第二十二話 ― 二人の推測
「――ブラムが奴隷狩りに加担していたかもしれない、ですと!?」
急ごしらえのテーブルに、小さな二脚の椅子、お互いが向かい合うように並べられた部屋で、小太りな一人の男が声を荒げる。目の前の大柄な男が告げた事実に取り乱したようにその男は腰を上げ、上半身を乗り出した。
対する目の前の男はと言えば、落ち着いた様子で彼の問いかけに頷いた。それを見て小太りの男――『ウード』は唸る。禿げ上がった頭を手で擦りながら彼はキールに再度尋ねた。
「ああ、そうだ」
聞き間違いを期待していたウードも、その答えについに観念すると用意された椅子にドッカリと腰を下ろす。聞いていた話とは違う展開に既に彼の処理機能は限界寸前であった。
彼――『ウード』という男は元々は国で働く軍人であった。人よりも勉学に長けた男であったものの、生来の平和主義と事なかれ主義で軍に馴染めず、辞めようとしていたところに領主の働き口を紹介された身だ。そもそも軍に入ったのも周りに流されてという部分もあった。現在の職場は給金こそ下がるものの、平和なことが強みであったというのに……
ここ最近はどうなっているんだ
数ヶ月前には”金の芽”、そしてそれが落ち着いたかと思えば今度は”村の権力者の不正問題”である。もともと村に現れた狼を討伐する作戦の監督業務と、その後の事実調査だけの簡単な仕事だと、ウードは楽な仕事に心を躍らせた。だというのに、蓋を開ければこの様だ。
「ああー、キールさん、でしたか? 我々は狼の被害と聞いてきたのですが、その報告は間違いだったと?」
「そういうわけじゃない。ただ……」
そこでキールは言葉を区切る。ガリガリと頭をかく様子はどう説明したかと悩んでいるようにウードの目には映った。
「――そうだな、順を追って話そう。まず今回の一連の失踪についてだ」
「ええと、確か……ふむ、被害が酷くなったのは今から四ヶ月ほど前ですか」
ウードは手元にある調査資料に目を通しながら言う。
「ああ、どれを初めと言えばいいかは分からんが、事態が深刻になり始めたのは多分、村はずれの子供が失踪してからだろう」
「けれど、あなた達はその件で動かなかったのでは?」
「……村はずれにいるのは――こういう言い方は好きでは無いが、言わば、はみ出しものだ。村に不満を持つ人間ばかりだし、村側から干渉されるのを嫌がる者も多い」
「しかし、失踪したというのに行動しないというのは――」
「いちおう言っておくが俺達は”何もしなかった”わけじゃあない。最低限の探索はもちろんしたし、警備の強化も行った。だが、村はずれの人間がいなくなるということ自体がそれほど珍しくないんだ」
”そのことは理解して欲しい”といったようにキールはウードに告げる。自分達の行動は不適切であったかもしれないが仕方なかったのだ、と言いたいのだろう。
「俺達が本格的に今回の”おかしさ”に気付いたのは、その後しばらく経ってからだった。いやに被害が続いたんだ、それも村はずればかりを狙うようにな。俺達自警団は基本的には村の有志を集めただけ、決して本業じゃあない。だから、騒動が起きた場合はよっぽどのことが無ければ持ち回り――村長……ブラムは上手くそれを利用していたみたいだがな」
つまりブラムは自警団の者達が気づかぬように失踪事件を上手く割り振っていたというわけか
そう考え、”この間はこの班だったから、次はこの班ね”といった感じだろうかとウードは想像する。渦中のブラムは審議のために既に領主の元へと送られたため、彼の印象はそのときのものでしかないが、確かにそのぐらいはやりそうだ、とウードに思わせる男だった。
「けれど、村はずれが狙われ被害は一人ずつとなれば、狼の可能性も十分にあるでしょう?」
「ここまでは確かにそうだ。けどな――」
――――――
「――ブラムが領主への救援を拒み続けた理由よ」
「つまり君はブラムは狼の被害を自分が見てみぬフリをしていたから領主に報告できなかったのではなくて、”自分自身が被害者を作っていた”から報告しなかったと言いたいわけか?」
アドニスの話を聞いた後、ハルとトウカは再び例の場所にいた。人差し指を立てながらトウカは自身の正当性を伝えるかのごとく推論を述べる。
「っていうほうが面白そうでしょう?」
「……私に言わせれば、ブラムの場合、もっと単純に”いつの間にか被害が大きくなって手がつけられなくなりました”というのも十分な理由だと思うがね」
「そんな風に単純に考えて失敗したのは誰だったかしら?」
”言いたいことは分かるけど”とトウカは最後に付け加えた。痛い部分を突かれたハルは一瞬押し黙り苦々しい顔を浮かべたもののすぐに彼女に反論する。
「まぁいい、だったら別の方向から聞くことにする。仮に君が言うようにブラムが奴隷取引を行っていたとしよう。それならば何故こんな杜撰な計画を実行した?」
「違うわよ。それは偶々杜撰に見える計画になっただけで、あくまで結果論に過ぎないわ」
「結果論?」
「ここまで急激に人が減ることは予期していなかった。”村外れの人間が二人、三人消える”初めはそれだけの予定だったのよ」
「……狼か」
「そう、このタイミングで狼が森に現れた。けれど本来、森にはいないそんな生き物が現れることなんて、想像できない。対応を手間取っているうちに手に負えない状況が作られたっていうのはどうかしら?」
ハルは言われて想像してみる。確かに”身に覚えのない被害者”が出始めたとすればブラムも焦っただろう。おまけに終息するどころか被害者は異常なペースで増えていくのだ。
「もしかしたらずっとそんな取引をしていたのかもしれないわね。ザックが言っていたでしょう?」
『一人や二人急にいなくなることは偶にあるんだが、このところは異常なペースらしい』
ハルはいつだったかのザックの言葉を思い出す。けれど、ハルにはやはり納得がいかなかった。
「そんな大それたことブラムに出来ると思うのか?」
あくまでハルの抱いたブラム像ではあるけれども、彼は狡猾というには些か小心がすぎる。奴隷を売って手に入る金を考えれば、絶対に無いとは言い切れないものの、リスクだって決して少なくは無い。そして、そういった精神的な問題だけではなく、物理的にも実行は難しいとハルには思えた。
「もしブラムが村外れの人間で奴隷取引をしていたしても、一人じゃあ到底無理だ」
奴隷は物ではない。買ったとしても町に運ばねばならないし、仲介業者を知らなければ到底売りさばくことなど不可能である。
「そうね。つまり共犯者がいるというのが妥当」
「共犯者? それらしいのはダレンだろうけど、彼にもそんな繋がりは無いだろう? そもそもブラムはあまり村から出るほうじゃあないし、そういうつながりがあるとは――」
「村の外の繋がり、特に奴隷売買が出来る相手を知っていて、尚且つこの村からほとんど出ないブラムとも取引の出来る人間――アナタに心当たりが無いはずがないじゃない」
「……商人、か」
ハルはトウカの言いたいことを理解する。確かに商人であれば奴隷商との繋がりがある者もいるかもしれない。そして、何よりこの村に来る限り、嫌でもブラムとの繋がりは切り離せない。
「ねぇ、おかしいとは思わなかった? どうしてあのブラムがあんなに簡単にアナタの裏をかくことができたのかしら? 彼は誰に”アナタが脅そうとしている”と教えられたの? キールはいったい誰から情報を”聞きだした”の?」
矢継ぎ早にトウカはハルに尋ねる。それは彼の答えを期待してのものではない。
「それに、アナタも、もう気付いているんでしょう? ここ数ヶ月やけに村に頻繁に足を運ぶようになった商人で、アナタの行動をいち早く把握できた人物――」
『元々はこれだけ頻繁には来なかったのだが、ハルとの取引が思いのほかボロい(、、、)らしく最近はよくこの村に来るようになった』
ごく最近、彼はそう考えたことがある。
「その人物はブラムが”野犬狩り”を自警団に命じる前に村を出て、もう十二日……違ったわ、もう十三日目になってたみたい」
それだけ言ってトウカはハルの表情を見る。ハルは難しげに眉間に皺を寄せ、俯いたまま顎に手を当ててなにやら考え込んでいるようであった。
どれだけそうしていただろうか、ようやく彼は口を開く――
「……アヒム」
ハルの呟きが暗い世界に木霊した。
今回は意外と早く投稿できました。
この展開に違和感を感じる人も多くいると思われますが……
次話は14日、15日のどちらかを予定しています。