(5)
「じゃあ解答するぞー。前半に説いた問題の解説からもう一回するから、ここちゃんとメモしとけよ。テスト出すからなー。」
先生がよっこいしょとダルそうに立ち上がり、生徒たちも騒ぐのをやめて真剣な顔になる。この担任は予め出す所を指定しその範囲から基礎と応用の二段階式の問題を作るからだ。基礎は授業を聞いておけば派手に散ることなく点を稼がせてくれるが、応用は(1)(2)・・・と数を重ねるごとに一癖も二癖もある難問。高得点を出すためにはしっかりと勉強する必要があるのだ。
「で、この問題ができれば応用もなんとか出来るから、あとは頑張れ。」
解説を終えた先生が教科書をぺらりと捲る。
「じゃ、次ね。さっき岸田が書いてくれたのと志々目が書いたの、解答すんぞ。」
そう、私は完全に油断していたのだ。まるでうたた寝をする小鹿のように、無防備だったといえよう。その背後で獰猛な肉食動物の牙がきらりと光っているなんて全く知らなかったのである。
「・・・ってこら!岸田ぁ!!」
「っは、はい!?」
先生の声に驚いて、頭の中でお花畑を飛んでいた身体が地面に落下する。ガタっと大きな音までした。実際には座っていた椅子が反射で立ち上がった際に倒れただけなのだが、もはや大パニックの私にはどちらも大差なかった。
「お前のこれはなんだぁ!この問題は先週さんざん解説したやつだろうが。あれか、もしかして、もう一回教えて欲しいってことか?そういうのは授業の後にしろ。珍しく黒板に立ったと思ったから、先生ちょっと見直してたのに。しかも、お前はそもそも口頭で良かったんだぞ?そんなにこの問題解説して欲しかったのか。分かった。後で職員室に来い。そんで反省としてちょっと立っとけ。じゃ、この問いだが・・・」
「・・・という訳だ。もういいぞ。岸田、座れ。次はちゃんとしろよ。そんで職員室わすれんなよぉ。」
先生の呆れた声とその内容に、先ほど地面に落下したお花畑の私が打った個所を抑えながら泣いている。現実では涙を流すような感情は通り越し、ただただ悔しさが残る。
「ここまでで分かんないとこある人ぉ?ほいほい、ちょっと待ってろ。今から行くから。佐々木のつぎに入本んとこいくから、手ぇあげてない奴は次のとこ宿題にするからやっとけ。はい、はじめー。」
先生は授業を着々と進行し、恒例のマンツーマンタイムに入る。これは挙手制で分からないところを先生が隣で教えてくれる時間で、このようなしっかりしたサポートがあるからこそ、この担任の数学の授業は人気が高い。その性格がちょっとばかり大人としてはどうかとしても、先生としては認められている理由である。本来であれば、顔を真っ赤にしながらおっかなびっくりでも手をあげる常連者な私だったが今日はそんな気力もない。拳をぎゅっと握るも先生に何か言うことも出来ず、チキンな私は直立で疲れた足を休めるためにもしずしずと椅子を戻して座るしかなかったのである。
「・・・っくっくっく。」
後ろから聞こえた独特な押し殺したような笑い声が聞こえても、ぷるぷると拳を握って耐えるしかなかい。
耐えるしかない。
耐えるしか・・・ない訳あるかー!
「このどS野郎!私の胸キュン返してくださいってんですよ!」
「あいたっ!」
ばっと振り向いて投げつけた筆箱は見事に命中した。
書きかけですが、出来次第upします。