新しい表情
ゴールデンウィーク初日は休日に相応しい五月晴れだった。一人で外出していたミルクはそんな晴れ晴れとした陽気に似合わない、薄暗い路地へ入っていく。
「レイジさん、こんにちは」
ミルクは木製の深緑色の扉をそっと押し開ける。レイジと呼ばれた男は磨いていたカップを一旦置き、ミルクへ微笑みかける。
「お嬢、いらっしゃい」
喫茶、まわりみち。春休みに出会ったこの店は早くもミルクのお気に入りになっていた。ここはいつでも時が止まったように穏やかで、美味しいお茶がある。そしてなにより、レイジが待っている。足しげく通ったおかげでレイジさん、お嬢と呼び合う仲にまでなった。
ミルクは定位置となりつつある、カウンターの真ん中の席に座るとミルクティーを注文する。
程なくして出されたミルクティーは彼女の期待通りの味だった。レイジの淹れた紅茶に出会ってから、自分で淹れる時にあれこれと試行錯誤しているが、まだまだこの味には近づけない。ミルクはその事が悔しくもあり、嬉しくもあった。
「それにしてもお嬢は折角のゴールデンウィークにこんなくたびれたおっさんの相手なんかしてていいのか? 友達と遊んだりは?」
「レイジさんはそんな人じゃないのですよ‼ とても素敵な人なのです!」
「……お嬢には俺が何に見えているのかな?」
レイジはミルクの勢いにやや呆れながら、自分用に淹れたストレートの紅茶を啜る。
「ああ、あと明日はお友達と遊びに行くのですよ」
「そりゃ安心だ。お嬢は頻繁にウチに来るから、もしかして友達がいないのかと心配してたんだ」
「とても素敵なお友達が三人もいるのですよ。私には勿体ないくらいなのです」
「へえ、三人もいるのか」
ミルクはレイジの相槌に満面の笑みで頷き、友人について誇らしげに話し始める。
「それでですね、昨日も不眠ちゃんとコーヒーくんは顔を見るなりじゃれあっていたのですが、コーヒーくんが足を滑らせて転んでしまって、二人がお団子みたいに…………」
夢中で話していたミルクだったが、レイジからの相槌が途切れたのに気付き、我に返る。もしかして話がつまらなかったのだろうか、とミルクは恐る恐るレイジの顔色を窺う。彼はミルクの方を向いてはいたが、彼女を見てはいなかった。ミルクを通して遠いどこかを見ているようで、その顔には寂しさを滲ませていた。
「レイジさん?」
ミルクの呼び掛けにレイジははっと意識をこちらに戻し、表情を隠すように右手で顔を覆う。
「大丈夫なのですか?」
「……ああ、大丈夫だ。昔の事を思い出していてね」
「昔の事、ですか」
「友人の事だよ」
昔のレイジの話。
レイジはあまり自分の事を話さない。ミルクは突っ込んで訊きたかったが、先程のレイジの顔を思い出し、ぐっと我慢する。
ミルクの思考はよほど分かりやすく顔に出ていたのか、レイジはクスクスと笑う。
「いずれ聞いて貰うとするよ」
「次は友達も連れておいで。サービスするよ」
レイジが次の話をしたら、それはもう帰れ、という合図だ。ミルクはお勘定を済ませると店を出る。
帰路を辿りながらミルクはレイジに思いを馳せる。いつもくたびれた雰囲気で微笑んでいる彼の初めて見た表情が目に焼き付いて中々離れなかった。




