バレンタインは祭りだ
「こ、これは……!?」
朝、いつも通りに登校したミルクは目の前の光景に愕然とする。彼女の目の前にあるのは同じクラスの深夜の靴箱。彼の靴箱にはお菓子がぎっしりと詰め込まれ、蝶番で取り付けられた蓋を押し上げる程になっている。今、靴箱を開いたら確実に雪崩となるだろう。いや、もう実際にいくつか落ちてしまっている。混乱したミルクは取り敢えず目の前の漫画のような惨状を撮影しようとスマホを取り出す。電源を入れると、メールが届いた事を知らせるマークが表示されていた。
『僕の靴箱凄いことになってるでしょwww?
悪いんだけどさあ、回収してきてくれない?
ミルクの靴箱に紙袋入れておいたからさ』
絵文字でカラフルに彩られた深夜のメールはこの事態を予測していたかのような文章だった。
「あ、ミルクー。回収ありがとう!」
「どういたしましてなのですよ」
教室に着いたミルクは深夜に靴箱のお菓子が入った紙袋を手渡す。深夜は中を軽く確認すると、床に置いていたダンボール(・・・・・)にドサドサと中身を空ける。
「あ、あの、それは……?」
「ああ、これ? 全部僕宛のバレンタインのプレゼントなんだよねー。朝来たら靴箱も机もお菓子でギチギチになってて吃驚したよ。ダン箱一つで足りるかなあ? いやあ、モテるって大変だよねえ」
「深夜くんはモテモテなのですねえ」
同じ教室で約一年間生活しているミルクは深夜が意外とモテる事を知ってはいたが、正直ここまでとは思っていなかった。漫画のような光景に感心しながらダンボールの中を覗き込む。ダンボールはもう半分程がお菓子で埋まっていた。そこでミルクは一つ不思議な点に気付く。
「手作りがない……?」
昭和の板チョコ、アルポート、ハッピーリターンにポッティー等、ダンボールの中のお菓子は見えている分だけでも既製品ばかりだ。全てが全て本命ではないだろうから既製品も一定数はあるとは思うが、いくらなんでもこれは少しおかしい。女子高生は手作りが意外と好きな生き物の筈だ。
「それはね、僕があらかじめ広めておいたんだよ。無加工の既製品以外は受け取らない、ってさ。手作りは昔痛い目見たからね……」
深夜の目が少し虚ろになる。精神力の強い彼がこんな目をするなんて、過去によっぽどの事があったのだろう、とミルクは少し心配になる。それと同時に今日自分が作ってきた物をふと思い出す。彼女はバレンタインのお菓子にチョコチップマフィンを作ってきた。勿論、深夜の分も含まれている。いつもは美味しそうに食べてくれる彼だが、今日は大丈夫なのだろうか、昔の苦い思い出とやらを思い出さないだろうか、とミルクは少し不安になる。
「大丈夫、ミルクのお菓子なら受け取るよ」
深夜はミルクの不安を仕草から読みとったのか、彼女にそっと耳打ちする。
「ありがとうなのです」
ミルクは深夜の気遣いに嬉しくなってふんわりと微笑む。普段はゴーイングマイウェイな深夜だが、たまにこうやって気遣いを見せるところが、彼がモテる理由かもしれない、とミルクは思った。
「おーい、深夜くんー。また呼び出しだよー」
教室の入り口近くにいたクラスメイトが深夜に声をかける。入り口には他クラスなのだろう、見慣れない女子が立っていた。彼女も手に紙袋を持っている。血走った目をかっぴらいていて少し怖い。
「あの、深夜くん……大丈夫なのですか?」
「あー、大丈夫大丈夫ー。僕には優秀なSPが付いてるからね」
ミルクの心配そうな顔に反して、深夜はいつも通りの余裕な表情だ。
「誰がSPだよ」
突然、ミルクの背後からコーヒーの呆れた声がする。振り返るとコーヒーと不眠が揃って教室に入ってきていた。
「アイツぜってえヤバイ奴じゃねーか。ったく、全部断っちまえば楽なのによ……」
「そんな事したら純粋に美しい僕を神のように崇めている子が可哀相じゃないか」
深夜があざとく頬を膨らませながらコーヒーの腕に自分の腕を絡める。深夜のそんな行動にコーヒーは諦めているのか、溜め息をつくだけだ。
「…………。俺が付いてるからって気ィ抜くなよ」
「わかってるってー」
コーヒーと深夜が連れ立って教室から出て行くのをミルクと不眠が見送る。
「あ、そうだミルク、ハッピーバレンタイン」
不眠が昭和の板チョコをミルクに差し出してくる。料理下手な彼女らしい、とミルクは少し微笑む。
「ありがとうなのです。チョコチップマフィンを作ってきたので、後で皆で食べましょう」
ミルクの手作り、と聞いて不眠の表情がぱっと明るくなる。
「うん、楽しみにしてる」
きっと放課後には告白ラッシュで深夜とコーヒーは疲れきっているだろう。そんな彼等の為に甘いお茶も淹れよう、とミルクは頭の中で計画を立て始めた。




