寂しかった
咲き誇っていた桜も盛りを過ぎ、少しずつ散り始める。桜の降る中、新しく高校に入学する者達の為の式が開かれる。明日から新学期だ。各々が思い思いに春休み最後の一日を過ごす中、深夜はいつもの空き教室に来ていた。
「なにしに来たのよ」
深夜が扉を閉じた途端、背後にアキコが現れる。深夜の位置からは顔は見えないが、声がいつもより低い。深夜はくるりと振り返ってアキコの顔を確認する。彼の予想通り、彼女は拗ねたような、不機嫌な顔をしていた。
「掃除しに」
数週間使われていなかった教室はうっすらとだが、埃を溜め込んでいる。このまま新学期を迎えるのは些か気持ち悪いだろう。
「掃除……? それだけ?」
アキコの眉間に深い皺が刻まれる。そんなアキコに臆する事なく、深夜はにっこりと笑い、言葉を重ねる。
「勿論、アキコにも会いたかったよ」
「嘘」
「本当」
「どうせ、笑っておけば私を誤魔化せるとか思ってるんでしょ」
「あ、バレた?」
「もう!」
アキコはしかめっ面を保とうとしているが、口元が緩んでしまっている。どうやら、久し振りに二人きりで言葉のやりとりをした事で機嫌が直ったらしい。
「なになに、アキコもしかして寂しかったの? 寂しかったの?」
「そんな訳ないでしょ! ……いいわよ。掃除、手伝ってあげる」
アキコはスーッと掃除ロッカーまで平行移動して、中から箒を取り出す。
「ありがとう、アキコ」
アキコの手伝いにより、深夜が手の届かない高い所も綺麗にされていき、彼の予定より随分と早く終わった。
「桜」
換気のため開けていた窓を閉めようとしたアキコが外をじっと見てポツリと呟く。
「ん?」
深夜も窓の傍へ行き、アキコの視線を辿る。そこには大きな桜の木があった。満開の頃は見事だったのだろうが、今は盛りは過ぎてしまっていて、はらはらと花びらが落ちていっている。
「もう散りそうね」
アキコは残念そうな顔をする。
「アキコは桜、好きなの?」
「普通。でも休みの間、毎日見ていたわ。毎日見ていたら、いつの間にか咲いていたの。変化って毎日見ていたら気付かないものね」
「じゃあ久し振りに会った僕はどこか変わった?」
「そうね……髪が伸びたかしら」
そう言ってアキコは深夜の金髪をついっと一筋掬った。彼の髪は光の反射でキラキラと輝く。その反射をアキコはぼんやりと眺めている。彼はアキコの指を髪から外すと、その氷のように冷たい手を握ってソファーまで連れて行く。手は繋いだまま、ソファーに並んで座る。
「ねえアキコ、寂しかったの?」
穏やかな声でもう一度問うた深夜の言葉にアキコは目を瞑って数秒程考え、ゆっくりと口を開く。
「そうかもしれないわ」
「そっか」




