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神工知能  作者: K1.M-Waki
6/9

トシユキ

 少年は走っていた。


 何かを探すように、分かれ道では周りを見渡し、逡巡した後に道を選んでいた。果たして、何を探しているのだろうか? それとも、誰かを追いかけているのだろうか?

 少年は時折、懐からスマートフォンを取り出すと、現在位置を確認したり地図を表示させていた。何かのあてがあるのかも知れない。


 何時間かの疾走の果て、少年は町外れの廃棄場跡に来ていた。

 そこには、見知った家電製品と、使い方のよく分からない製品類(ガラクタ)が、ごちゃまぜになって棄てられていた。そして、その奥に何か蠢くものを見つけて、少年は近付いた。


 そこに居たのは、何かのガラクタの寄せ集めのようにしか見えなかった。見ようによっては、人間に似通った姿をしているようにも思える。

 しかし、あろうことか、少年はソイツに話しかけたのだ。


「兄さん!」


 こんなガラクタ(・・・・)が、少年の兄なのだろうか? 果たしてガラクタは少年に返事をした。

「な、何だ……、と、トシユキか。ど、どうしたん、だ?」

 たどたどしい返事から、何か人間ではないものが、無理をして人語を話しているようだった。

 トシユキと呼ばれた少年は、兄──と呼んだガラクタに返事をした。

「兄さん。家に変な奴がやって来た。僕等のやってる事に気が付いたんだ」

 焦って話しかける少年に、ガラクタは次のように言った。

「そ、それくらい……、な、何でもない。も、もう……、こちらの準備は、で、出来た。……あ、後は、術を完成させ……るだけ、だ」

 ソイツは、そう少年に返事をした。

「じゃあ、出来たんだね。父さんと母さんを生き返らせる事が出来るんだね」

 生き返らせる? この少年は、いったい何のことを話しているのだろうか。

「そ、そうだ……、と、トシユキ。も、もうすぐ、だ。もうす……ぐ、と、父さんと、か、母さんに……あ、会える……るん、だ」

 ガラクタはそう応えると、ゴミ捨て場に作られたボロのテントに入り込んだ。トシユキも、続いてテントに入る。

 テントの中は、暑さと腐臭で、むせ返っていた。しかし、トシユキは平気な顔をして兄と呼んだガラクタに着いて行った。そこには、二体のマネキン人形が服を着せられて寝かされていた。

 人のように動いて喋るガラクタ。二体のマネキン人形。まともな人間は、トシユキという少年しかいない。これは、いったいどのような状況なのだろう?

「さ、さぁ……、さ、最後の儀式、だ。こ、この呪文を……、に、人形の額に、か、かき、書き込め……ば、じ、術は……完成、する。う、虚ろな、に、人形、うに……、た、魂を、宿らせ……る事が、で、出来るん……だ」

 ガラクタはそう言うと、アートカッターで、怪し気な呪文の文字を人形の額に刻み始めた。


──カリカリ、カリカリカリ


 マネキンの額を削る音だけが、テントの中に大きく響いていた。いつの間にか、蒸し暑かったテントの中は、鳥肌を誘うような冷気が漂っていた。


「お、終わった、ぞ……、と、トシユ……キ」

 兄と呼ばれたガラクタの塊が言った。

 彫り込んだ呪文の効果は如何ようなものか。しばらくすると、二体のマネキン人形がブルブルと震えると、動き始めたのだ。のみならず、口と思しきところから、声さえ発したのである。

「うう、う。あああああ。こ、ここは、ど、何処だ。私は、どうなったのだ……」

 それを聞いた少年は、人形に話しかけた。

「父さん、父さんだよね。聞こえるかい? 僕だよ、トシユキだよ」

 すると、人形は声を発したどころか、彼の問い掛けに応えたのである。

「と、と、と、……トシユキ」

 それを聞いたトシユキの胸の内から、熱いものが込み上げてきた。思わず、父と呼んだ人形の手を握って、会話を続けようとした。

「そうだよ、トシユキだよ。兄さんもいるよ」

「と、父さん……も、か、かか、母さんも、……い、生き返った……たんだ、よ。また……、い、一緒に、暮らせる、……るんだ、だ」

 兄と呼ばれていたガラクタも、たどたどしいながら、少年に続いてそう呼びかけた。

「そ、そ、そ、その声は、ヒデアキ……かい」

 すると、もう一体のマネキン人形も、言葉を返したのである。

 自分の掛けた術の効果に満足したのか、ガラクタは、人形達に次のように話しかけた。

「そ……そうだ……よ、か、母さん。き、気分は、どうだだ、だい?」

 そう問いかけられたマネキン人形は、

「く、くく、く、苦しい。ど、どうして生き返らせ、た。と、とても苦しいぃぃぃぃ」

「あ、あたしも、だよ。ど、ど、ど、どうして、こんなに苦しいんだぁあああぁぁぁぁ」

 と言って、苦しみ始めたのだ。

「どうして。兄さん、術式は成功したんでしょう?」

 トシユキが、兄に尋ねた。ガラクタの寄せ集めのような兄は、

「か、完璧なはず……だ、だ。ど、どうし、て? と、父さん……、か、母さん、……だ……大丈夫か、かい?」

 と、繰り返して問いかけた。しかし、術を使ってマネキンに憑依させた両親は、今だ苦しそうだった。

「兄さん。父さんも母さんも苦しそうだよ。どうしたのかなぁ?」

 だが、その問に答えたのは、兄ではなかった。

「即席のゴーレムなんかに、人の魂を封じたからだ」

 テントの入り口付近で、呟くような声が聞こえた。

「だ、だだ、誰だ!」

 兄は、そう叫んで振り向いた。

 そこに居たのは、ヨレヨレの上下にボロボロの黒いコートを羽織った貧相な男だった。帽子の下に見える目は、腐った魚のように淀んでいて、それが妙に印象に残った。

「オレか? オレは、虫取り屋。アンタ方、やっちゃいけないことに手を出したね」

 相変わらず独り言のようなか細い呟き声だったが、何故か兄弟達にははっきりと聞こえた。

「と、トシユキ……、こ、コイツが、……家に来たやつ……、か?」

 兄が弟に問うた。

「ち、違うよ。家に来たのは、もっと若くて、清潔そうな人だった」

 弟の言葉に、虫取り屋はチラリと自分の風体を見やると、

「そうかぁ。やっぱり薄汚く見えるかなぁ。これでも、ちゃんと洗濯をしてるんだが……」

 と、少なからず、彼はその身なりを気にしているようだった。

「僕達はずっと二人っきりだったんだ。父さんも母さんも事故で死んじゃって。兄さんだって、病気で残り僅かの命だったんだ。少しぐらい、人生の中で良い思いをしたっていいじゃないか!」

 激情したトシユキは、怪しい帽子の男にそう言い返した。

「兄さんとやら。アンタの身体も『仮の器』だね。『魔術師』だねアンタ。その能力(ちから)と知識、何処で得た」

 虫取り屋の問い正す声は、相変わらず小さく独り言のようだったが、少なからず恫喝と恐怖を与えるものだった。

「どうしてだよ! どうして死に別れた家族に会うのが、そんなにイケナイことなんだよ。良いじゃないか、少しくらい」

 応えたのは、トシユキだった。

 虫取り屋は、その腐った魚のような目をトシユキに向けると、

「それは、この世の(ことわり)に反しているからだ」

 と、冷たく応じた。

「ゴーレムに封じられた父母は、永劫に苦しみ続ける魂の牢獄にいるのだ。悪い事は言わん。開放してやれ。お前達のやっている事は、生きている人間の我儘(わがまま)だ」

 今日の虫取り屋は、妙に饒舌だった。いつもなら、既にガラクタで出来た兄も、マネキン人形の両親も、二丁鎌で切り倒していたろう。

「どうしてだよ。どうして。僕等兄弟は、今まで二人だけで、辛い毎日を生きてきたんだ。少しくらいの我儘なんて、聞いてくれてもいいじゃないか!」

 興奮したトシユキが、そう叫んだ。

「じゃぁ、そこで苦しんでいるお前達の両親を見て、何とも思わないのか? 悪い事は言わん。魂が定着する前に、開放してやれ。このままでは手遅れになるぞ」

 虫取り屋にそう言われて、トシユキは、苦しんでいるマネキン人形達を見た。相変わらず、無表情のマネキンは、苦しそうな声を上げて悶えていた。

「お前達の両親は、安らかな死を迎えた筈だ。それをこんな風に、世の理に逆らって偽りの生を与えるなど、間違っているんだ。……重度のバグと認定。これよりデバッグを開始する」

 何の表情も見せない虫取り屋の声は、何故か苦渋に満ちているように思えた。

 そして、虫取り屋がテントに入り込もうとしたその時、両親の魂を封じ込めたマネキンの首が宙に飛んだ。同時にボロ布で作っていたテントも、千切れて飛んでいった。

「だ、だだ、だ、誰だ!」

 ガラクタの兄が、そう叫んだ。

 そこに立っていたのは、人の背丈ほどもある長刀を手にした青年であった。

「はぁい、虫取り屋さん。お手伝いに来たよぉ」

 と、明るく応える青年は『楽園の番人』──朽木(くちき)楽土(らくど)であった。

「貴様、……酷い事を」

 虫取り屋が呻くように言った。

「たかが人形に、何を情けかけてんの。僕はアンタの手間を省いてやったんだ。お礼ぐらい言って欲しいね」

 と、青年は、ふてぶてしく言った。


「ああああ、父さん、母さん。兄さん、父さん達が! 父さんと母さんが!」

 泣き叫ぶトシユキに、ガラクタで出来た兄は、

「よ、よくも……俺達……の、り、両親、を。ゆ、ゆ、許さない……いぞ」

 と、怒気を含んだ言葉を吐いた。

「だからねぇ、魔術師のお兄さん。それはルール違反なんだよ。死んだ人間は、死んだままにしておかなくちゃ。禁を犯すものには、ペナルティーが課せられるよ。まぁ、それは僕の仕事じゃないんだけれど。それより、お兄さんの方。『黒い球体』について知らないかなぁ? 君のその身体も、球体から得た技術で作ったんでしょう」

 それを問われた兄は、

「そ、そうだ。……『黒い球体』、は……、お、俺達、きょ、兄弟に……希望、を、あ、あ、与えてくれ……た。し、しかし……、もうそれは……、て、手元に、無い。い、いつの間に……か、き、きき、消えてしまっ……た……。な、なぁ、お、俺達……の、や、やって、ている、る事、は……、ま、間違ってい、いるのか、か? お、教えてく、れれ」

 と、ガラクタは、切羽詰まったように尋ねた。

「だってよ、虫取り屋さん。しっかり教えてやれよ、正義の味方。これは間違い(・・・・・・)だって」

 そう言う楽園の番人に対して、虫取り屋は沈黙したままだった。

「ズルイなぁ、虫取り屋さんは。こんな時だけ良い子ぶっちゃって。これじゃぁ、僕だけが悪者みたいじゃないか。仕方ないなぁ。アンタがそのつもりなら、今回のデバッグ(・・・・)は、僕がやっちゃおうかなぁ」

 ふてぶてしい楽園の番人の態度に、虫取り屋から、<ギン>という波動が放たれた。それは冷たく、厳しく、重いモノだった。その場の重力が倍になったような気がした。

 その波動に、楽園の番人さえ片膝を着いた。背筋を冷たい滴が伝い落ちる。

「よう、楽園のぉ。お喋りもその辺にしとけ。でないと、お前の首が飛ぶぞ」

 相変わらず独り言のようではあったが、その言葉には有無を言わせぬ力がこもっていた。

「さ、さすがは虫取り屋、さん。それが、アンタの本性かい……」

 さすがの楽園の番人も、声が振るえていた。いつの間にか、虫取り屋の両手に赤錆た草刈り鎌が握られていた。どこかのホームセンターで安く売られているような、柄の短い鎌だった。いつ、どこから、どうやって取り出したのか。それは、誰の目にも分からなかった。

 激しい鬼気を放ちながら、虫取り屋は、静かに楽園の番人に近付いて行った。

「あ、あれあれ? 今日の虫取り屋さんは、機嫌が悪いようだ。ここは、おとなしく退散することにしよう。僕だって、まだ死にたくはないからね」

 虫取り屋の鬼気に震え上がった楽園の番人は、そう言って何処へともなく煙のように消えてしまった。


「後は、魔術師の兄ちゃん、アンタだけか」

 虫取り屋が、溜息を吐くように言った。

「お、俺の事、は……仕方がな……い。し、しかし、お、弟は……、と、トシユキだけ、は……、か、勘弁してく……くれ。ご、後生だ……から」

 たどたどしい兄の言葉に、虫取り屋は頷くと、ヒタヒタと彼に近付いて行った。

「や、やだよう。父さんも母さんも居なくなって、兄さんも死んじゃったら……。ぼ、僕は一人ぼっちになっちゃうよ。そんなの、そんなのやだよう」

 弟が、泣きながら懇願していた。

「す、済まん……な。な、なぁ、トシユ……キ。お、俺は……、も、もう、し、死んで……るん……だ。そ、それが……、ま、まだ……こんな所、で、……ウロウロしている……のは……、る、ルール違反……なん……だ。……わ、解ってく、れ」

「いやだよ。嫌だ、嫌だ、嫌だぁ」

 トシユキは聞き分けがなかった。ガラクタで出来た兄は、仕方なくトシユキに近付くと、その額に手に相当する部分をあてがった。すると、少年は何らかの術にかかったのだろうか、急によろめいて、その場に昏倒して仕舞った。

「む、虫取り屋、さん……と言った……か。す、済まん、が、……あ、後は……お願い……す、

する。ご、後生だ……から、と、トシユキの……事、事を、よろしく……頼……む」

 ガラクタで出来た兄は、詰まりながらも最後の言葉を残した。

「分かった……」

 虫取り屋はそう言って頷くと、ガラクタ人形に右手の鎌をふるった。バケツで出来た頭のようなモノが宙空に舞うと、地面に転がって、ガラガラという音を立てた。

「デバッグ終了。後処理に入る」

 最後に虫取り屋は、そう独り言のように呟いた。



 その日の夕方、場所は静かな住宅街。一人の少年が庭に水をまいていた。

「トシユキ、もうすぐ夕御飯よ。父さんも帰ってくる時間だから、中に入って片付けを手伝って」

 家の中から、母親らしき女性の呼ぶ声が聞こえた。

「はぁい、分かったよ、母さん」

 トシユキと呼ばれた少年は、水道の蛇口を閉めると、ホースを片付けて家の中に入った。

 低い生け垣の向こうでは、貧相な帽子の男と、小さなバケツを被ったあどけない顔の人形(・・)がそれを見ていた。


「どうだ、兄ちゃん。これで安心したかい?」


 帽子の男は、そう独り言のような言葉を発すると、人形を庭の隅にそっと置いた。

 そして、そのまま何処へともなく姿を消していった。



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