の管理する世界は現在2つ。


 彼女は生まれてからまだ十数年しか経っていない若手の管理者であり、本来であればまだ管理者見習いにいる程の年齢である。そんな彼女がすでに独立し、さらには担当している世界の1つは管理の難しい世界に分類されており、複数人で担当していたとしても任されていることは異例なことであった。


 世界にも管理しやすいものとそうでないものがあり、文明が発達すればするほどその世界は複雑で管理し難いとされている。そんな中で彼女の管理する世界の1つ『地球』と呼ばれる人類が生息している惑星のある世界は管理の難しいものの1つに分類されていた。


 その『地球』と呼ばれる世界でも彼女の担当している地域は“日本”と呼ばれる小さな島国であった。そこに住まう人の多くは黒い髪の毛に黄色味を帯びた肌、身長は小柄な人が多かった。そして、なにより魔法や魔術といった他の世界には多く存在しているものが空想上のものという認識しかなく、代わりに科学と呼ばれるものが著しく発達している世界であり国であった。



 フィオレンティーナはそんな“日本”と呼ばれる国を見て回ることが好きだった。


 背の高い建物がそこかしこに並び、なにやら黒く堅苦しそうな洋服を着た男の人がせかせか歩いているかと思えば背の低い建物がぽつぽつと建ち、緑が豊かで道端でゆったりと会話を楽しむお年寄りもいる。


「ふふっ。今日はどこへ行きましょう?」


 楽しそうにくるくると宙に浮きながら人の営みを見て回るフィオレンティーナ。


 天界人は通常、異世界人には見えない存在であるため何をしても人目に留まることは無いし、物に触れることも出来ない。天界人本人が姿を見せることを望んだりするならば話は別だが。


 そんな彼女の脳裏にふと不吉な映像が浮かび上がった。


 それは真っ黒な猫が道に飛び出し車と呼ばれる大きな鉄の塊に轢かれてしまうものだった。こういった映像が頭に浮かぶのは“管理者”としての役割をこなすためである。


 つまりこの黒猫は寿命を全うしていない生きものであり、“管理者”の救命対象であるのだ。


(黒猫さんを助けなくてはっ!!)


 フィオレンティーナは今見た映像を、目を瞑り鮮明に思い起こす。こうすることで“世界の管理者”である彼女は自身の管轄地を自由に行き来できるのである。


 フィオレンティーナが目を開くと、そこはすでに先ほどまで自身がいた場所ではなく黒猫が車に轢かれてしまった場へと変わっていた。彼女は慎重に目を凝らし道路を見つめる。車が通るスピードはとても速い。黒猫をこの場で見逃してしまったらきっとあっという間に轢かれてしまうだろう。


 管理者は過ぎた時間を戻すことはできない、決して万能な存在なんかではないのだ。



 瞬間、フィオレンティーナの若草色の瞳に小さく、そして身軽な黒い影が映った。


(来たっ!!!)


 すぐさまフィオレンティーナは黒猫を助けるために行動に移る。


 ずっと道路を眺めていた自身を不思議そうな瞳で見つめる少年に気がつくことは無く。




 そこからの展開は早かった。


 大きなトラックへ突っ込む黒猫。そしてそれを助けようと追いかけるフィオレンティーナ。


 …さらに、フィオレンティーナの後を追いかけて少年がトラックの前に飛び出していた。


 そう、フィオレンティーナの大失敗はここにあったのだ。もう少し彼女が黒猫以外の周りに気を配っていれば、あるいはこの世に“天眼”と呼ばれる天界人を見ることのできる眼を持つ者の存在を頭の片隅にでも置いていれば違った未来もあったのだろうか。






 結果的にフィオレンティーナは無事に黒猫を救うことが出来た。


 しかし、代わりに一人の少年の犠牲を出してしまった。


 周囲には人の悲鳴が響き辺りは騒然としている。フィオレンティーナが助け出した黒猫はいつの間にかフィオレンティーナの手から離れ姿を消していた。


(な、なぜ…ど、どうして…どうしてこんなことに……)


 茫然と立ち尽くすフィオレンティーナの足元には艶のある黒い髪の綺麗な顔立ちをした少年がその顔、その身体を真っ赤に染めて倒れ伏していた。


 その少年は黒い服を着ていた。男の人がよく着ているスーツと呼ばれる服とは少し違うようだった。フィオレンティーナはこの少年の着ている服に見覚えがあった。


(こ、この服装…見覚えがあります。そう、確か、学生服…)


 その瞬間、フィオレンティーナは自身の足元に倒れている少年の年頃をはじき出し「あぁっ!!」と声を出すとともに膝から崩れ落ちた。


(私は何て罪深いことをっ!!こんな、まだ若い少年を寿命も全うせずに殺してしまうなんて!!……いいえ、年の頃は関係ありませんね…私は、私はなんてことを…)


 同じ言葉がフィオレンティーナの頭の中をぐるぐると回り続ける。無意識の内に伸ばしていた手が少年の頬に触れた時、フィオレンティーナは少年の魂がすでにこの地に無いことに気づき涙した。




 寿命を全うせずにその命を消してしまうことは時々ではあるが事故として起こり得ることであった。管理者も万能ではないため、救命に間に合わないこともあるのだ。


 救命に間に合わなかった魂は有無を言わさず消滅してしまう。消滅した魂の代わりは時間をかけて出現する。しかし、それでも管理者たちはその魂の尊さをわかっているからこそ、懸命にその命を救おうとするのである。そして、精一杯やっても助けられなかったのだと諦める潔さも管理者足る者たちが持ち合わせている素質であった。


 しかし、その生命が失われる原因を管理者自身が引き起こしてしまったとなれば話は別である。この場合過失は管理者にあるため有無を言わさず魂の消滅という事態は防ぐことが出来る。管理者の多くが責任感の強い天界人であり、その命を懸けてでも自身が死なせてしまった存在に償うことが管理者として当然だという認識があった。特にフィオレンティーナは管理者としての素質が強いため、その責任感の強さも人一倍である。







 “日本”から帰ったフィオレンティーナは少年の魂を迎える為、魂の管理場に足を運んでいた。通常であれば魂は送り手を経由して天界へ来るため光の玉のようなものがふよふよういている状態であるが、今回のケースはイレギュラーであり、このような場合の魂は死を受け入れられていないことから生前の姿で来ることが多いとされている。


 そしてこの少年も例外ではなく、生前の姿である整った、少々幼目でありながらも知性あふれる顔立ちに艶のある黒い髪の毛、身にまとうのは黒い学生服、所謂学ランという出で立ちであった。


 少年は茫然とフィオレンティーナの顔を見る。やはり、自身に何が起きたのかわかっていない状態であった。


 少年が小さく口を開く。


「あ、あの、ここは…「本当に申し訳ありませんでした!!」


 少年が何か言うよりも早く、フィオレンティーナは“日本”に古くから伝わるという、膝を折り曲げ床に座り、両の手のひらと額も床につける最大級の謝罪法“土下座”のポーズをとった。


「え!?ちょっ、やめてください!土下座なんてしないでください!!」


 いきなり目の前で、しかも土下座で謝る自身とそう年頃の変わらない少女の姿に盛大に戸惑う少年。両手を振りつつしゃがみこみ少女に説得を試みるが少女は頑として少年の意見を聞き入れはしなかった。


「いいえ。全てはこの私、フィオレンティーナの責任にあります。私なんかが“日本”の管理者であったがために貴方をこのような正体にしてしまい…。いかようにも罰して下さい!!」


「いや、罰するって言っても…。そもそも俺、何が何だかさっぱりですし…。えっと、貴女はトラックの前に飛び出して行った子ですよね?…えっと、今ここにいると言うことは俺も貴女も助かったと言うことでしょうか??」


「それは私から順をおって全て説明させて頂きます。…それと、どうぞ私には敬語なんて使わないでください。私は貴方にそんな言葉使いをして頂けるような人物ではないのです…」


 フィオレンティーナは涙をぐっとこらえ少年に言う。自分は泣ける立場ではない。罵倒され、死ねと言われても文句は言えないのだ。


 土下座のまま説明しようとするフィオレンティーナを落ち着かないからと説得し、少年は何とかお互いに向かい合って座り話すことに成功したのである。


 フィオレンティーナは自身が若くして寿命も全うすることが出来ずに死なせてしまった少年に対し、天界について、自身の役割について、そして少年の現在の状態について懇切丁寧に説明をした。その間もフィオレンティーナは何度も泣きそうになってしまったが瞳に溜まった涙を何とかこぼさないようにこらえて全てを話し終えることが出来た。


「えぇっと…つまり、フィオレンティーナは俺の住んでいた日本を管理する天界人で、普段人には見えないけど俺がその天眼持ちとやらだったために姿が見えてしまったと?」


「はい。…そして、私を庇ってくれた貴方は本来死ぬべきタイミングではない所で死んでしまったのです…」


 謝罪のしようもありません、と鼻をずるずるさせながら再び土下座をしようとするフィオレンティーナを宥めながら黒髪の少年は言葉を紡ぐ。


「でもさ、それってフィオレンティーナのせいではないと思うんだよね。俺の体質のせいというか…そもそもフィオレンティーナだって俺が庇う必要なんてなかったんだし」


「…いいえ。本来であればそういった体質にも私が配慮すべきだったのです。私の力不足のせいで…私の出来得る限りで責任は取らせて頂きます。…本当であれば何でもおっしゃって下さいと言いたいところなのですが…、本当に申し訳ありません」


 フィオレンティーナが両手を強く握りしめ悔しそうに呟く。そんなフィオレンティーナの姿に少年は苦笑する。


「うーん…困ったなぁ。…やっぱりこういう場合ってお約束で異世界転生だったりするの?」


「あ、はい。それならできます。…本来であれば元の世界に生き返らせて差し上げたいのは山々なのですが…管理者は万能ではなくて」


「ううん、それはいいんだ。えっと、フィオレンティーナには悪いんだけど、俺、あまり日本には未練がないし」


「え?」


 確かに、普通であればもっと取り乱してもいい状態なのにフィオレンティーナの目の前にいる少年はフィオレンティーナの事は責めないし、今も冷静に話を聞き対処している。


 フィオレンティーナは少年の口から出た言葉に驚きを隠せないでいた。


「…それよりも、どうしても異世界じゃないと駄目かな?」


 少し困り顔でフィオレンティーナに問う少年。フィオレンティーナにはその意図がはっきりとは測りきれなかった。


「と、言いますと?」


「つまり、この『天界』を転生場所として決めちゃ駄目かな?」


 少年のそんな言葉が耳に入った瞬間、フィオレンティーナはひゅっという自身が息を飲む音がはっきり聞こえた。


「それは、その姿、記憶を保持したままと言うことでしょうか?」


「できればこのままが良いけれど、難しければ別な方法でも構わない。ただ、ここ以外の転生はあまり嬉しくないかな?」


 少し声を弾ませながら話す少年に対し固まらせていた表情を和らげ優しげに微笑んだ。


「わかりました。このフィオレンティーナ、全力で貴方の願いを叶えます」


 そう言うと彼女は再度自身の上司に連絡を入れ少年との話し合いの顛末を語り、さらに描き手の上層部へ掛け合ってくれるよう頼み込む。


 そして、彼女は最後に自身の上司へ感謝の気持ちを精一杯表した。


 まるで別れを惜しむような彼女の様子を、少年は不思議そうな表情で眺めていた。








「私が描き手の長、クリスサンドルだ。話は管理長であるアイナシェリンガから聞いている」


 しばらく待つと少年とフィオレンティーナが話していた魂の管理部屋の扉を叩く音が聞こえ一人の背の高い薄水色の髪を肩まで伸ばした金目の男性が入って来る。


 フィオレンティーナは今しがた入って来た男性に席を立ち丁寧に、敬意を表すようにお辞儀をする。


「お忙しい中、わざわざ来ていただいてすみません。私は管理者のフィオレンティーナと申します」


「噂は聞いている。若いのにしっかりしているが時折やらかすポカはすさまじいとな…」


 冗談交じりに話すクリスサンドルに苦笑し今回のポカはさすがに取り返しがつきません…とこぼした。そんなフィオレンティーヌの言葉にクリスサンドル悲しそうに目を伏せた。


 そして、ちらりと黒髪の少年を見る。


「彼が例の?」


「はい。名前は…」


 そう言いかけた所でフィオレンティーナは自身が少年の名前を聞いていなかったとことに気がつく。自分は何て失礼なことをしてしまったのだろうか。


 申し訳なさそうに自身を見るフィオレンティーナに気がついた少年はにっこりと笑って全然気にしていないと少女を許す。


「俺は歩村あゆむら 圭斗けいとと言います」


 姓が歩村、名が圭斗です。と天界での名乗り方がわからなかったため、これで伝わるだろうかと不安になりながらも名前を伝える。


「そうか。では、ケイト、貴方は天界で暮らしたいと聞いたが…」


「はい」


「そうか…フィオレンティーナ……」


「ケイトさんからお話があった時点ですでに覚悟はできています。私は、私が犯してしまった罪に責任をとらなければ…」


 顔を歪め、苦痛な表情でこちらを見やるクリスサンドルに対しにっこりと晴れやかな笑みを返すフィオレンティーナ。


「……では、これより痣の身代みがえを行う」


 クリスサンドルの言葉に合わせフィオレンティーナはクリスサンドルへと自身の痣が宿る右手の甲を差し出す。その行動にぎょっとしたのは圭斗であった。


「えっ!?フィオレンティーナの痣を俺が貰うの!!?」


 彼にとってこの展開は予想しないものであったらしい。圭斗の不満げな言葉にフィオレンティーナは先ほどの晴れやかな表情から一変、再び顔を青ざめさせた。


「も、もしかして、管理者の痣は不満ですか?…で、ですが、私がケイトさんにあげられるものはこの痣しかなくて……」


 自身の痣に不満があると受け取ったフィオレンティーナは泣きそうな顔で自身より少し高い位置にある圭斗の顔を見上げる。


「ち、違ッ!!不満とかじゃなくて!!!…痣って天界に住むために必要なとても大事なものでしょ?そんなもの失ってしまったらフィオレンティーナはどうなるの?」


 圭斗も今から行おうとしている事の意味がだんだんとわかって来たのか先ほどまで何でもないような表情をしていた顔がみるみる青ざめていく。


「私は消滅します」


 不満ではないという圭斗の言葉に安堵しながらフィオレンティーナは圭斗の問いにきっぱりと答える。圭斗はフィオレンティーナのそんな様子に目を見開いた後大声で怒鳴る。


「っ、俺はそんなことを望んだんじゃないっっ!!!!!」


 彼がこちらに来て初めて見せた怒りの表情だった。


 自身がこちらの不手際で死んだ事実を知らせても全く起こる気配を見せなかった彼が何故このタイミングで怒るのか。フィオレンティーナは全くわけがわからなかった。ただ、彼がフィオレンティーナの痣を受け取りなくないと思っているということ以外は…。



「ですが、ケイトさん。天界では痣を所有しない魂は朽ちてしまうのです。痣を持つことでこの天界で身体を保つことができる…。このままではケイトさんはこちらで生きて行くことはできません」


 本来、異界で生を終えた者を天界へと転生させることはできない。なぜなら、天界には天界特有の魂の質があり、異界の魂を転生と言う形で新たに定着させることは極めて困難とされているためである。


「さっきフィオレンティーナから説明聞いたからそれ位俺にだってわかってるよ。俺、これでも学校では成績良かったんだから…」


 自傷気味に言う圭斗に戸惑いを隠せないフィオレンティーナ。ただ一人、クリスサンドルだけは今がどんな状況にあるのか理解でき、一人でニヤニヤと笑みを浮かべながら二人会話を見守っていた。


「俺はね、フィオレンティーナ。貴女を殺してまで天界で暮らしたいとは思わないよ。だったらこの魂ごと消滅してしまった方がマシだ」


 フィオレンティーナは目を見開き首を横に振る。小さな声で「そんな…、駄目です…」と呟いているのが聞こえてきた。


「フィオレンティーナ、俺、さっき日本にあまり未練がないって言ったよね?…俺の両親って、俺を自慢してくれるのは嬉しいんだけど、それは俺自身を自慢しているんじゃなくて、俺の学力、俺の容姿を評価してくれるに過ぎなかったんだ。」


 だから、進学校のテストで学年一位を取れないときは失望されたし、産まなきゃ良かったとも言われた。


 寂しそうに話す圭斗に思わずフィオレンティーナは両手で口元を覆い隠した。


「友達もそう。みんな外面はいいけど実際に俺が何かやらかした時に味方になってくれる人なんて一人もいない……でも、そんなこと俺も同じだったんだ。俺は親に自分を見てもらおうと話し合おうともしなかった。むしろ、親が学力を見るならそっちを頑張ろうって思った。友達も、そもそも俺が向こうの力になってないんだから、向こうも俺の力になってくれるわけがないんだ」



 ふぅ…と小さくため息をついた後は少し明るめに振る舞い圭斗は話をこう続けた。


「フィオレンティーナをあの道路で見た瞬間、目が離せなかった。何をそんなに必死に見てるんだろうって…。そしたらあの道路に黒猫が飛び出してきて、フィオレンティーナも飛び出して…俺も無我夢中で飛び出した。まぁ、結果はこの通りなんだけど」


 くすりと笑いながら圭斗はフィオレンティーナに近づきその両手を取るとギュッと握りしめた。


「…ケイトさん?」


「俺に謝る時、フィオレンティーナはずっと泣くのを我慢してたよね。俺がフィオレンティーナを責められるように、…俺が日本を思って泣けるように。フィオレンティーナ、きっと、俺、一目惚れだったんだ」


 少し照れた表情で言う圭斗にフィオレンティーナは顔を赤らめ俯く。


「だから、フィオレンティーナと一緒にこの世界で過ごしたいと思った。俺は、誰かに無償で何かをするなんて聖人君子な心を持ち合わせてはいないけど、自分の事を顧みないフィオレンティーナのためなら何かしてあげることができるんじゃないかって思うから」


 …なんて、俺、今すごく恥ずかしいや…。


 くすくす笑う圭斗に思わず見とれてしまい、更に顔を赤くしたフィオレンティーナは自身の手で顔を隠そうとしたが圭斗に手を取られているため結局できずじまいでただただ口をぱくぱくさせるばかり。


 そんな若い二人の様子をニヤニヤとみていたクリスサンドルだったが、そろそろいいかと口を挟むことにした。


「あー…大変申し訳ないんだが、少しいいか二人とも」


「きゃあっ!!」


「…なんですか、クリスサンドルさん」


 クリスサンドルの存在をすっかり忘れており、驚くフィオレンティーナとこの邪魔者が…と言わんばかりに睨む圭斗。


 そんな二人の反応に苦笑しつつも話を続ける。


「話を最初に戻させてもらうが、ケイトはフィオレンティーナが好きで出来れば天界に留まりたいと言うことで良いのか?」


「…言っておきますけど、フィオレンティーナのいない天界じゃ意味がないですよ?」


「その位はわかってる。それなら、フィオレンティーナの痣を移し替えなくても留まれる方法がある」


「!? 本当ですかっ!!?」


 顎に手を置きつつにやつくクリスサンドルとその言葉に喜ぶ圭斗。フィオレンティーナは「まさか…」とクリスサンドルが何を言わんとしているのかがわかったのか顔を真っ赤にさせて慌てふためく。


「答えは簡単だ。フィオレンティーナとケイトが契ればいい」


「契る?」


「そうだ。要するに夫婦関係になればいい。夫婦は同じ痣を共有するんだ。だから夫婦がどちらか一方の痣を選択することでもう片方の痣は消滅し、いずれ別の世代の誰かに引き継がれる」


「かっ、簡単に言わないでください!クリスサンドルさん!!良いですか、ケイトさん。夫婦関係と言っても、こちらと日本の夫婦関係の重大さは異なるんです。あちらでは夫婦関係が上手くいかないと思えば別れるという道もあるようですがこちらでは一度婚姻関係を結ぶと生涯継続するのです。特に私の持つ管理者の痣は他の痣よりも永い時を生きなければならないものです。そんなのでケイトさんを縛ることはできません」


 神妙な顔で語るフィオレンティーナ。


「要するフィオレンティーナは俺とは契りたくないと?」


「違いますっ!!私はケイトさんの事を思って…」


「なら、何の問題もないね」


 圭斗はさらっと言うと、ずっと握っていたフィオレンティーナの右手の甲、痣のある部分に口づけをした。目を見開くフィオレンティーナ。


 薄緑の淡い光に部屋が包まれたと思うと光はすぐに拡散され、すぐに視界が良くなった。フィオレンティーナはすぐさま圭斗の右手の甲を確認する。契りが完了された場合、痣を交わしたものと同じ位置に同じ痣が生まれるからだ。


 案の定、圭斗のそこにはフィオレンティーナと同じ薄緑の見慣れた痣が見受けられた。


「契約完了だな」


「い、いつのまに契りの交わし方を…」


「フィオレンティーナが契りの説明している間にこっそりと…。でも、無事に契りを交わせたってことはフィオレンティーナは俺のこと憎からず思ってくれてるってことだよね?」


「そっそれは……」


 契りは本来双方の同意があって行われるものであるため、一方的な行為では成立しないものである。


 顔を真っ赤に染め上げたフィオレンティーナは先ほどと違って自由になった両手を頬にあて熱を冷ます。


「じゃあ、あとは若い二人に任せて…。私はアイナシェリンガに報告に行って来る」


「色々とありがとうございました、クリスサンドルさん」


「まっ待って下さい!!クリスサンドルさん!!!」


くくくと笑って部屋を去って行くクリスサンドルを見送る圭斗と引き留めるフィオレンティーナ。








 こうして天界に住まう“管理者”フィオレンティーナの人生最悪にして最高の失敗の物語は幕を閉じるのである。


 めでたしめでたし。


最後までお読みいただきありがとうございました!!


疑問、不満等持たれましても皆様の心の内にそっと秘めておいてやって下さい。

作者も何も考えていませんので…。

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