先生に当てられて困っている人には優しく嘘を教えてあげましょう。(1)
突然たが、数学はお好きだろうか?
残念ながら、数字と私は相性が悪い。というよりも、一方的な独りよがりな妬みの対象だったりする。ばっさり言ってしまうなら嫌いだ。
文章から突如現れるローマ字が何か気取ってるが気がしてならない。まるで高飛車な貴婦人みたいに『ふふん、貴女にワタクシが扱えて?』なんて羽で作った扇に顔を隠しながら、此方を一瞥してきて。頼んでも顔なんて拝ませてくれないのに、そのくせ覗かせる瞳の艶やかさ。挑戦的で悪戯っぽくて、全部を暴きたくなるようなあの小悪魔っぷりは反則だと思う。
「おーい、岸田ぁ。だいじょぶかー戻ってこーい。先生も小悪魔な女って好きだけど、今ほら、アレだから。数学の時間だから。ほら、問3がんばれ。てか、先生だってね、悩んでんの!おじさんは高校生なんかよりずっと純情ハートなのに。昨日、彼女にふられたんだから。もう本音言っちゃうと今日はコタツでシクシク泣いてたかったくらいなのに。可愛い生徒のために、心傷ハートで学校来たんだよ!」
君さえいなければ、私の高校生活はもう少し楽しいはずなのだ。
憧れは妬みに変わった。それから、ちょっとした憎しみに変わるのにそう時間はかからず、今に至る。
もう一度言おう、数学なんて嫌いだ。担当する教師まで憎たらしく見えてくるから不思議。
それでも私は、毎週月曜日と水曜日と金曜日の五限目に備えて欠かさず予習をする。数学は嫌いだけど、何もせずに天敵に挑むような恐ろしいことは私にはできない。例え実際にこうして運悪く当てられて、毎度毎度飽きもせずパニックな頭の脳内のシナプスが悲鳴を上げて現実逃避しようと。
どうしよう、どうしよう。そうこうするうちに、時計の針はチクタクチクタク。全国の時計さんは働きすぎでいつか爆発するんじゃないかって思うんだけど、どうですかね。
金曜日の五限目。授業開始38分。ただ今ピンチです。
目前に立ちはだかる、数学担当兼担任がへらりと笑いかけてくるがもはや脅迫スマイル。予習してきたのだから、その部分を読めば万事OKなのに頭の中は真っ白。顔は真っ青な上に喉はカラカラ。今なら風邪時にも負けない、ハスキーボイスをお届け出来るかもしれない。いやいや、しっかりしろ自分よ。搾り出せ、勇気。弱気にわななくパリパリに乾いた唇を引き結んで小さく息を飲む。