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狂信者はシにました  作者: 黒助
第二章 ― 捕食者の声
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第二十四話 ― ”芽”吹き

 ようやく心に訪れた平穏に安堵しながらキールは深く椅子に腰を沈めた。伸びをするように天井へと顔を向け息を吐き出すと、今更のように感慨が押し寄せてくる――”全てが終わった”という感慨が……。


 キールにはブラムがどうなったかはまだ良く分かっていない。すでに処刑されたかもしれないし、あるいはいまだ刑の執行を待つ囚人であり続けているのかもしれないが、どちらにしろ先は長くないだろうと彼は思う。


 ブラムが病的なまでに固執した”家”は既にこの村には無い。愛する家族達は既に村から連行された後であったが、彼らがこの村に戻ってくることは無いだろう。


 夫人は気付きながら見てみぬフリをした

 そしてグレッグに関して言えば表沙汰にこそならなくとも、積極的に計画に加担していたのだから自業自得だ


 自身がしたことを棚にあげながらキールは考える。唯一何の罪も無い次男には同情しないでもなかったが、それさえも大義の前には大した意味を成さなかった。


 キールが同志たちの最後を教えられたのは、”サントパス峠の大捕物”からしばらく経ってのことであった。小さな村に似合いの小汚い酒場で葡萄酒を煽っていた彼の耳元で一人の男が囁いたのだ。


『”金の芽”が壊滅した』


 その言葉にほろ酔い気分も一瞬で吹き飛び、キールは慌てて男を連れて酒場を後にする。キールはまだ日が浅く”金の芽”と志を共にした時間は短かったが、彼には寄る辺が踏み荒らされるような怒りとも悲しみともとれる感情が湧き上がっていた。そんなキールに男は言ったのだ、”頼みたいことがある”と。


 男の頼みは至極単純なものであった。


 ”金の芽”を再建したいが、それには金が必要だ

 だから、この村で『奴隷』を作って売ろうと思う

 生き残った団員もいるが、自分達だけではどうしようも無い

 幸いにも、この村には同志がいるし、手引きも楽だと思い頼みに来た


 かいつまんで言えばそんなところだ。初めにその話を聞いたときにはさすがのキールも受け入れるのをためらった。男の提案はあまりにもリスクが高い。キールの抱いたソレは保身と言うよりも同志に無意味な犠牲になってほしくないという思いから生じた迷いである。


 そういった危惧がキールに決断を渋らせていた。けれど、そのぐらいは相手も見越していたのだろう。結論を迷うキールに男は”ある計画”を提案した。


『この森に狼を放そうと思う』


 男は自分達がこの村に逃げ延びた経緯を話し、今ならば村に狼を放っても自分達の仕業だとは疑われないと主張した。幸いにも狼がいる場所の心当たりはある、罠を使えば数匹なら捕獲もできる。あとは失踪の原因を”狼”に擦り付ければいいだけだ、と。


 決して難しい計画ではない。キール自身は彼らが村で動く手引きをしながら、さりげなく狼の存在を村長に気付かせるだけだった。なにせ村の警備を任されるのは自分だ、仲間達を逃がすことも招き入れることも簡単に出来る。


 狼の存在をチラつかせるのも難しい話ではない。そのために用意したのが”怪我をした子供の狼”だ。キールはグレッグが一人で空き地に出入りしていることを知っていた――そして、彼の残虐性も。だからこそ適度に痛めつけた獲物を見せ付ければ、彼がソレをどう扱うのかは容易に想像できた。


 結果は想像通りの結末である。彼の予想に反せずグレッグは狼を犬と勘違いし虐待を始めたのだから。後は、ある程度稼ぎ終えたら、キール自身がソレを発見し”狼を見つけた”とブラムに報告すれば終了だ。彼ならば今回の不祥事を隠したがるだろうから、秘密裏にジンバルトで依頼する可能性が高い。そのために彼も前もってその選択肢をブラムの前で”提案”したのだ。


『領主様に頼らないで”ジンバルト”で腕利きを雇うとすれば往復一月だ』

 その発言は裏を返せば、領主に報告しないと言う方法もある、とブラムに伝えたものであった。


 最悪ブラムが領主に報告したとしても、彼が狼が原因だと言いさえすればよい。それで全ては終わる――


 ――いや、その予定だった。


 ここで、初めの計算違いが生じる。とある人物達が”キールよりも早く”狼を発見してしまったからだ。けれども別にそれ自体は問題ではない。そもそもアレを見てそう簡単に狼と気付けるとも思えない、なにせ森には似たような野犬もいる。なので何も知らぬアンから(、、、、)彼らと何を話したのかを聞き出したときにも、キールはさほど危機感を覚えなかった。彼らの話を盗み聞きしたのも言ってしまえば、念のためである。


 あの場所は腐敗臭が酷かったし、いくら匂いに敏感であってもさすがに気付かれはしまい、という楽観もあった。だが――


「……ハル、か。あんなガキのせいでここまで慌てさせられるとはな」


 ”狼かもしれない”

 その可能性に誰よりも早く気付いたのは、あろうことか一番年下の子供であった。他の二人が呆気に取られている間にも彼は着々と事実に近づいていく。


 あるいは自分達の計画にまで迫るなんてことも……


 キールは思わずそんな馬鹿げたことを想像してしまった。おまけに彼らはその推論を誰にも報告せず、自分達の間だけで完結させて、まだ調査を続けるつもりのようであった。


 あの時は相当に焦っていたのだろう、とキールは今になって思う。キールは計画を早めることを決めた。

 ”いきなり狼の事を言い出したのでは怪しまれる”と、もっとも知恵が回らなさそうなアリスに事の次第を聞きだし、間接的に彼らから話を聞いたという”事実”を作りあげる。


 加えてキールはブラムに報告を行った際にわざと(、、、)グレッグにも聞こえるように、事細かに狼の特徴を話してやったのだ。グレッグが毎度、ブラムと客との話しに耳をそばだてていることは知っていた。それを利用してグレッグの行動を誘導する。


 グレッグが普段いる空き地で狼の死体が見つかったこと、そしてわざわざ狼と断定するに至った五本目の爪のことを話したのだ。


 そうすることで十中八九グレッグは近いうちに”死体から爪をとりに行く”

 それも周りには気取られぬように。


 虐待がバレるのはまだいい、けれどその対象が狼ともなると話は別だ。

『すぐにグレッグが報告していれば、こんなに被害は広まらなかった』――村の人間がそんな考えに至ったら……。


 キールはこの事件を”狼の仕業”として終息させるのと同時に、グレッグが死体から爪を剥ぎ取る現場を押さえてスキャンダルを作り出すつもりでいた。ただでさえ、被害をこれだけ拡大させた上に、息子の問題が持ち上がればブラムは村長を続けられない。


 ”そうなってしまえばブラムを利用するのは簡単だ”


 けれど現実はそう簡単にはいかなかった。ここで二つ目の誤算が生じたのである。

 あろうことかブラムは開き直ってキールを脅し始めた。ここでキールは計画を一旦止めざるを得なくなる。今まではブラムに狼のことを報告させようとしてきたが、今はどうにかして狼のことが外にバレないようにしなければならない。


 因果なことにキールはハルに頼る以外どうしようもなくなったのだ。どうにかして彼らにブラムを脅させて、領主に報告せずに事を収めさせるしかない。第一の計画が危うくなったことでキールは次善案を並行して進めざるをえなくなったわけであるが、ここに来て”彼らの神”が微笑んだ。


 グレッグのスキャンダルを作り出すことは本来の計画には無いことで、キールの心にともった一握りの野心がそうさせたのである――これが結果的に彼を助けた。


 キールの報告から数日のうちにグレッグは”例の空き地”に姿を現した。

 その手にナイフを握り締め、虐待した狼から爪を剥ぎ取るために……。


 きっとグレッグは驚いたことだろう。数日前に一連の失踪は狼の仕業だと耳にしたのに、空き地には待ち構えるように身なりの汚い男達がいるのだから。


 ”聞いていた話と違う”と思っていたかもしれないな


 仲間達から聞いたグレッグの様子を頭に描きながらキールはそんな風に思う。

 何にしても、キールはグレッグのこの行動のおかげで救われた言ってもいい。キールが仲間から聞いた話によればグレッグと”取引”するのは拍子抜けするほど簡単だったらしい。


 初めこそおびえた様子を見せていたものの、彼らが交換条件を突きつけるとグレッグはすぐにその提案を受け入れた。


 ”この死体の処理は俺達がしてやってもいい。だが、その代わりにお前は俺達のことを誰にも話さないこと、あと契約を結ぶんだから印璽(いんじ)を持って来い”


 よほど自分の身が可愛いのだろう、グレッグはその意味も考えずに頷き、それどころか逆に契約内容に条件を付け加え始めた。


 曰く”契約の内容は死体の処理と――”


「……半獣人のガキの始末とは。アイツ悪人の才能があるな」


 キールは顔がばれてしまうので直接的にグレッグと取引を行ったわけではなかったが、さぞ悪い顔をしていたことだろうと想像した。


 早速、次の日に持ってきた辺りその本気さがうかがえる。せっかく指輪(、、)に加工された印璽だというのにブラムは普段は身に着けてはいないようで、簡単に持ち出せたらしい。もっとも、そうは言っても村ではちょっとした騒ぎになっていたのだが……。


 ブラムが盗まれたと騒ぎ出したときには肝が冷えたものの、村には怪しい人間は居らず、その日のうちにグレッグが指輪を戻したおかげで、”村長の勘違い”と言う形で決着した。盗み出したのはグレッグなのだから怪しい人間がいないのも当然だ。


 それ以来、ブラムは身の回りを異様に警戒するようになったけれども、既に後の祭りである。この時点でキールは幕引きに十分なだけの小道具を手元にそろえていた。こうなってしまっては例えグレッグが騙されたと泣きついたところで意味を成さない。それ以前におそらくグレッグは父親を庇って自身の罪を告白するようなことはしなだろう。そんなことをすれば処刑されるのはグレッグ自身だ。


 そうでなくともグレッグは取引の裏にキールがいることを知るはずが無いのだから、状況は大して変わりはしない。結局、ブラムは息子の不祥事と今回の事件の責任を背負って村から消えていく。


 ここまで来てしまえば、もう半獣人の”調査団”ごっこに手を貸す必要も無かった。キールの手でブラムを”奴隷取引”の犯人として吊るし上げれば終了だ。キールと共謀して狼を放置していたなんて言い分は”取引”の証拠が出てしまえば言い逃れにしか聞こえないだろう。ましてや、その奴隷取引の報告をしたのがキールともなれば逆恨みで道連れにしようとしているとしか思われないはずだ。


 キール自身も奴隷取引で報酬を受け取っていたわけではないのだから、調べられようが問題は無い。


 ヤツラには教義に殉ずる覚悟ってものがまるでない

 そんな人間に俺の行動なんて理解できないさ


 それどころか今回の失踪事件の解決に尽力した男などと見なされていると思うと、キールはこみ上げる笑いを我慢できずにいた。村の人間も同じだ、ほとんどがキールの報告によって諸悪の根源が除去されたなんて幻想を抱いている。キールの座るイスこそがそのことを如実にあらわしていた。


「く、くは、くはははは――いやぁ、ザックには悪いことしちまったなぁ。最後の大仕事ってところで出て来やがるんだから」


 領主を、そして村人を動かすための最後の餌作り、それプラス自身のちょっとした功績作りをしようとしたところでザックはやってきた。


 ”キール! 不必要に犠牲を出させるんじゃねぇ!!”


 そんな説教じみたことを言いだすわ、いくら言っても村に戻らねぇわ

 最後の最後までお前には苦労させられたよ


 それでも、狼が相手だと信じていたおかげで大した問題にはならなかった。一緒の班の二人にしても油断しているところを待ち伏せさせていた仲間に任せただけだ。キールがしたことといえばあらかじめ用意しておいた半死状態の狼を切りつけることと、自身の体に適当に傷をつけておくことぐらいである。


 正直なところ誰も狼と遭遇しなかったら、という保険の意味での行動でもあったのだが、実際に狼に遭遇したチームがいたのは嬉しい誤算であった。あれのおかげでキールの演技はかなり現実味を帯びたといえる。


「危なそうなヤツラはもうこの村にはいない。いけ好かない商人くずれも最後には役に立ってくれたしな」


 そう、奴隷商の汚名を被る役に。


「これでようやく、この村に――」


 一人ごちる彼の耳に扉を叩く音が響いた。


「入れ」


 キールは真面目な表情を作ると扉の向こうへと声をかける。


『失礼します』


 そう言って部屋に入ってきた商人風の男にキールは笑みを浮かべた。


「なんだ、その言葉遣い? ここには俺しかいないんだから普段どおりでいい」

「そうか? けど、オレもこれからはこの村に商人としてくるわけだから、ちったぁなれておかねぇと……いつボロが出ちまうか気が気でねぇんだよ」

「よく言う。お前ぐらい気がデカイやつもそうはいないだろうが」

「それを言うなら、アンタ――いや、キール村長だって似たようなもんだろう? あの時はさすがのオレも冷や汗流しちまったよ」


 冗談めかして言うその男にキールは”はて?”と首をひねる。冷や汗を流したことは何度もある、特にここ最近は酷いものであったが、彼の言う”あの時”がいつの事を指すのかすぐには理解できなかった。


「あの時?」

「ほら、”例のガキ”を処分したときだよ」

「そうは言うが、処理したのはお前らで俺は何があったかなんて知らんぞ」

「あん? そうなのか? オレはてっきりアンタがあのガキの事全部分かってて処分を急がせたんだと思ってたよ――けど、知らずにってんならアンタ相当な強運だぜ」

「アレは単にほとぼりが冷める前にまとめてのつもりだっただけだ。あの時は領主の軍も狼の処理で手一杯だったし、応援が来る前にってな」


 キールの言うことは事実で、あの時は駆逐隊がハルの家の反対方面に張り出していたから、決行に踏み切っただけである。


「けど、何だ? 強運って?」

「あのガキ――アンタを疑ってやがった」


 その言葉にブワリと一瞬にして嫌な汗が流れた。


「ど、どういうことだ!?」

「……オレ達は事情を聞きたいって領主のお抱えのフリしてアイツを引っ張っただろ? んで道の途中で失踪のこととか調査の状況について根掘り葉掘り聞かれてな。さすがに疑われるわけにも行かないから適当に教えてやったんだよ。そしたら急に、な」


 キールにはどこで疑われたのかが分からない。必死で思い返してみるが、ハルが彼に対してそういった疑いをかけている様子は見受けられなかった。


「アンタ、狼を一匹仕留めたって吹聴しただろ?」

「……それがどうした」

「知ってるか? 狼は狩りに”爪”を使わないらしい」

「いったい何を言って――ッ!」


 その言葉の意味を理解し、キールは自身の腕を隠す。そこには縦に走った筋状(、、)の傷跡がうっすらと残っていた。


「まさか、それだけで……」

「いいや、あと――これはアンタが知らなくて当然なんだが、ええと、ザックだっけ? ソイツに”狼避けの薬”なんてものを渡してたみたいでよぉ」

「狼避けだと? そんな薬あるはずが――」

「まぁ、最後まで聞けって。で、ザックてヤツの死体なんだが、使わずに持ってたらしいぜ、その薬。ってなってくるとアンタの説明がおかしいってハナシだ。普通、狼と争ってる現場に助けに入ってそんな薬持ってたら、真っ先に使うだろ?」


 彼の話を聞くうちにキールは自身の体が冷えていくのを感じた。


 ”今回の計画は不幸続きだ”


 計算外の事態に陥るたびにキールはそんなことを考えたが、実際のところ彼はかなりの幸運であったことに気付く。


 ……もう少し遅かったら吊るされたのは俺だった?


 その事実にキールはブルリと体を震わせる。そんなキールの心うちを知ってか、知らずか、男は気楽な調子で話を進めた。


「まぁ、最終的にはやっぱり神はオレ達に味方したってわけだな」

「……ああ、まったくもってその通りだ」


 当然のように彼は言い放つ。キールも今回ばかりは神の意思とでも言うものを感じていた。

 ”我々の神がこの結末を望んでいるのだ”と。


「んじゃあ、しばらくしたら、他の連中も村に入ってくると思うけど、よろしく頼むぜ”兄弟”」

「任せておけ”牙と爪(、、、)”に賭けて誓おう」

「おい、あんまり村でそういう表現はすんなよ? オレ達はいいけど、周りに気付かれたらことだ」

「……悪いな、つい(、、)

「まぁ、そのうちこの村のヤツラは皆言うようになるさ」

「ああ、もう邪魔する人間もいない――」


 そう、勝ったのは俺達(、、)

 ”金の芽”の再建にはまだ時間がかかるが、”金の芽”に入団――いや、入信(、、)したときから俺のすべきことは決まっている


「――ゆっくりと、この村に広めるさ”イクァの教え”をな」

これで二章終了です。

三章は書き終わり次第投稿を開始します。

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