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狂信者はシにました  作者: 黒助
第一章 ― 子供騙し
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第六話 ― 蔓延る不和

「さて、もう知っている子も多いかもしれないけれど、彼が今日から皆と勉強する新しい仲間だ!」


 にわかにざわつき始めた子供たちを注目させるように三度手を叩いた後、アルフレッドはそういって傍らにおいたハルの頭をくしゃりと撫でる。その行為を非難するようなハルの視線も気にせず彼は”さぁ”と自己紹介をするように促した。


「今日から皆さんと一緒に勉強させていただくハルといいます。普段は村のはずれで生活していますので、人との付き合いに不慣れですが、よろしくお願いいたします」

「はい、ありがとうね――というわけでこれからここに通うハル君だ! 皆とは種族は違うけれどこのとおりの大人しくて優しい子だから」


 アルフレッドはハルの頭に手を置いたまま子供たちに向かって笑顔を向ける。おそらく生徒たちに危険でないことを伝えるためにハルの頭に手を置いたままでいるのだろう、とハルは判断し、フィーリアの聞いた彼の評判が嘘でなかったことを理解した。


 ただその行為が必ずしも効果を発揮したわけでもないらしく、彼を見る目の中にはあからさまに不安を感じている者や、不満や侮蔑に近い感情を向ける者までいる。その様子を見ながらハルは子供とは正直なものだ、と他人事のように思っていた。


 このまま大人になってくれたらどれほど楽だろうか


 そんなことを考えながら、ハルは”そういえばそのまま大人になったような人もいたな”と一週間前のブラムとの問答を思い出していた。


 あれほど感情が顔に出る者は滅多にいない、と言うのがハルがブラムに下した評価である。いわゆるポーカーフェイスを相手にすることが多かったわけではないが現代社会において感情を隠すのは一種の必須技能である。その点で言えばブラムは実に”大人げない”。

 いつか一緒に賭け事をしてみるのも悪くない、とハルは思う。


 そもそも冷静な判断が出来るならば相手がわざわざ自分に不利な条件を吹っかけてくるはずがないと分かりそうなものだ


 ハルの年齢を聞き、その上で試験の内容が十歳相当の読み、書き、計算であると分かったときの彼の表情はまさに詐欺師がカモを見つけたときのそれだった。それとも冷静な判断力を持っていたからこそハルという例外を考慮しなかったのかもしれない。


 まぁ、別に進んで悪事を働くつもりもないのだから、ブラムも損をするというわけではないか


 事実、ハルの進言は必ずしも的外れではない。後は日ごろの村長次第だ、と彼は考えるのをやめた。


 ハルが試験を受けたのはつい昨日のことである。急ではあったが、ちょうどアルフレッドが他の生徒たちの習熟度についても把握しておきたかったらしく、そのテスト――というほど大それたものでもないが――を一緒に受けさせられることになった。


 内容は前述の通りの読み、書き、計算である。黒板などというものがあるはずもなく、ましてや紙が高級であるこの世界において一村落の教師が出来るテストなど対話形式ぐらいのものしかない。つまり口頭試問だ。唯一文字の記述に関しては廃材を削りだしたものに黒炭を使って書くといった形で行った。


 合格という一点においてハルに不安があるはずもないが、問題はどの程度の点数をとるべきかであった。残念ながら他の生徒たちのレベルを知らない彼にとってこの推測は目隠しをして的を狙うようなものだ。


 とは言え最悪、ブラムの思い通り分不相応のレッテルを貼られると考えると、とてもではないがギリギリのラインを攻める気にもなれず、結局彼は大人気なく大真面目に子供用の試験に取り組むこととあいなった。


 結果は余裕で合格――どころか、むしろアルフレッドに学校に来るよう諭される始末である。ハルは知らなくて当然であるが、この村の人口はおよそ五百人でそのうち子供が占める割合は三割程度、さらにそのなかで学校に通える者というのは五十人に満たない。


 この五十人は常に変動しており、家の仕事が忙しい者は時々しか来ることはできないし、そうでない者でも学校が開かれるときに毎回参加できるとなると、それは村長や村の重役などの一部の比較的、財政に余裕のあるものだけである。


 この村の学校のことを聞いたときハルは、”この村の識字率は何パーセントまでいくのだろうか”と考えたことがある。中世の一般的な村落における識字率は一割を切り、おまけにほとんどは聖書をなど教典を読む必要のある聖職者だ。


 ハルはこの世界における神の重要性を鑑みた上で一割を超えるか超えないかと予測した。その推測はおおよそ正しく、この村の文盲は全体の九割ほどである。


 その一方で子供の識字率は実のところ二十パーセントほどある。これは人数にして三十人程度であるが、そのほとんどがこの学校の生徒であることを考えれば、いかにアルフレッドが優秀であるかに気付くだろう。もっとも、このことをハルが知るのはもう少し先のことである。


 そんなわけでハルが教育を受けるべき人材だとアルフレッドが考えたことは誰にも攻められないだろう。試験が終わるとアルフレッドはすぐさまハルの手を引き、ブラムにハルがいかに優秀であるのかを熱弁、そのままの勢いで次の日から学校に来ることをハルに約束させたのである。


 あの時のブラムの顔は酷いもので本人が目の前にいるというのに苦々しい顔を隠そうとすらしなかった。それでも約束を反故にするわけにもいかないことは心得ているようで一言”認める”とだけ蚊の鳴くような声でハルに告げた。


 ただ、苦々しい気持ちなのはハルも同じである。ブラムと違い表情に表れないというだけであった。何しろあれだけ騒がしくアルフレッドが触れ回ったのだから今頃どれだけ尾ひれがついているのかなど考えたくもない問題だ。


 あまり望まない形で目立ってしまった……


 面倒が省けたといえば聞こえは良いが、既に孤立しそうな雰囲気がある、とハルは生徒たちに目を向ける。


 現在、この場にいる生徒は二十人ほどであるが、皆昨日見た覚えがある顔ぶれだ。一部には好奇心旺盛なのかハルを見て目を輝かせている者もいるのが救いと言えるかもしれない。

 しかし、往々にしてそういった相手は一線を引いて付き合う場合が多い。正直いざと言うときに味方にならないのならば相手にする甲斐が無い、と若干冷めた目でハルは部屋を見回した。


「それじゃあ、みんなハル君と仲良くしてくれ」


 まるで見世物小屋のパンダになったような居たたまれない気分でため息をつくハルをよそにアルフレッドがそう締めくくる。


 当面の目標はここに馴染むことか……子供なら賄賂がよく効きそうか?


 馬鹿馬鹿しいと思いながらも、ハルが心の中で子供が喜びそうな物をピックアップしていると、一人の少年が急に声を上げた。


「はーい、はい、はい! 質問がありまーす」

「ん、どうしたんだい? グレッグ君」


 アルフレッドがグレッグと呼ばれた少年を見やる。その少年は周りに比べて一回り体が大きく、肌は浅黒く焼けいる。彫りの深い顔とあいまってか、子供らしからぬ威圧感を出している様子からおそらくこのグループのリーダーに当たるのだろうと、ハルは考えた。


 年齢もこの中では高いほうに入るであろうその少年は、どこかで見たニヤニヤ笑いを浮かべながらハルを見て口を開く。


「どうして、獣人がここにいるんですか?」


 その言葉に一瞬で教室の空気が凍りつく。


「グレッグ君やめなさい!!」


 しばらく皆で呆けていると思い出したようにアルフレッドはそういってグレッグを叱る。しかし、本人は依然としてニヤニヤ笑いを浮かべたまま”どうしてですか?”と空惚けている。

 そんなグレッグを無視してアルフレッドは心配するようにハルを見た。その視線にもハルは気付かずにただ押し黙るばかりである。


 別にハルは特にグレッグの言葉を気にしていたわけではない。ここにいる人間の中にはそう思う人間も少なからずいることは予想できていた。ただ、そのことよりもその少年を見てハルは頭に引っかかりのようなものを感じていたのだ。そしてその引っかかりは実にあっけなく解消される。


 グレッグ?

 ……ああ、なるほど、お前がそうなのか


 彼の名前をどこかで聞いたように感じていたハルの頭にすぐにある大人の顔が浮かび上がった。どこかこちらを見下したような目。絶対的な優位者でありたいという感情を隠さぬ、否、隠せぬ態度。


 お前がブラムの長男の……あの『グレッグ』か


「……よく似ているな」

「はぁ?」


 耳聡くハルの呟きを聞いたグレッグは言葉の意味が判らなかったのだろう、ただ不快そうに顔をしかめた。

次話は三日以内を予定しています。

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