過去は唐突に蘇る 5
「あ、やっと起きたね」
コーヒーが起きたことに気付いた青色の眼がすっ、と彼から離れる。離れる事でコーヒーは青色の眼の持ち主をちゃんと捉える事ができた。
少し長めのショートカットの髪は綺麗な金髪で日の光を反射してキラキラと輝いている。髪の根元や睫も金色なところを見ると染めているのではなく、地毛なのだろう。コーヒーを覗き込んでいた青色の眼は湖のように澄んでいて、肌も透き通るように白い。セーラー服に半ズボンを合わせた格好と小さく細い身の丈、綺麗に整った顔立ちから中性的、と言うよりは女性的な雰囲気を醸し出しているが、その手は小さいながらも骨張った少年のものだ。
一瞬見蕩れかけたコーヒーだが、青色の眼の少年がその整った顔にニヤニヤと嫌な笑みを浮かべているのを見て、ぎゅっ、と気を引き締める。自ら進んで分かりやすい不良のような格好に身を包んだコーヒーにとっては最早、初対面の人間ですら気は抜けない。そんな彼の表情の変化を青色の眼の少年はふっと小さく笑う。
「うん、僕が美しいから見蕩れちゃったんだよね? わかるわかるー。惚れてくれてもいいんだよ? まあ僕ホモは無理だけど」
つらつらと己の容姿の美しさを語り始める青色の眼の少年。その姿は確かに美しい。美しいのだが、残念臭もその分強い。自身への拒絶の言葉がくると思っていたコーヒーは、予想外の事にポカンと口を開けてしまう。
「だっ、誰だよテメェ!?」
我に返ったコーヒーが突っ込みを入れると、青色の眼の少年はようやく己を賛美する言葉を止める。
「ああ、ごめんごめん。僕は深夜。十三歳。最近この辺りに引っ越してきたんだ」
「で? そんな深夜クンが俺になんの用なんだよ?」
ぐいっと近付いて凄むが、深夜はまるで怯んだ様子はなく、笑みを絶やさない。深夜の態度に逆にコーヒーの方が動揺してしまう。
「君さ、××中って知ってる? この辺にあるはずなんだけどさあ、案内してくれてもいいよ? こんな所で寝てるくらいなんだし、暇人なんでしょ?」
「あ゛? 誰が暇だって?」
「キ・ミ。……あ、ごめんごめん。怒らないで」
指を指して、なんともむかつく顔でそう言い切った深夜にコーヒーが青筋を立てると、彼も不味いと思ったのか、急いで謝ってきた。
「……大体、転校前に場所くらい把握しとくもんだろ」
深夜の謝罪に一旦は気を鎮めたコーヒーは尤もな疑問を口に出す。
「だってさあ、初対面のインパクトって大丈夫じゃない。転校初日に遅刻したら目立つでしょ? それが僕みたいな麗しい人間なら尚更さ」
自信満々に言い放たれた深夜の言葉にうざったさを感じながらも、コーヒーは内心感心する。深夜は自身の容姿の美しさ、そしてそれが周りにどう見えるかを客観的に捉えている。コイツは意外と頭がいいぞ、とコーヒーは目の前の少年への認識を改める。
「いやあ、新しい中学はどんなところなのかなあ? 楽しいといいけど」
「……お前のその見た目なら楽しいだろうよ」
新しいもの好きで刺激を求めている学校の人間達は、並外れて美しい見た目を持つ深夜を喜んで受け入れるだろう。それはコーヒーがいくら望んでも手に入らないものだ。コーヒーは初対面であるはずの深夜に隠しきれない嫉妬めいた感情を抱いてしまう。
「……どうしたの?」
コーヒーの変化に気付いた深夜は小さく首を傾げる。
「なんでもねえよ。ほら、行くぞ」
このまま話していると、余計な事まで口走りそうだ。そう判断したコーヒーはベンチから立ち上がるとさっさと歩いていく。
「へえ、結局案内してくれるんだ」
先を歩き出したコーヒーに追い付いた深夜はからかうような声音で言う。
「どーせお前、連れてくまで離れる気ねえんだろ」
「へえ、よく分かってるね。君、馬鹿だと思ったけど、意外と賢いんだ」
「うっせ」
黙々と歩くコーヒーの隣を一人でもペラペラとよく喋りながら深夜がついて歩く。偶に、それもかなり適当な相槌しか打たないコーヒーだが、隣を一緒に歩く人間がいる、という事にどこか堪らない懐かしさを感じていた。
「いやあ、ありがとう。助かったよ」
中学の校門の前で深夜が礼を言う。
「どーいたしまして」
コーヒーは適当に返すと、早くどこかへ行け、と手で追い払う仕草をする。
「ああそうだ」
校門をくぐろうとした深夜だったが、なにかを思い出したらしく、コーヒーの元へ戻ってきた。
「ねえ、名前教えてよ」
「は?」
「おーしーえーてーよー」
コーヒーが心底嫌そうな顔をすると、深夜はコーヒーの周囲をぐるぐると回りながら、教えて教えて、と騒ぎ始める。
「うっぜえよ! コーヒーだ! 分かったら止まれ!!」
コーヒーが吠えると深夜はピタリと動きを止めて、ぶわあっ、と花が咲くように笑った。
「おっけー、コーヒーね。じゃあコーヒー。今日の夕方さ、またさっきの公園にいてよ。今度は町案内してよね」
「はあ!?」
「んじゃあよろしくー」
深夜は一方的にまくし立てると、ヒラヒラと手を振って校舎へと駆けていった。勝手に約束を取り付けられたことにコーヒーは苛立ちつつも、それ以外の感情も抱いている自分に気がついた。それが少しだけ嬉しくて、とてつもなく嫌だった。
「……クソッ…………」
***
キーンコーンカーンコーン、と間抜けなチャイムの音でコーヒーは我に返る。随分と長い間ぼおっとしていたらしい。答案が回収されるのを待っている彼だったが、ふと一つ重大な事に気付いた。胸が痛まないのだ。中学時代のあの記憶が蘇る度、体の中心に硫酸でも流し込まれたかのような耐えられない痛みが襲ってきた。だからこそ、必死で思い出さないように忘れようと努めていたのだが。今、コーヒーにはその痛みはない。痛いことは痛いのだが、そこまでの強さではない。
苦い記憶も、いつかは遠い思い出になる。歌や漫画等で使い古されたフレーズがコーヒーの脳裏に浮かんだ。
「そういう事、なのか……?」
「なーにがだ?」
学級委員長の池峰がコーヒーの独り言に質問をする。突然の事に驚いたコーヒーは周囲を見渡すと、いつの間にか試験監督の先生は退室していて、クラスメイト達は叫んだり、走り回ったりと、各々が解放感を全力で表現している。
「いいや、なんでもない」
「そうか。なんかあったら言えよー? あ、あと放課後にテストの打ち上げ兼一年間お疲れ様兼来年も宜しくなパーティーするから参加しろよな!」
池峰は少し心配そうな顔をしたが、それ以上は踏み込まないようにしたようだ。池峰の空気の読める行動にコーヒーは心の中で感謝する。
パーティー。中学時代のコーヒーには参加できなかったものの一つだ。昔は遠くで見ているだけだった人の輪に、今は加わる事ができている。
「……勿論だ」
コーヒーは白長ランの襟を正しながら頷いた。
これにてシリアスパート、コーヒーくんの過去編その一は終了です。次話からはまたほのぼのぐだぐだとした話を書いていこうと思います。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。




