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狂信者はシにました  作者: 黒助
第一章 ― 子供騙し
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第一話 ― 肉親(オヤ)という他人(ヒト)

 この世界『リィン』において人が占める位置というのは必ずしも絶対的な強者ではない。生まれなおして間もない想一がその事を理解したのは、彼がこの世に生を受けてからおよそ三ヵ月後のことであった。


 想一にハルという新たな名が与えられたのは、生まれた次の日のことであったのだが想一がそのことに気付くまでにはわずかばかりのタイムラグがある。


 知識はある、記憶もある、今は体も不自由であるがもうしばらく待てどうとでもなるだろう。

 だが……


 その当時彼を悩ませたのは言葉であった。故に彼が自分に向かって呪文のように繰り返される言葉から自分の名前をハルだと認識すのに時間がかかったのはある種当然の帰結である。ただし、一度そうだと分かってからは彼の対応は早かった。


 すぐに両親の口から繰り返されるワードを抽出しソレが”お母さん”か、あるいは”お父さん”を表す言葉だと推測する。確認は容易である。単にその言葉の後でどちらかの声の方向に顔を向ければいい。目は見えなくとも、そうすれば彼はその反応、主に声の抑揚から、自身答えが正解であるかを判断出来たからだ。


 そこまで出来れば両親の名前を探ることもわけないことである。


 父親の名が”アドニス”

 母親の名が”フィーリア”


 苗字やファミリーネームに類するものは確認できなかった。

 と言うよりも生まれてすぐ助産師と思わしき女性の声を聞いて以来、彼は未だ両親以外の人間を確認していない。なのでただ単にファミリーネームを聞く機会がなかっただけなのかもしれない、と彼は思う。


 それでも彼の常識からすれば出産直後は少なからず人の出入りがあるのが普通だ。時代を遡れば出産を忌み事として隔離していたこともあるのだから、ありえない話ではないのかもしれない、と思いつつも彼は違和感を捨てきれずにいた。


 その事実に彼は薄々自分が”厄介な家”に生まれた可能性を考え始めている。けれども所詮は赤子の彼に出来ることなど一刻も早く知識を蓄える程度しかなかったのである。


 手始めに出来ることは言語の習得であったのだが、一方向のコミュニケーションによる学習と言うのはえてして作業になりやすい。それは彼にとっても例外ではなく、両親が自身にかけた言葉と直後の行動から意味を推測する、ただそれだけが彼にとっての学習であった。


 時間は十分にあったのだ。なにせやる事など寝るか両親の相手をするか食事をするかの三択しかない。結果、ハルは目が開ききらないうちに主要な単語のほとんどを理解するに至っていた。そんな風にして着々と、この世界に根を下ろし始めた彼であったが目の見えない今の状態ではさすがに限界がある。行動の名称は分かるが、物がどのような形をしているのか、どういった文化なのかは知りえるはずもない。


 そんな彼にもついにその悩みと決別する契機が訪れる。生後三ヶ月、いよいよ彼の目がこの世界で光を手に入れたのだ。


 それと同時に彼が、ここを異国( 、、)ではなく異世界( 、、、)であると実感した瞬間でもある。


 まだ慣れない目で必死に焦点を合わせる彼の視界に初めて入ってきたのは彼の母親である。服装は茶色のロングスカートのようで髪は頭の上にまとめている。ブロンドの髪と青い瞳、さらに堀の深い顔はもといた世界の西洋人を連想させた。


 その女性はジッと自分を見つめるハルに気付いたのか優しげな瞳を驚きに染めた。


「アドニス! アドニス! 早く来て!!」


 喜びをはらんだ大きな声で階上にいるであろう父親を呼びつける。その声を聞いたアドニスは何事かとハルのベッドへと近づいた。


 そんなに騒ぐほどのことなのだろうか?


 子供をもったことのない彼にしてみれば目が見えるようになるのは当たり前のことだ、という認識しかなかったのだが、こと親にいたっては事情が違うらしい。


「どうしたんだ、いったい?」

「ハルが、ハルがこっちを見たのよ!」

「こっちを見た? 別に今までも――」

「違うのよ、違うの! いいから、ホラ!!」


 フィーリアに促されアドニスがベッドの上の我が子を覗き込む。それと同様にハルもまた父親へと視線を向け、そして目を見開いた。


「これは……ハルのヤツ、目が見えてるのか!!」

「あなたもそう思う? ふふふ、もうそんなに大きくなったのねぇ」


 感慨深げに自分を見る両親を尻目に、ハルの目はしっかりと開かれたままだった。しかし、その理由が両親の想像とは一線を隠すものであったことを彼らは知る由もない。


 何だ、これは!?


 それが偽らざるハルの本心であった。彼は停止しかけた思考を整理して現状を理解する。アドニスと呼ばれた男。これまで普通の家庭に生まれたと思っていたハルにとって、その父親の存在は自身の楽観を打ち砕くのに十分なものであった。


 人間……じゃない?


 依然として両親はそろってハルを見つめ何事か嬉しそうに話し合っている。しかしその言葉は今のハルには全く届いていなかった。目の前に現れた男の顔、というよりも頭は人間のソレではない。


 頭の横にはクルリとまいた一対の角、顔は白い毛に覆われており、目には人間とは異なる横線が一本走っている。そんな異形の存在が目の前で見るからに普通な人間であるフィーリアと和やかに話し続けているのだ。


 何かに例えるまでもなくハルはこの父親に似た生き物を知っている。

 そう――


 山羊だ……。


 そう理解した瞬間、あの一件以来姿を見せないトウカの言葉が頭を過ぎった。


『アナタが同じだと思えば、どの世界も大差ないわ。ただ住んでいる人が違って、見たこともない生き物がいて、こちらの常識が通用しなくて、便利じゃなくて、衛生的じゃなくて、少しだけ危険なだけよ』


 それと同時に生じる一つの疑問。


 この世界における人間の立ち位置とは?


 速やかに行動を起こしたいハルの思惑を嘲笑うかのように体は未だに言うことを聞かない。いや、聞いたところで両親にベッドへと戻されるだけなのだが、それ以前に思い通りに行かないということがハルをイラつかせた。


 仕方なくハルは手元の情報からある程度推測する。


 まず第一に、おそらくこの世界において人間は絶対的な強者ではない。少なくとも人間以外の種族、しかも人間と同等の知識体系を獲得した者たちが存在している。

 またこれらの存在、仮に獣人とすると、獣人と人間が共存している可能性は高い。その最たる例が目の前にいる二人である。

 そして――


 人間と獣人でも子をなせるのか……


 これはハルにとってはかなり衝撃的な事実であった。なまじ元いた世界での知識があるため彼にとってはこの違和感は拭い去れぬほど大きい。本来、生物は異なる種族との間に子をもうけられない。これは染色体の数が異なるからである、というのは中学生でも習うことだ。


 もちろん近縁種であれば多少の融通は利く。ライオンとトラの交配であるライガーやロバと馬の掛け合わせのラバなどは生殖能力こそないが確かに存在する。しかし、目の前の存在が人間の近縁種であることがハルには信じられなかった。


 確かにどちらも哺乳類ではある。体格も動物より人間に近く、明確に違う場所と言うと顔を含めた頭部全体であるが、なるほど確かに獣人というのは言い得て妙である。やたらと筋骨隆々であるのも獣人の特徴なのだろうか、と彼は自分へと腕を伸ばす父親を見ながら考える。


 盛り上がった太い二の腕はこれまでの人生(主に生前のことであるが)で見た中でも群を抜いてたくましく、肘から手の甲までを白い毛が覆うようにフサフサと生えそろっている。その姿にハルは物語の挿絵に描かれたミノタウロスを連想した。


 これが父親とは、と信じられない気持ちでいるハルは一つの事実に気付く。アドニスは自身の父親である。それはつまり――


 いや、待て。

 ということは、まさか……。


 ハルは辺りを見回す。父と母はその様子を見て目が見えるようになったばかりの息子が興味津々で辺りを見回していると誤解し、”なんと好奇心旺盛なことか”などと喜んでいたのだが、この際そんな誤解などどうでもいい、とハルは思う。


 クソ、鏡もなければガラスもないのか。


 こちらに生まれて早三ヶ月、彼もある程度この世界の文明の水準を予測していてのだが、どうやら下方修正する必要があるようだ。


 仕方なしにハル自身の体でそれを確認することにする。短い手はなんとも扱いにくかったが、それでもしっかり伸ばせば頭には手が届く。


 あと、もう少し……


 そうして触れた頭の感覚。何故これまで気付かなかったのかと思うほどはっきりとした角の感触が彼の手に伝わってきた。しかし、これまで気付かなかったとしてもそれも仕方のないことではある。なにしろ彼からすれば獣人などという存在自体がイレギュラーであり、例え異世界に生まれなおそうとも根幹にある常識は決して揺らいではいなかったのだ。

 だが――


 面倒なことになった。


 今後の人生設計を組み直さねばならぬ、という憂鬱さにハルは頭を抱る。その様子をフィーリアたちは微笑ましげに見守っていた。

次回は三日以内を考えています。

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