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狂信者はシにました  作者: 黒助
第一章 ― 子供騙し
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第四話 ― ”想定内”と”想定外”

「ねぇ、アドニス? 私ね、あの子は特別だと思うの」


 目の前に座るアドニスのコップに葡萄酒を注ぎながらフィーリアが言う。内容だけ見ればどれだけ親馬鹿なのだと笑われかねないが、その瞳は真剣そのものである。


「確かにあの子は頭が良い。けれどそれは君に似たからじゃないか?」

「アドニス、茶化さないで。貴方にだって覚えがないわけではないでしょう?」


 初めは軽い気持ちで答えるつもりだったアドニスも、その真剣さが伝わったのか姿勢を正し彼女の問いかけに答えた。


「まぁ、確かに物覚えはいいし、態度に大人びた部分を感じることもあるが、それでも子供らしい部分だって――」

「物覚えが良い? まだ五歳なのにあの厚さの本を読むのよ? それも内容を理解して」


 言いながらフィーリアは本棚を指差す。そこに並べれた本はシンプルな背表紙にタイトルだけが刺繍されており、図解こそあっても子供が見て面白いと思えるような絵などは一頁とて無い、内容も御伽噺のようなものではなく細々とした宗教論から歴史に至るまで子供が読むにはあまりに不釣合いである。


「それにね、私、時々思うのよ。子供らしく振舞うのも意識してそうやってるんじゃないかって」

「オイオイ、子供が子供の演技をしてるって言うのか?」


 アドニスは冗談はよせといわんばかりの態度でフィーリアを諌める。

 そう言いながら彼は何故今になって彼女がこのような話を持ち出してきたのかについて考えていた。


 フィーリアがハルのことについてアドニスに相談するのは何もこれが初めての事ではない。そもそも子煩悩なアドニスにとっても子育てとは夫婦共通の命題であり、ハルをいかに良い子に育て上げるかというのがもっぱらの目標であったのだ。


 その意味でハルはアドニスから見ても出来すぎた息子であったし、親としては鼻の高い気分であった。不満があるとすればそのことを自慢する相手がいないことぐらいだろう。


 それはフィーリアにとっても同じだと思っていたからこそ、今回のような彼女の言い方には驚きを隠しきれずにいた。


「あの子は子供だよ。俺たちのかわいい子だ、そうだろう?」

「もちろんよ! だけど、このままでいいのかしら……」

「それは……」


 フィーリアはアドニスの言葉をすぐに肯定するが、続く言葉を言いよどむ。その様子を見てアドニスは彼女が何を言いたいのかを察した。


「私たちはいいわ、お互い納得の上だもの。でもあの子は違う」


 ”なるほど”とアドニスは納得する。おそらくハルの側から何らかの働きかけがあったのであろうと彼は考えた。


 事実、その彼の直感は正しい。トウカとの邂逅の後、ハルは度々、母親に村のことを尋ねるようにしていたのだ。初めは”村にはどんな人間がいるのか”といった子供らしい疑問に始まり、時折”なぜ自分達は村に住めないのか”と言った内容のことを遠回りに聞いたりもした。


 そして、その日ハルはついに村にある学校のことに触れた。


 ”村の『ガッコウ』ってどんなところなの?”


 一言それだけを尋ね、それ以上は追求しない。


 ハルは自分が学校に行くために最低限必要なことは両親の同意だと考えている。なので一連のこの行動は母親にハルの気持ちを理解させるのが目的であり、いざ実行した際にその計画を潰されないようにするためのいわば保険であった。


 学校に通いたい、という意思を自ら伝えるのではなく、フィーリアが汲み取れる程度ににおわせたのは、今後彼女がとる行動を自分の意思で決定したと思わせておくべきだと考えたからだ。


 宗教でもそうだが敬虔な信者と言うのは、こちらが望んだ以上の結果を持ってくることが多い。

 ”命令されたから”ではない”自由意志の選択”こそが重要なのだ、とハルは言う。


 数年間フィーリアと暮らしてきたハルは彼女なら十中八九、学校に通いたがっていると受け取るだろうことを知っていた。


 村と関わろうとする自分を止めなければそれでよし、進んで手を貸してくれるならば儲けもの程度の考えであったのだが、幸いにも両親が注ぐ愛情は彼が思っているよりもずっと深かったらしい。フィーリアはハルの思惑通り、いや思惑以上に彼の願望をかなえようとしていた。


 つまり彼女はハルの大人びた行動や一連の言動がまわりに同年代の子供がいないことに起因するのではないかと考えるようになった。”子供らしい行動をとるのに見本となるものがいないのだ”と。だからこそ彼は大人である自分たちを見て、ああなったと判断したのだ。


 もちろんそれでも異常性は否定しきれないが、少なくとも精神的な成長に関しては原因の一端となりうると彼女が考えたのも仕方のないことだろう。何せ彼の実年齢が自分たちよりも一回り以上、上であるなど想像しろというほうが無理である。


「……友人、か」


 口から出たソレにアドニスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 ハルは獣人が差別を受けていると考えているが、これは厳密には正しくない。というのも獣人の勢力というのは人間に負けず劣らず大きいのだ。この点においてハルの読みは甘かったといわざるを得ない。もし、彼が先入観を完全に排除して見ることができたならば容易にこの事実にたどり着いていただろう。ここでも日本という国の知識が彼を真実から遠ざけたのであった。


 獣人は獣人同士、人は人同士でコミュニティーを作る。そのコミュニティーから漏れた一部が鼻つまみ者となるのだ。それがアドニスとフィーリアといった種族間の垣根を越えた者、そしていわゆる半獣人といった者たちである。


 そういった者達は直接的な差別、例えば人権や税金、居住権について介入されることはないが、社会からは爪弾きにされる場合が多い。彼らもそれを嫌ってわざと村のはずれに居を構えたのだから。


「あのね……村に読み書きを教えている先生がいるそうなの」


 なのでフィーリアがこのような提案をしたこと事態がアドニスにはそもそも驚きであった。


「ハルをそこに通わせるのか!? いくらなんでもそれは――」

「聞いた話だと、その人は差別をするような人間じゃないわ! それに私もあなたもあの村には少なからず貢献しているもの。表立った批判はないはずよ」


 言葉を遮るようにフィーリアが言う。

 それを聞いてアドニスは低く唸った。


 フィーリアは格安で村に薬を卸すほか、場合によっては医者代わりに村人を治療することもあるし、アドニスは獣人ゆえの優れた身体能力で狩人として働いている。場合によっては害獣の駆除も行っているうえ、彼による村への肉の供給も決して無視できるものではない。


 そう、確かに可能ではあるのだ。


「しかし……しかし、だ! あの子を通わせる価値はあるのか? 読み書きは既に出来るし、計算についても俺達とかわらないだろう?」


 事実、彼が教わることなど、ごくわずかであることは間違いない。それにアドニスは計算を自分たちと同レベルだといったが、彼の計算能力に関しては元から二人よりも高いのだ。それは現代日本の大学で理系の学部を卒業した彼と比べるべくもない。


「でもここにいたんじゃ、ハルはいつまでも独りよ。別に勉強をさせるのが目的ではないのだから」

「だが……あの子に……いや、あの子に限って下手な手をうつことは無いと思うが、万が一にも……その、嫌な目にあったら」


 そう言ってアドニスは拳を握り締める。手の甲には青筋が浮かび指が真っ白になるほど力が込められているのが分かった。フィーリアはその拳にそっと自身の手を重ねると子供を諭すように優しくアドニスに言う。


「そのときは皆でこの村を出ましょ? 私たちなら他の村でも受け入れてもらえるわよ」


 ”待遇は今と変わらないと思うけれど”と寂しそうにフィーリアは笑う。

 そんな彼女の瞳をジッと見つめるとアドニスは重々しいくただ一言”分かった”とだけ告げた。


 ――――――

 ――――

 ――


 彼らは息子が寝ていると考えていたようだが、ハルはことの一部始終を扉の外から窺っていた。とりあえず話に一区切りが着いたと判断したハルは両親にばれないうちにベッドへと戻ると、さも寝ていましたというふうに毛布をかぶる。


 目を閉じながらハルは自分が思っていた以上に事態が好転していることにかえって戸惑いを感じていた。それこそ自分で”そうなるように”とっていた行動であったが、前述したように彼は上手くいったらいいな程度にしか考えていなかったのだ。


 ”子供が子供の演技を”か。


 ふと、アドニスの言葉が頭を過ぎる。

 アドニスは考えすぎだと一笑に付したが、フィーリアは納得していない様子であった。


 子供らしく振舞えていないことは自覚していたが、彼もそれについては既に諦めている。なにぶんそれほど広い家でもないのだ隠れて本を読もうにもいずれ見つかってしまうだろう。それならば、と彼はあえて堂々と知識を蓄えた。


 両親が子供の遊びだと見てくれるならそれでよし、例えそうでなくとも自身の異常性を正しく理解しえるはずが無いとタカをくくっていたのだ。せいぜいおかしな子供とみなされるか、上手くいけば神童か何かと勘違いしてより良い教材を用意してくれるかもしれないという打算もあった。


 だというのに――


 フィーリアは彼の思惑通りに動いた一方で、最も触れられたくない部分に差し迫ろうとしている、とハルは直感する。


 彼女には注意が必要だ


 その一方で彼女がどこまで迫れるのか見てみたいような相反する思いも湧き出てくるのが、彼には不思議ならなかった。


 ”彼女は私を――息子を愛している”


 ほぼ確実といっていいその事実に胡坐をかいてゲーム感覚になっているのかもしれないとハルは自身を分析する。


 おそらく、どう転んでも負けはない


 想定しうる最悪の結果で、ハルのあらゆる素性がばれてもフィーリアたちは自分を見捨てないという確信めいたものが彼にはあった。


 ”それならば楽しもう”


 その結論に達するまでに時間はかからなかった。


 一体いつから自分は村に通うことになるのだろうか?


 閉鎖的な現状に飽き飽きしていた矢先にふってわいた機会を逃すまいと、彼は今後の行動を想定し始める。

次話は三日以内を予定しています。

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