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バイトは白のエプロンで



 夏の太陽がギラギラと降り注ぐ中、お気に入りの本を持ったミルクは薄暗い路地に足取り軽く入っていく。


 扉の前で逸る気持ちを抑える為に深呼吸を繰り返す。少し気持ちが落ち着いた頃、ミルクは一つ違和感に気付く。いつもは静かな筈の店内が騒がしい。一体どうしたのかと恐る恐る重い扉を押し開けると、店内は若い女性客で溢れかえっていた。レイジは少し困った顔で慌ただしく対応に追われている。ミルクは偶々空いていた定位置、カウンターの真ん中の席に座る。


「お嬢、いらっしゃい。悪いが今日はゆっくり話が出来そうにないな」

「もしかして、この人数をレイジさん御一人で……?」


 怖々訊くミルクにレイジは少し疲れた笑みを返す。普段なら絶対にない盛況ぶりにレイジは狼狽を隠しきれてない。洗い物も溜まっていて、明らかにレイジ一人では店が回せていない。


「あ、あの、レイジさん!!」



****


「いらっしゃいませ」


 縁にレースの施された白いエプロンを着けたミルクがフワリとお辞儀をする。

 客を席に通し、水を出すと、注文を取りに別のテーブルへと移る。


「レイジさん、奥のテーブルのお客様にコーヒーと本日のケーキをお願いしますです」

「了解。悪いが牛乳を買ってきてくれ。そろそろ切れそうだ」

「すぐに戻ってくるのですよ」

「まだ余裕あるからゆっくりでいいぞ」


 財布を受け取ってとパタパタと駆けていくミルクの背中にレイジは慌てて声をかける。



 レイジの狼狽ぶりを見かねたミルクは店を手伝い始めた。バイト経験の無いミルクに任せられるのは簡単な接客と買い出し等だが、狭い店であることも幸いして、当初よりは随分と楽に店が回るようになった。



 窓から差し込んでいた強いオレンジ色の光が弱まった頃、ようやくレイジとミルクは人心地つくことができた。



「お嬢、今日はありがとう。助かった。でも、折角の夏休みなのにこんな事を手伝わせて悪かった」


 レイジが紅茶とケーキをミルクに出しながら眉を下げる。


「いえいえ、私はレイジさんのお手伝いが出来て、嬉しかったのですよ」

「お嬢は優しいな……。それと今日のバイト代だ。少ないが受け取ってくれ」


 スッと差し出された茶封筒にミルクはワタワタと首を横に振るが、レイジは半ば強引に封筒を押し付けるように渡す。受け取ってしまった彼女は不服そうに唇を尖らせていたが、一つの謎を思い出す。


「そういえば、なぜ今日はお客さんが一杯だったのですか?」


 レイジの作る料理の美味しさを考えれば、人気が出るのも頷けるが、当の本人に名声欲は無いようで趣味の店だと常々言い切っている。そんな普段の「喫茶 まわりみち」では考えられないくらいの盛況ぶりだった。


「ああ、その時は分かってなかったんだが、この前芸能人のクリスさん?とやらがウチに来たらしくて。オススメだってfacefileで紹介したらしい」


 いきなり「クリスさんと同じの下さい!」って言われて吃驚した、とレイジは苦笑を漏らす。


 クリス。

 レイジはさらっと言ったが彼女は本業のモデルの他、タレントに女優と多岐な分野に進出している現在最も勢いのある芸能人の一人だ。


 ミルクは早速クリスのfacefileを確認する。そこには確かにミルクが今いる風景の画像が載せられていた。文章にもさっと目を通すが悪いことは書かれていない。寧ろベタ褒めだった。

 あのクリスが絶賛する店とあってはあれだけ人が殺到したのも頷ける。


「レイジさん、凄いです! クリスさんベタ褒めなのですよ」

「嬉しいけどこれから暫く忙しくなるのかと思うと憂鬱だな。いっそ土日限定営業にするか」


 それでもアルバイトが必要だな、とレイジはくたびれた表情で額を掻く。


「あ、あの! それなら私を使って欲しいのです!!」

「お嬢はまだ高校生だろう? 友達と遊んだり勉強したり優先することが沢山ある」

「でも、今からアルバイトを募集しても、何時見つかるか分からないのです。お客さんの波が引くまでだけでもお手伝いさせて下さい!」


 頭を下げるミルクにレイジは困ったように眉を寄せる。


「……分かったから頭を上げてくれ」

「本当ですか!?」

「ああ。だが、基本学業優先。それとご両親から許可を取ること」

「わかりました!」


 にこにこと笑顔を見せるミルクの空になったカップに紅茶を入れながら、ああそうだ、とレイジが彼女の着けているエプロンを指差す。


「それ、良かったら使うか?」

「いいのですか?」

「俺は使わないからな」


 ぽつりと落とすように言ったレイジの言葉にミルクは首を傾げる。彼はいつか友達の話をした時と同じ表情をしていた。ふと首をゆるく締め上げられるような嫌な予感を感じながらも彼女は彼の言葉を促す。



「死んだ妻の物だ」






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