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花粉症と彼の背中



 長いようで短い春休みも終わり、新学期がやってきた。

 コーヒーと深夜はいつもより早めに学校に向かっていた。桜が舞い散る道を彼らが二人乗りしている自転車が走る。


「僕らも二年かあ。可愛い後輩いるかなあ?」

 深夜はウキウキとした声で前で自転車を漕いでいるコーヒーに話しかける。

「いたところで、どうせ怖がられるのがオチだろ」

 楽しそうな深夜に対し、コーヒーはどうでも良さげな態度だ。そんな彼の重い空気を壊すように深夜は殊更に明るい声を出す。

「それはコーヒーだけだからあ」

「うっせえ、落とすぞ」

「あっはは、ごめんごめん」


 学校に着いた深夜は荷物を自分の教室に置きに行く為に、コーヒーと一旦別れる。彼らの学校は新年度にクラス替えをせず、そのまま持ち上がり方式を取っている。深夜は新鮮味が足りないと不平を零すが、コーヒーとしては深夜とミルクと一緒のクラスになれない事は残念だが、最初から自分の事を分かっている人間が揃っているのは純粋にありがたく思っている。


 不眠とミルクはもう教室にいるだろうか、などと考えながらコーヒーは自分の教室の扉を開ける。教室にはいつも自分より早く来るクラスメート達と彼の予想通り、不眠とミルクがいた。

「おい、どうしたんだ?」

 寝不足で体がだるい不眠が机に突っ伏しているのはいつもの事だ。だが、隣にいるミルクがいつものふんわりとした笑顔ではなく、オロオロと心配そうな顔をしている。これは只事ではないだろう。


「不眠ちゃんが風邪をひいてしまったようなのです」

「は? コイツが風邪?」

 ミルクの言葉にコーヒーはさっ、と顔色を変える。不眠の風邪は非常に厄介だ。何しろ、風邪に対する一番の特効薬である睡眠がとれないのだ。消耗も激しいし、長期間しやすい。一年の時に風邪をひいた時には、一週間も寝込んだ事もある。

「心配しすぎ。微熱だから問題ないよ」

 不眠は大丈夫、大丈夫と繰り返すが、鼻声でくしゃみを連発していてはあまり説得力がない。

「不眠ちゃん、やっぱり帰った方が……」

「不眠のそれって花粉症じゃない?」


 いつの間にか教室に入ってきていた深夜がコーヒーの背後からひょっこり顔を出す。深夜の花粉症という単語にミルクは首を傾げる。

「でも、微熱もあるのですよ?」

「花粉症も微熱が出る事もあるんだよ。それにさ、さっきくしゃみ連発してたでしょ? 花粉症でもないと、あんなに連続して出てこないよ」

 深夜はスマホを花粉症について書かれているサイトに繋いで三人に見せる。確かにそこに書かれている症状は不眠の状態と酷似していた。だが、花粉症と判明したところで不眠の症状が軽くなるわけではない。どうしようかと考えているうちに始業を告げるチャイムが鳴り響いた。



 始業式の日は午前中で終わる。腹をすかせた生徒達は互いに昼食に誘い合って教室から出て行く。

「不眠、生きてるー?」

「大丈夫……」

 深夜とミルクがコーヒーと不眠を迎えに来た。深夜の問いかけに返す不眠の声は朝よりも力がない。

「大分ぐずぐずだねえ。調べたんだけどさあ、花粉症の薬、薬局で買えるらしいよ。行く?」

「……行く」

 不眠は重い体を引き摺るように立ち上がるが、よほど消耗しているのか、足元が覚束無い。一人で行かせるにはあまりに不安なため、三人は彼女に付いて行く事にした。



四人が向かったのは、学校の近くにある薬局。あまり広い所ではないため、不眠にミルクが付き添い、男子陣は店の外で待つ事になった。

「不眠辛そうだね」

「そうだな」

「僕ら周りに花粉症の人いないから、辛さ分からないもんね」

「そうだな」

「薬、いいの見つかるかな?」

「そうだな」

「……僕の話、聞いてる?」

「そうだな」

「…………」

 深夜はコーヒーの顔を盗み見る。コーヒーは深夜が今まで見た事がないような表情をしていた。

「成長したなあ……」

 深夜はコーヒーに聞こえないくらいの声でぼそりと呟くと、ニヤニヤと笑った。


「お待たせしましたのですよ」

 ありがとうございました、という店員の声と共に不眠とミルクが薬局から出てくる。

「買えた?」

「バッチリなのです」

 深夜の問いかけに不眠が手に持っていた紙袋を小さく持ち上げる。

 早速、不眠は薬を口に含み、ミルクのタンブラーから紅茶を一口貰う。


「じゃ、アタシ帰るわ。付いて来てくれてありがと」

「あ、私も一緒に帰るのです!」

 バイバイ、と手を振った後、不眠とミルクが並んで歩き出すが、まだ薬が効いていない不眠はふらりとよろける。


 女性陣を深夜の隣で見送っていたコーヒーだったが、大きく舌打ちする。

「おい深夜。悪いが俺の自転車(愛車)持ってくれ」

「いいよー」

 コーヒーは深夜に自分の自転車を押しつけると、不眠の元まで走る。


「不眠」

「……なに?」

「乗れ」

 コーヒーは不眠に背中を向け、片膝を着いてしゃがむ。彼女を背負うつもりらしい。


「別に大丈夫だってば」

「強がるのは構わねえが、それで倒れて心配するのは誰だ?」

「…………」

 コーヒーの声は厳しい。不眠はぐっと黙ると、ミルクの方をチラリと見た。彼女は今朝からずっと眉尻は心配そうに垂れ下がり、うろたえた顔になってしまっている。不眠が倒れた場合、一番心配するのは間違い無く彼女だ。

 不眠はきゅっ、と唇を軽く噛むと恐る恐るコーヒーの背中に乗った。

「……ごめん。よろしく」

「任しとけ」

 コーヒーは不眠を乗せている事を感じさせない程軽々と立ち上がった。


 大人しく背負われている不眠だったが、すぐにある事に気付く。コーヒーの背中から伝わってくる振動が明らかに小さいのだ。自分に気を使っているのだろうか、そう考えた彼女の心中は恥ずかしさと申し訳なさと嬉しさでぐるぐると渦巻いた。

 コーヒーから伝わる僅かな振動と体温、心音が不眠の寝不足と花粉症で逆立った神経を落ち着かせていく。数分もしないうちに彼女の瞼はどんどんと重たくなっていった。


 すうすうと寝息を立て始めた不眠を見た深夜は益々笑みを深くする。

「面白くなってきたなあ」

「何がですか?」

 深夜の独り言に隣を歩いていたミルクが反応して首を傾げる。

「いいや、独り言だよ」




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