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狂信者はシにました  作者: 黒助
第一章 ― 子供騙し
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第三話 ― 偶像(カミ)に続く未知(ミチ)

 古き時代のさらに深淵

 人が未だ光を持たぬ宵闇の時代であったころ

 『イド』は燻る灰の中から生まれた


 彼は誕生してすぐに世界に原色を与える

 知恵なき時代、未開拓の世界で彼は人の歩みを観察することを決めた

 彼が誕生した後、七度の夜と八度目の朝を過ぎたころ

 この世界における人間の営みが、彼の思い描くものの遥かに下であることに気付いた


 彼は一人の人間に尋ねた

 ”何故火を持たぬのだ”と


 その問いに人は首をかしげながら

 ”火とは何か”と彼に問うた


 その問いに答えようにも彼には出来なかった

 彼は人に色と光を与えることが出来たが

 人間に知恵を授けることは許されなかったのだ


 そこで彼は自身の代わりに人間に知恵を与える者をつくった

 それが『ハイアル』である


 イドがハイアルに人間に知恵を授けるように伝えると

 彼女はその男にイドが生まれた灰の一握りを渡した

 その灰は決して熱を失うことはなかった


 そうして人はその灰から火を得た


 ~『始まりの神』第一章第一節~


 ――――――

 ――――

 ――


「……創世記、と言うよりは神話か」


 手に持った本はずっしりと重く、読むのにはそれなりの時間を要した。

 喋る分には問題ないのだが、こういった本にありがちな婉曲的な表現を滞りなく理解するにはもうしばらくの時間が必要かもしれない、とハルは自身を省みる。ただ、そこまでして読んだ本であったが得られたものはさほど多くはなかった。分かった事といえば、この世界の人間がどんな神を信仰しているのかといったことぐらいだろう。


 おまけに――


「やはり随分、表紙が新しい……それに言葉も今とさほど変わらない」


 この本に神は二柱登場している。

 本の中では”イド”と”ハイアル”と言う名が与えられていたが、それがこの世界での共通の呼び名なのか、あるいはこの地域だけの呼び名なのかは判断できないでいた。


 ふと、あの時のトウカの言葉を思い出す。

 彼女は少なくとも闘神、法神、地母神、冥神の四柱に信仰を奪われたと言っていた。

 ハルはこの本に登場する二柱を当てはめてみる。


 あまりそれらしくはないが、あるとすればハイアルが地母神を指している可能性ぐらいか

 イドは……冥神? いや、さすがに無理があるな


 それにしても――


「……知識にない神々、そして何よりこの物語にも彼女(トウカ)が登場していない」


 これまでにも数冊、別の種類の宗教書を読んだが出てくる神々こそ違えど、一向にトウカらしき存在は確認できずにいた。


 意図的に隠されているのか?


 ハルはそう思案する。

 最も考えられる可能性は宗教書の類が検閲を受けているということだろう。

 トウカを排除する運動があったことを事実とすれば宗教改変、それも一柱を丸ごとなかったことにする大規模なものがあったか、場合によっては宗教戦争にまで発展していた可能性が高い。


 トウカがその諍いで負けた事実は彼女自身の口から確認も取れている。その場合、元いた世界の歴史から判断するなら焚書(ふんしょ)はあったに違いない、とハルは考えた。


 こちらの世界に生まれなおして五年経ち、書物からではあるが外の世界の知識はそれなりに得ている。その上で、こちらの技術、文化のレベルは地球と比べてひどく遅れていると判断せざるを得ない。気候、文化はヨーロッパに通ずるものを感じるが、その水準は恐らく十世紀から十三世紀ほど。教育の意識は高いが数学や科学などはまだ発展途上もいいところだ、というのが彼の認識である。


 そんな世界において情報伝達の媒体は彼が今知る限りでは書物だけだった。となれば書物の価値が高いことに加え、数が出回らないと予測できることからも焚書の効果は高い。


 この本も外装などの状態を考えれば、比較的新しく、おそらく宗教的な改編により内容が制限されるようになってから書き直されたものだろう、と彼は予想している。


 ただそうなってくると新たな疑問が浮かんでくのだ。


 知識にないこの二柱は本当に存在するのか、である。


 彼自身はこの問いに対して、特に”イド”の存在について懐疑的であった。理由はこの神が始まりの神、つまり実質的な最高神として記されているという点が挙げられる。


 宗教改変が行われた際に複数存在する神々を一つにまとめ、本来別々だった宗教を大規模な一大宗教へと昇華させる目的で付け足された舞台装置だったのではないだろうか、というのが彼の考えである。事実、彼がこれまで読んだ本の中においてイドが登場する場合、その内容が様々異なることが多いのだ。これは本来は違う神が果たしていた役割をそのままイドに挿げ替えた可能性を示唆している。


 だが神のいる世界で神を捏造するなど可能なのか?


 一つ仮定を立てると、その仮定を否定するようにそんな疑問が頭に浮んだ。この疑問に対してハルは”難しいだろう”という答えを出す。もし本当に捏造であった場合を考えると、この世界の神は懐が深いと言わざるを得ない。何せ自分達を差し置いて最高神が付け加えられるのだ。そんなことを我慢できるぐらいならば、おそらくトウカの信仰が奪われることもなかっただろう、と彼は思う。


 ……まぁ、何にせよ、私の欲しい情報を手に入れるのは骨が折れそうだ


 彼は手元の本へと目をやりながら最後にそう結論付けた。


 それなりに苦労したにもかかわらず、得た情報の実りのなさに小さくため息をつきながら手に持ったその本を本棚に戻そうとする。しかし入っていた場所が高かったせいもありなかなか上手くいかない。爪先立ちで本を戻す姿は外から見れば年相応だったのかもしれないが、精神的に三十台後半の彼自身は忌々しく思わざるを得なかった。


「……っと、足場を持ってきたほうが――」


 諦めて近くの椅子でも引っ張り出そうとしたときスッとハルの手から本が取り上げられた。

 手の行く末を目で追うとそのまま流れるようにもとあった場所へとそれを戻す。


「こら、ハル! 危いから無理しないようにっていつも言ってるでしょ?」

「……ごめんなさい」


 いつの間にか後ろに立っていた母が少しだけ叱るような雰囲気でハルに言った。

 それに対してハルは素直に謝罪する。このようなときに”でも”や”だって”といった類の接頭語をつけた場合、どうなるかは既に何度か経験済みだ。


 以前つい口を滑らせたときには長々と説教をされたうえ、罰という名目で、その夜、彼女の抱き枕として扱われたのは苦い経験として彼に刻み込まれている。危うく父親までが悪乗りしてきそうになったときはさすがの彼もげんなりしたが、とりあえずそれからはそういった罰の回避に成功していた。


 実はそのせいでフィーリアはことあるごとに機会を探っていたりするのだが、そのことにハルは気付いていない。今回もフィーリアは”しめた!”と内心思っていたりしたのだが、思いのほかあっさりと彼が謝ってしまったせいで意図せずにチャンスをフイにしてしまったのであった。


 そんなこともあり、がっかりしながらもフィーリアは先ほどまで我が子が読んでいた本へと目を向ける。そこには金色の糸で物々しいタイトルが刺繍された本が鎮座している。


 子供の読む本じゃあないわよね……


 日に日に賢く育つ我が子を嬉しく思いながらも、彼女の心から一抹の不安が消え去ることはなかった。彼が生まれて初めて読んだ本は御伽噺ではなく、ましてや絵本でもない。


『神々とその歴史』


 その分野では決して読みにくい部類ではなかったが、二歳を過ぎたばかりの子供がいきなりそんなものにかじりついていたのである。彼女は単に自分達のマネをしているのだろうと考えていたが、すぐに彼がその本を理解していることが分かった。まだ文字も分からぬと彼女は思っていたのに、どこで知ったのか彼は既に本を読むに十分な知識を蓄えていたのだから、驚くのも当然であろう。


「……私がこんな本読むようになったのなんて、いつだったかしら?」


 彼女の口からついそんな言葉がこぼれる。それは意識せずに出た言葉であった。


「どうしたの?」


 その言葉にハルは反応する。


「――ッ、ううん、何でもないのよ? それよりも、もうすぐご飯だから手を洗って待っててね」


 無理やり誤魔化した彼女は不自然な笑顔を作りながらハルにそう促す。母の顔を見ながらニコリと笑い大きく頷く彼の姿に、彼女は少しだけ救われた気分であった。


 ――――――


 そんな母親の急襲を回避した日の夜、ハルに待っていたのはあの日見た決して忘れえぬ光景だった。


「ここは……」


 暗闇に真っ直ぐ伸びた道、ほのかに光るその道の両側には砂嵐だけを延々と流し続ける窓が浮かんでいる。幸いにも音は聞こえないようで以前ここを訪れた際のような言葉の嵐には出会わずに済みそうであった。


 少しだけ懐かしい気持ちになりながら彼は道を進む。

 しばらくそうして歩を進めていると道の先からどこかで聞いたような音楽と効果音が聞こえてくる。


 呆れながらハルが近づいていくと彼女はそこらの窓に画面を投影しながら、懐かしいナンバリングタイトルで銀色の生き物を狩っていた。そして鳴り響くファンファーレ。


 レベルアップしたな


「人の中で勝手にゲームするとはどういう了見だ?」


 別に彼もそこまで怒っているわけではないが心の中を弄繰り回されているような気がしてどうにも落ち着かない。


「……あらぁ、やっときたのね。もうアレから五年よ? 女性を待たせすぎじゃないかしら」


 耳に届いたそんな懐かしい皮肉に、ハルは長いこと人前ではつくことがなくなっていたため息をこれ見よがしにつく。


「相変わらずだな――トウカ」

「お互い様よ、想一……いえ、今はハル? だったかしら」


 そういってトウカは興味深そうに彼を見る。


「それにしても随分と可愛らしくなったじゃない。前みたいな無愛想よりもワタシは好きよ?」


 ケラケラと笑うトウカにハルは一瞥をくれる。


「私としてはやりにくいことこの上ないんだがな……もう少し生まれる家を選べなかったのか?」

「選べたとしたらワタシがそうしたと?」


 ”ないだろうな”とハルは納得する。

 目の前の神はどうにも信仰云々よりも自分が楽しめるかどうかに重きを置いているようである。


「というか、一体どこからそんな物持ち込んだんだ」

「ああ、コレのこと? どこからも何も初めからここにあったモノよ」


 ゲーム機を指差しながらトウカは言う。


「私はこのゲームをプレイした覚えはないんだが」


 ゲームなど十二歳ぐらいまでしかまともにやっておらず、トウカが今しているものも彼が最後にやっていたタイトルの数バージョン先のものだ。


 ハルがそのことについて尋ねると”ああ、それね”とトウカは納得した様子で説明を始めた。


「やったことなくても記憶のツギハギである程度まで復元できるのよ。後は過去作から予測して作り直したりとかね。聞いたことないかしら、人は見聞きしたことを思い出せなくなることはあっても忘れることはないのよ?」


 ”言ってしまえば、ここはアナタが生涯を通じて作り上げた図書館ってわけ”とトウカは語る。

 ”そういうものか”と問う彼にトウカはいつもの様子で”そういうものだ”と返す。

 実に数年ぶりにした会話であるのに何の意味もない会話だった。


 馬鹿馬鹿しくなったハルは話を進める。


「まぁいい、これ以上生産性のない会話をしてもしかない。それよりも出てこれるならどうして今まで出てこなかったんだ?」


 そういって彼は本題を切り出す。

 出てこれると分かっていたらあんなに苦労もなかっただろうに、と思うとハルは頭が痛くなった。


「それはアナタが生まれたばかりだったせいよ」


 事も無げにトウカは答えた。


「アナタ、この世界に生まれたときがむしゃらに知識詰め込んだでしょう? 物をたくさんつめん込んだ部屋に入るにはソレを片付ける必要があるわ」


 ”整理するこっちの身にもなってほしいわね”とトウカが愚痴る。


「君が知識の整理を?」

「そうよ、感謝してもいいわよ」


 言われてみるとこちらに来てから知識の定着が早いと思っていたがトウカのおかげだったのか。


「ああ、助かったよ。……それよりも聞きたいことがいくつかある」

「聞きたいことぉ?」


 先ほどまでのお茶らけた空気を振り払うようにハルは真剣な面持ちで彼女に告げる。

 頭から生えた角をいじりながら彼が凄むけれど、その見た目のせいで迫力がまるでないのが面白くてトウカは笑いをかみ殺すような表情をしていた。


「ふふ、何かしら?」

「こちらに来てから五年――分かるか、五年だぞ? それだけ探しても一向に君に関する記述が見つからない。一体何があったんだ?」


 一瞬考えるようなそぶりをした後、トウカは言う。


「……何があったのかしらね」

「なに?」


 その答えは彼の予測をはるかに裏切るものであった。

 初めはいつもののようにからかっているのかとも思ったハルであったがどうにも様子がおかしい。


「”何があったのかしら?”って自分のことだろう」

「自分のことって言うのはある意味では正しいけれど、ある意味では違う」

「いつから哲学の話になったんだ」

「哲学じゃなくて、言葉通りに捉えていいわぁ。ワタシはワタシだけれど、ちゃんとしたワタシではないのよ」

「どういう――」

「ワタシは本物(オリジナル)ではなく模造品(コピー)――あの日あなたに植え付けられたひとかけらの自我よ。つまり――」


 トウカの話をまとめると彼女にはもうほとんど力が残っておらず、何度も顕現するのは負担が大きいとのこと。そこで彼に初めて会ったあの日、ハルの人格の一部に自身を投影しておいたそうだ。その仮置きの人格も特徴(キャラクター)を重視して、その他の部分に力を回さなかった結果、彼女には元の記憶がほとんど残っていないらしい。


 おまけに今の彼女はハルとのやり取りを一方通行で本体にフィードバックさせることは出来ても、逆向きは無理らしく、真の意味でただの偶像と化していた。


「……時々、君がどこまで本気なのか分からなくなることがある」

「あら、いいことじゃない。底の知れた神に存在価値なんてないのだから」


 それが今後自身の再興を果たす上でどれだけの障害となるのか分からぬわけではないだろうに、彼女は一向にそのスタンスを崩さない。その様に彼は逆に神らしさを見た気がした。


「それで、これからどうする気なのかしら? ワタシとしてはいい加減行動を起こしてくれないと退屈なのだけど?」

「そうしたいのは山々だが……」


 どうにも半獣人というのが足を引っ張る。コミュニティーを広げるにも村と関わることさえできずに彼は頭を悩ませているところだった。


「……多少は無理をしてでも動くべきか」

「そうしなさいな。せっかく二度目なのよ、せいぜい楽しく踊りましょう?」


 せっつく女神を無視して彼は計画を立てる。


「そういえばサイラスの村には学校があるらしいな」


 以前、家の外で母が行商人と会話している際に耳にした話だ。

 この時代に、しかも村で教育が行われているということに彼はたいそう驚いた。

 それゆえ印象深く、すぐに頭に浮かんできたのである。


「学校はどうでも良いが、教育内容と村には少し興味がある」

「決まったようね?」


 仏頂面で独り呟くハルの横顔を見ながらトウカは優しげに微笑んだ。

次話は三日以内を予定しております。

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