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狂信者はシにました  作者: 黒助
第二章 ― 捕食者の声
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第二十三話 ― ハルの推測

 彼の口をついて出た名前を肯定するようにトウカは頷いて見せた。彼女は勝ち誇るように色とりどりの髪を梳き横目でハルの表情を観察する。けれども、ハルはその推測に納得していないどころか、首を横に振って否定した。


「アヒム――はないな」


 意外な答えにトウカは目を丸くする。すぐに”ムッ”とした彼女を押し留めるようにハルは理由を続けた。


「別にアヒムを信じているとか、そういう感情論で言っているわけではないぞ? 君が”分かっていて”言っているのかは知らないが、不自然な点がいくつかある」

「――あら、そうかしら? ぜひともご教授願いたわぁ」


 挑発するように言うトウカに向かってハルは人差し指を立てながら説明する。


「理由一、君の言う通りだとするとアヒムの行動はあまりにも商人(、、)らしくないから」

「商人らしくない? 商人だからお金の臭いには弱いんじゃないの」

「その認識は正しい。商人ってものは儲け話に弱くて、何よりも損得勘定が上手い」

「だったら――」

「自慢じゃあないが、私は彼にとっては良い金づるだったと思うよ……”金のなる木”と言い換えてもいい」


 自虐的な言い方ではあるが、商売仲間と言うのはつまるところそういうものである。儲からなければ共に仕事をするような酔狂な人間はいない。


「――果たして彼にとっての奴隷取引と言うのは、それと天秤にかけてもリターンのある話だったのか? 確かに一時的には儲かるかもしれないがリスクも高いし、安定した収入源がある今、この方法にそこまでの魅力があるとはとても思えない。むしろ今後この村での取引が出来なくなる可能性もあるんだ」

「まぁ、そうかもしれないわね。けれど、それは彼が”そう考えるだろう”と言うだけの話で実際はどうか分からないでしょう? もしかしたら急にお金を用意する必要があったかもしれないじゃない」

「あくまで、これは理由のうちの一つ目(、、、)だよ。気になる部分は他にもある」


 面白くなさそうにハルの推測の穴を付くトウカに二本目の指を立てる。


「理由二、彼がブラムの取引相手だと仮定した場合、その行動に決定的におかしな部分がある」

「おかしな部分、ねぇ……この村にはおかしな人ぐらいたくさんいたと思うけれど」

「いちいち、話の腰を折らないでくれ」


 ハルもだいぶ慣れてきたことではあったけれど、どうにもこの女神は黙って人の話を聴くということが苦手らしい。もっとも、慣れたところでどうにもならないことなのだが……


「……とにかく話を続けるぞ。ブラムと協力関係にあった場合、一番不自然なのは私達に協力したことだ」

「そんなの不自然でも何でもないわ。要するにアヒムは私達を使ってブラムに今回の件を”狼”として処理させたかったのよ。アナタは領主に報告せずに、ジンバルトで依頼することを第一に考えていたのでしょう? そうなれば村に調査は入らないじゃない。上手くいけば、奴隷取引なんて真相は闇の中、損をするのはブラムばかりで、安心してこれからもこの村で取引が出来るってことじゃないかしら?」


 確かにハル達を上手く利用すればアヒム自身が表立って動くことなく、今回の問題を無害化できる。けれど、それは――


「そりゃあ、初めから私がそうすると分かっていたなら、問題ないかもしれないが……君は私がアヒムとザックに計画を話したのがいつだと思ってるんだ?」


 二人が計画の内容を知ったのは調査が始まって、それなりに時間が経ってからだ。つまりトウカが言うような思惑でハルに手を貸すと言うのは無理がある。おまけに、何よりも重大な問題が残っていた。


「だいたい、そんなつもりがあったら、ブラムに私が”脅そうとしている”なんて話してから村を出るはずがないだろうに」


 事実、アレさえなかったらブラムはハルの計画通りにジンバルトに依頼して終わらせていた可能性も十分にあっただろう。


「それじゃあ、ブラムに”アナタが脅そうとしている”ってアヒムが伝えたって部分は無かったことにして、ブラムが偶々自分で気付いたことにするわ」

「そこだけ取り繕っても、他のおかしな点を払拭できない時点で袋小路だよ」


 ハルが言うとようやくトウカは口を閉ざした。さすがにこれ以上この予測に固執するつもりは無いらしい。


「分からないことはいくつも残っているけれど、私達ではその全てを正しく認識するのはほとんど不可能だ」


 今回の件を俯瞰的に見渡すことが出来る者ならばまだしも、ハルが手に入れられる情報は一握りで、ましてや証拠を掴もうなど夢のまた夢である。


 そんなことが出来るなら、それは”神”の領域だ


 ハルはそう思う。神に求められる資質は複数あれど、その最たるものは全知全能性に集約される。その意味においてはトウカは既に”神足り得ない”。彼女――少なくとも模造品のトウカはハルが知りうる以上を知りえず、ハルが出来うる以上を出来得ない。


 本を読むと言う行為は人間だからこそ楽しめるのであって――


「……”分からない”のが楽しいのは理解できるが、程々にしておいてくれよ、トウカ」

「心配しなくても、次はちゃんとやるから期待していなさいな」


 ――トウカにとってもそれは例外ではないようである。


「まぁ、ブラムが奴隷取引をしていたかもしれないという前提は一歩譲って認めよう。けれど共犯者はアヒム(、、、)では無い……と思う」

「曖昧な言い方をするのね。そんな前置きはいいから話したらどう? アナタにも何か思うところがあるんでしょう?」

「……思うところは勿論ある。それをもとに君がしたように”犯人探し”をすることも出来るだろう。けれど、そんなことをして何になる? メリットも無ければソレが正しいと言う保証も無い、いやむしろ間違っている可能性のほうが高いかもしれない」

「ええと……別にここで話したことが間違っていたとしても問題は無いでしょう? 所詮は”夢の中”の出来事のなのだし」


 ”そもそもアナタの頭を探れば、分かることでしょう?”とトウカは悪びれず告げた。そう言われてしまえば、彼にとって隠すことに意味は無い。むしろ痛くも無い腹を探られると言うのも気分のいい話では無いと判断したのだろう、ハルはようやく重い口を開いた。


「……君が言うようにブラムが奴隷取引を行っていたと仮定して話を進めよう」


 ハルはそう前置きしてから、話し始めた。


「当然、彼は一人では取引できないのだから、取引相手がいることになる。君の言葉を借りるなら”人狼”だ」


 ハルはいつかの人狼ゲームの話を引き合いに出す。


「そして、その相手はおそらく複数人いる可能性が高い」

「あら、どうして?」

「この村から奴隷を買って、売りに行くなんて一人で出来るはずがないだろう? 普通の奴隷ならまだしも村の人間を攫ってるんだぞ。だとすればそれなりのグループが取引相手と考えるべきだ。そして、そう仮定した場合、上手く辻褄を合わせられる事柄がある」

「”辻褄を合わせられる”?」

「君が推測の中で一度も触れなかった”消えた死体”の話だ」

「ああ、そんなこともあったわね」

「複数人なら死体の処理は容易だったはずだ。加えて村の外部の人間であれば臭いが付いたまま村に戻るようなことにもならない。縄ごと消えたのも”痕跡を消してくれ”とブラムに依頼されたなら説明が付くからな」

「……でも意図が分からないわ。それは辻褄を合わせた”だけ”でしょう?」

「そんなことは私に聞かれたって分かるはずないだろう。君が言うようにそれだけなんだから。そもそも理由なんてものは考え始めたらきりが無い。グレッグが虐待をしていたことに気付いて痕跡を消したかったのかもしれないし、あるいは村に狼がいるという証拠を目に見える形で放置したくなかったのかもしれない、けれどそんなものは結局は本人次第だ」


 動機ありきで考えても、相手がこちらには理解できないような考えで動いていたならばそれまでだ。ましてや情報が少ない今、そんな部分まで補完することを期待しても仕方がないだろう、とハルは言う。


「じゃあこの際、何でそんなことを頼んだのかって理由は聞かないわ。だけどそれにしたって、ブラムはどこぞのイリーガルな奴隷商と繋がっていただけって言うの? そんなつまらない話ないわよ」

「いや、正確には繋がっていたのは奴隷商ではなく、おそらく”盗賊”だ」

「大差ないじゃない」


 憮然とした様子でトウカはハルに返した。それに対してハルは首を横に振る。


「狼と奴隷取引、そんなものが同時に起こる可能性なんていったいどれだけあると思う? 確率的に見れば奇跡的、いや、悪魔的なものだろう」

「どういうこと?」

「つまり狼と奴隷取引は結びついている、と考える方が自然だ。”狼”と”盗賊”さすがに心当たりがあるんじゃないのか?」


 初めからそれらは一緒だった。勝手に切り離したのはハル達の方である。


「――”金の芽”」


 そこまで言われて、分からないはずもない。彼女は自然にごく最近聞いたその名前を口にした。


「そうだ、例の盗賊団は先の討伐で壊滅的な被害を受けた、けれども全員が死んだわけじゃあない。残った構成員によって大規模な建て直しが試みられているとしたら、当然かなりの金が必要になる」


 ”金の芽”再建などと大それたことを考えていなくとも、このような状況では金はいくらあってもなりないはずである。


「獣害と盗賊が同時に、そして偶発的に発生したのではなく、一方が他方を引き連れて初めからセットでこの村に、この森に入った」

「ブラムは初めから”金の芽”の残党に利用されていたって言いたいのかしら?」


 ブラムが疑心暗鬼になったり、急に家の鍵を頑丈なものにしたのはこれが原因では無いか、とハルは考えていた。ブラムがどこまで知っていたかは分からないが、さすがに盗賊が近くにいるとなれば取引相手でも警戒心は強くなっただろう、と。


「利用なのか、協力なのか、どちらにしろお互い相手の意思を尊重するつもりはなかっただろうさ。けれど、少なくとも外部の人間が共犯であったならばブラムの奇行も頷ける。こちらの動きを読めない以上、相手方としてはブラムに処理を急がせる他ないし、ブラムが失敗したらこの村に見切りを付ければいいのだからな。あるいは初めから切り捨てるつもりで動いていたのかもしれないが」

「切り捨てるって、それはさっきアナタが言っていた損得勘定の話と矛盾しないかしら?」

「アヒムと彼らは違うだろう? この村にこだわっても、定期的な収入が見込めるわけでもない、奴隷売買にしても村はずれの人間が少なくなれば金にならないし、何より警戒されればそれだけでも破綻する商売だ。だからこそ稼げるだけ稼いでさっさと村を捨てるほうがいくらか利口だろう」


 そこまで自身の推測を述べると、ハルは最後に整理するように事の流れを並べる。


「サントパス峠のことで”金の芽”は、ほとんど壊滅状態に陥った。そこで一部の構成員はこの村に逃げ延び金策として、ブラムと奴隷取引を始める……それも後先考えない性急さでな。この付き合いが以前からあったかどうかは分からないが、何にしてもブラムはこの取引に応じた。そして時を同じくしてもう一つの問題が村に入り込むことになる」

「それが、死体や怪我人を喰いながら流れてきた”狼”ってわけね」


 トウカがハルに続けた。彼もそれを肯定する。


「ブラムがその存在に気が付いたときには隠し切れないレベルまで事態は切迫していた。なにしろ領主に頼もうとすれば最悪、盗賊との取引が公になるかもしれない。かと言ってジンバルトで人を雇えばせっかく稼いだ金がとぶどころか大赤字だ。その上、目の上のたんこぶとばかりに私達が狼のことに気付き、探り始めたのだから、気が気じゃないだろう。とどめに私達が領主に報告しようとしているという誤報、結果ブラムは強攻策へと打って出ざるを得なかった」


 一息つくとハルはトウカに目を向ける。


「――というのが、君の言う前提で推測した場合、行き着いた形だよ」


 二人の間に沈黙が流れる。ハルはそれ以上は何か言うつもりはなさそうであった。

 トウカは難しい顔で、


「……それで? アナタはそれを報告しなくていいの?」

「これが事実なら、遅かれ早かれ領主のお抱えが解決するだろうさ。それよりも私としては――」


 滑りそうになった口を慌てて噤む。既に半ばまで出てしまってはいたが、まだ取り返しの付く段階だ。


「――いや、止めておこう。それこそ、ただの妄想だ」

「何か気になる言いかたね」


 ”何かあるなら教えなさい”そうせびる彼女にハルは適当に誤魔化す。


「古い習慣っていうのはなかなか抜けないなって思っていただけだよ。ふとした拍子にあっち(、、、)の世界で使い慣れた言葉が出てくると、どうにも周りには不思議がられるんだ」

「アナタ言葉遣いに関しては穴だらけだものね」

「……反省はしているよ」


いつもよりも酷い疲労感の中、目覚めはすぐ側まで迫っていた。


――――――

――――

――


 サイラス村、失踪事件に関する経過報告

 

 森に住み着いたと思われる狼の討伐は完了。その後の入念な調査から駆逐の完遂と判断。確認された被害者は合計十人、高齢の女性一人、他女性五人、成人男性二人、子供二人。


 その他の失踪者に関しては大部分が同時期に発生した違法な奴隷売買の被害にあったものと考えられる。最終的な被害者は合計二十三人。内一名は奴隷取引に関わっていた可能性が高い。


 失踪事件最後の被害者の少年に関しては未だ見つかっておらず、発見は絶望的。奴隷取引に巻き込まれたか、狼の被害にあったかについては不明。


 以上からこれ以降の村での調査は不要と判断。帰還の許可を求む。


 ウード


――

――――

――――――


 最後の失踪者から数ヶ月――


 サイラスの村を襲った悲劇は呆気ないほど、静かに、そして速やかに収束へと向かった。領主の軍により、森に潜んでいた狼は駆逐され、村には以前のような平穏な空気が流れている。おぞましい狼たちも重武装な狩人と張り巡らされた捕獲罠の前では、ほとんどその能力を発揮できなかった。巣穴とされる箇所は直ちに潰されたが、その中には行方不明になっていた者たち数人分の人骨が無造作に積み上げられていたという。


 巣穴だけでなく、森の中でも遺体が発見されたが、その死因が狼によるものだったのかは分からずじまいであった。その中には村に来ていた商人の一人と思わしきものもあったのだが、その死体の存在こそがブラムの有罪を決定付けたのである。


 死体はブラムの家印の封蝋が施された何通かの契約書を所持しており、そこには村人を大人一人につき銀貨七十枚、子供一人につき銀貨五十枚で売ると言う内容が明記されていたらしい。


 ――公にされた事件の真相はそんなところだった。


 結局、失踪者は誰も戻っては来なかった、大人も子供も誰一人。全てがあまりにも遅かったのである。


 どうしてこんなことになったのだろう?


 オブラートには包まれていたものの、ようやく事件から立ち直った大人たちに事のあらましを聞いた少女は不意にそんなことを思った。それと同時に、もうこの村に来ることも無くなった、あの少年が頭に浮かぶ。


「どうしたんだ?」

「……村長さん」


 ブラムの代わりに村長になった彼を見上げるようにアリスは視線を上げた。


「アリス、君の気持ちも分かるが、こんなところにはいないほうがいい。いつまた、あんなことが起こるか分からないだろ」

「わたしは……でも……」


 村長が指しているのが”狼”のことなのか”彼”のことなのか、アリスには分からなかった。


「そんな顔していたら、――ハルだって悲しむぞ」


 彼の口から出たその名前は今は一番聞きたくないものであった。当事者を除き、この村で初めに狼に気付いた少年、そしてこの件の最後の失踪者――

 

「ねぇ、どうしてこんなことになっちゃったの? ハルくんはもう帰ってこないの?」

「それは……」


 すがりつくように服を握るアリスに彼は言葉を濁した。


「俺は何も出来なかった。お情けでこんな立場になっちゃあいるが、狼をどうにか出来たのもブラムに罪を償わせることが出来たのも全部アイツのおかげだって思ってる」


 アリスと目線を合わせるように屈むと、彼は彼女の肩を強く掴んだ。


「アイツは正しいことをした。俺はそれを台無しにするわけにはいかないんだ。だから、アリスも笑ってくれ、アイツのためにも、な」

「……うん、ありがとう村長さん!!」


 その目尻には涙が浮かんでいた。


「ところで、こんな場所で油を売ってていいの? 仕事だってたくさんあるんでしょ」


 そう言ってアリスは悪戯っぽく笑う。

 その笑顔には無理やり過去を吹っ切ろうとするような危うさがあった。村長は一瞬目を伏せたものの、すぐに笑顔を浮かべて、アリスをクシャリと撫でる。


「まったく、困ったもんだ……それと村長って呼ぶのは止めてくれ。なんだか慣れないんだ」


 厳つい見た目に似合わない様子でバツが悪そうに自身の頭をかくと、照れ隠しのようにアリスに頼んだ。


「でも村長さんは村長さんでしょ?」

「俺のことは前と同じまま――」




「――キールでいい」

おそらく次話で二章は終了です。

投稿は来週中に出来るはず……

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