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狂信者はシにました  作者: 黒助
第二章 ― 捕食者の声
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第二十一話 ― 欠けた歯車

『ハルー! お昼の用意が出来たから、早くいらっしゃい!』


 扉越しに自分を呼ぶその声にハルはユルユルと頭を上げた。こちらに来てからというもの規則的な生活を強いられるようになったおかげで、寝不足とは無縁だった彼であったが、どうにも最近は体の疲れが抜けなかった。その原因はハルにもよく分かっている。


 トウカめ……

 いくら暇だからといっても、こうも続くと――


 そんな文句を考えていると、ズキリとこめかみに鋭い刺激が走る。その痛みにハルは思わず顔を歪め、額へと手を伸ばした。昨夜見た不満げなトウカの顔が思い浮かび、ハルは何ともいえない気分になる。


 体がないせいか、疲れ知らずの彼女と違い、ハルの体力は有限だ。毎夜のように話し相手につき合わされ、たとえ寝ていようとも無理やり呼び込まれる。そんな日が続けばハルが体調を崩すことなど火を見るよりも明らかであった。


「……私だって、もう飽き飽きだと言うのに」


 ハルは聞いているかも分からない彼女に対してボソリとそんな風にこぼした。


 ”自警団から死者が出た”その知らせに冷静でいられる村人はごくごく少数で、大抵の人間はその事実に過剰なまでの拒絶反応を示した。何が起こったのか分からない、という状況はごくごく簡単に人の被った仮面を剥ぎ取る。


 彼らは思わぬ被害に茫然自失という状態であった自警団を労わる様子も見せず、まず初めに質問攻めにした。


『何があったんだ』

『誰がやったんだ』

『どういうことだ』

『あの人はどうした』


 死んでいった仲間を、俯きながら力なく見やる団員に掴みかかり問い続ける。けれど、団員たちの多くはそんな村人たちに対して納得のいく答えは返せなかった。


 ”分からない”


 彼らにもそれ以外何も言えない。不意を突かれたならともかく、計画を立てたうえでの”野犬狩り”でこれほどの被害がでたことなど一度も無かったからだ。何よりも大抵のグループではいつも通りに犬が狩られ、被害も出していない。そう、被害の出た二グループだけが異常だったのである。


 そう弁明する団員に次に縋り付いたのは、死んでいった団員たちの家族であった。本当は既に理解しているのであろう彼らは”誰々はどこに?”と見当たらない息子や夫の名を言う。それに対して団員たちはただ無言で遺体の方へと彼らを連れて行くだけだった。


 その後で起きた阿鼻叫喚は筆舌に尽くしがたい。自警団を罵る者、冷静になるように諭す者、今にも殴りかかりそうな表情で詰め寄る者に、それを押さえつける者。最後に始まったのは壮絶な犯人探しであった。


 ”誰が悪いのか?”


 そんな疑問に意味は無い、ハルが聞かれたらもちろん”殺したヤツが悪い”と答えただろう。けれど民衆はそれでは納得しない。責任をとるべき”悪”を見つけるまでに大した時間はかからなかっただろう、とハルはそのときの様子を思い出しながら思案する。


 ”だろう”と表現したのはハルは最後までその場に留まって事の成り行きを観察することが出来なかったからだ。”子供に見せるような光景ではない”その程度の判断が下せるぐらいには理性が残っていた者達とアドニスに連れられハルは自宅へと強制的に連れ戻されたのであった。


 ハルを連れて家に戻ったのも束の間、アドニスたちはすぐに村へと戻っていったが、それはおそらく村への説明と今後の話し合いを兼ねてすべきことが多くあるからだ、とハルはすぐに理解する。


 そもそもハルが村を出た時点で狼のことが広まるのは時間の問題であった。

 とはいえ、それらは全てハルの想像だ。結局、アドニスは翌朝どころか昼過ぎまで家には帰ってこなかったけれど、彼の口から村で何が話し合われたのか今でも聞くことは出来ていない。


 その代わりにハルに言い渡されたのは当面の自宅謹慎だった。


 一、村での問題が解決するまで村には行かないこと

 二、それまでは可能な限り家の中にいること

 三、どうしても外に出たい場合はアドニスかフィーリアに相談すること


 ハルが突きつけられた条件は主にこの三つである。

 たった三つの条件であったが、それはトウカに不満を抱かせるにはあまりにも十分であった。どうやら彼女は密かに事の成り行きを楽しんでいたらしく、ここ数日の激動はたいそう彼女を満足させていたらしい。そして、物語は終盤、いよいよクライマックスというところまで来ての途中退場である。


 まるで前番組の意図せぬ延長のせいで、録画していたドラマの最後だけが切り取られたような喪失感に、彼女はハルへと不平不満をぶつけるようになったのだった。彼女のその後の予想に付き合うこと既に二桁、初めこそ自身の記憶の整理になったハルもさすがに食傷気味で、今では苦痛を感じるばかりである。


 もうアレから十日経つのか……


 納得のいかない幕切れのまま投げ出した例の騒動を考え、ハルはいつの間にか自身の表情が険しくなっていることに気付いた。損切りは必要だ、そうしなければ泥沼になることなどハルはよく知っている。強欲に身を滅ぼした同業者を数えながら、どうにかハルは自身を納得させる。


 ”そろそろ領主を呼びに行った者達が討伐隊をつれて戻ってくる頃だろう”

 思考を変えようと、ハルは痛む頭でボンヤリとそんなことを考えることにした。そのとき、ふと気になったのは、しばらく姿を見せない商売仲間のことだ。


 そう言えばアヒムも来ないな


 しばらく見ていない彼のビジネスライクな笑顔を思い出す。まだ二週間も経たぬというのに何故かこみ上げてくる懐かしさを感じながら、ハルは首をひねった。アヒムが村を出たのが狩りが始まる二日前なので既に十二日、彼が宣言どおりに急いで品物を捌いたならばもう帰って来ても不思議では無いくらいだろう。


『ハルー? どうしたのー?』


 ただでさえ、まとまらない思考はフィーリアの呼びかけのせいでよりまとまりをなくし、ついにはバラバラに空中分解する。


「――すぐにいくよ」


 部屋の扉を開け廊下へと顔を出し返事をすると、どうやらフィーリアにも聞こえたらしい、”早くしてね”という言葉が奥のほうから返ってくる。もうしばらくゆっくりとしていたかったハルではあったが、そう返してしまった以上、ここに留まり続けるわけにもいかず、しぶしぶ部屋を出て、フィーリアのもとへと歩いていくのであった。


 ハルとトウカという不満を抱えた二人、あるいは一人は、この後に待つ展開など知るはずも無い。歯の欠けた歯車の代わりに取り付けられた、歪なソレはようやく軋みを上げながらながら回り始めたのである。


 ――――――


 ――事態が動いたのはその日の夕方ことだ。

 このところ続いた寝不足を解消しようと、昼過ぎから安眠を貪っていた彼を揺り起こしたのは残念なことに件の彼女であった。


『……ルッ! ハ……ッ!』


 彼は脳内に響く、しつこい呼びかけに鬱陶しそうに身をよじる。


『ハルッ! さっさと起きなさい!!』


 そんなささやかな彼の抵抗を無視するようにトウカはより大きな声で呼びかける。彼女の叫びにハルはようやく目を開いた。今日もまたあの黒い部屋に呼び出されるのかと思いきや、現実で目を覚まさせられたことにハルは不快感を隠せない。


「いきなりなんなんだ……君はもう少し、慎みを――」

『下らないことをいってる暇は無いわよ』


 まだ眠い目をこすりながらハルは叩き起こされたことに対して抗議する、それをあっさりと切り捨てるとトウカはハルに起き上がるよう促した。いつも以上にガンガンと響く彼女の声にすっかり目が冴えてしまったハルは仕方なしにゆっくりとその身を起こす。採光用の壁にあいた穴に近づき、木の板を上げて外を覗くと、橙色の光が辺りを赤っぽく染め上げている。


「ただでさえ寝不足なんだ。これ以上振り回さないでくれ」


 辺りに人がいないことを確認するとハルはトウカにそう言った。


『あら、そんなこと言っていいのかしら? 今回はきっとアナタも喜ぶ報告よ?』

「私が、喜ぶ?」


 寝起きの上手く働かない頭をゆすり、ハルは彼女の言葉の意味を探る。しかし、これといって起こされるような心当たりは無い。


「……それは睡眠時間を削っても聞くべきことなのか?」


 面倒になったハルはぶっきらぼうにトウカに尋ねた。


『私を疑うよりも耳を澄ませてみたらどう?』


 答えともいえないトウカの発言を怪訝に思いながらも、ハルは彼女に言われたとおりに耳に神経を集中させた。そして、ようやく彼女が何を言いたかったのかを悟る。


 ”耳を澄ませ”そう言われて初めてハルは自然の立てる音の中に自分達以外の”雑音”が含まれていることに気付いたのだ。その内容までは分からないものの、その音はどうやら人の声のようである。


「この声は……片方はアドニスか、もう片方は――」


 普段から大きめの声で話すアドニスは、小さな声で話すということに不慣れなのか、抑えきれていないようだった。そのおかげでハルはすぐに片方の声の主が父親であることに気付く。しかし、もう片方は上手く声を抑えているせいで誰のものかまでは判断できない。嗅覚については人並み以上のハルも聴覚は人のそれと大差なく、どうにかして得た情報もその程度が関の山であった。


 男の声、か

 フィーリアでは無いようだが


『どう? 起こしてよかったでしょう』

「よく気付いたものだな」


 自慢げに言う彼女に皮肉交じりにハルは伝えた。

 そんな彼に教えるように――


『アナタが寝ていても情報は絶えず入ってくるものよ? それを選んでいるのはアナタという一人格に過ぎないわ』


 顔こそ見えなかったが、得意げな表情を浮かべていることが容易に想像できる声色でトウカは言う。


 どんな人間も――今の彼を人間と呼称するのが正しいのかは分からないが――大なり小なりフィルターとも言うべきものを体に備えている。例えば、延々と騒音が響く場所にいるといつの間にかそれが気にならなくなったり、逆にそのような場所でも存外、小さな物音に反応できたりするものだ。それは入ってくる情報を取捨選択し、意図的に締め出しているに過ぎない。


 つまりトウカは律儀にもそんな情報の残滓から、眠っているハルに代わって有益なものをこしとっていたらしい。そんな彼女に対して『分散制御』と言う言葉が一瞬、彼の頭に浮かぶ。けれどもトウカという存在はそう表現できるほどシステマティックでも無く、むしろ真逆に位置するような存在であったので、彼はすぐにその言葉を除外した。


 そんなトウカが聞けばへそを曲げそうなことを考えながら、ハルは彼女に答える。


「しかし内容までは分からないな」

『家の外で話しているみたいね。 ……それでどうするの?』


「分かっていて起こしたのだろう? ……とりあえず気付かれない程度に盗み聞きするさ」


 ハルの返答にトウカは満足そうに”そう言うと思ったわ”と笑った。


 やることは決まった、とハルは行動を開始するものの、相手はアドニスである。下手に動けばすぐに気付かれてしまう。それを念頭に置いた上でハルは気付かれるかどうか、というラインから幾分か余裕を持った位置で聞き耳を立てた。場所としてはハルが寝ていた部屋の二つ隣の部屋、フィーリアが近くにいないかに注意しながら、少しだけ窓板を上げる。

 その隙間から聞こえてくる話し声にハルは耳をそばだてた。


「……らで……が……」

「どうして……さら……」


 しばらくそうして盗み聞きするうちに、ハルはアドニスの話している相手が自警団の男であることに気付く。断言は出来ないが、話の内容に、『自警団』や『村』といった単語が入るからまず間違いないだろう、と判断を下した。


 ずっと家にいると思っていたら、こうして情報のやり取りをしていたわけか


 このところの騒ぎを警戒してアドニスは必要最低限しか家から離れることは無かった。多くの人間が獣人と会うことにあまり良い印象を受けないため、駆逐が終わるまでは家にいるつもりだろうと思っていたハルであったが、どうやらその間にもこうしてコンタクトはとっているらしい。


 ハルがそんな事実に納得している間にも二人の会話はヒートアップしていく。それまで聞きにくかった言葉もそのおかげでだいぶ聞き取ることが出来た。ハルはあらためて二人の会話に耳を傾ける。


「――何だとッ! それじゃあ」

「シッ! 声を抑えろ、アドニス」

「す、すまない」


 思わず声が大きくなったアドニスを男が窘める。彼はキョロキョロと辺りを警戒するように見回すと再びアドニスへと目線を戻した。


「けど、おかしいだろ!? ”狼”が見つかったと思ったら、今度は……」


 アドニスは神妙に彼に尋ねる。


「俺だって信じられないさ。けど今回のことで分かっただろう? 油断してたらすぐに――いや、知らないうちに足元をすくわれてることもあるんだ」

「そりゃあ、そう……かもしれないが」


 実際、今回の件も狼とまでは断定できずとも、何かが起こっていること自体は自警団の皆が察していた。けれど誰もが不確定なその不安を見て見ぬフリをして、先送りにしたのだ。その結果がブラムの暴走であり、悲劇の一翼を担っていたことは否定できるはずも無い。


 そんな苦い経験が頭に浮かび、アドニスは眉間にしわを寄せた。それでもやはり、目の前の男の語ったソレ(、、)はアドニスには突拍子もないものに思えてしまう。


「……根拠はあるのか?」

「いや、今は証拠と言えるほどのものは無い」

「だったら――」

「だけど、怪しいことは間違いないんだよ!」

「そりゃあ、どうしてだ?」

「昨日、領主の軍に話を聞かれただろう?」

「……ああ? それがどうかしたのか?」

「今日になって俺、もう一回話をする羽目になってな。そのときの内容が、その、なんと言うか……そういう心当たりは無いかって話だったんだ」

「それじゃあ、今日集められた他のヤツラも――」

「ああ、俺と同じだよ」


 男の言葉にアドニスはゴクリと唾を飲み込んだ。


「――”村長が奴隷狩りに加担している”心当たりは無いかって聞かれたみたいだ」

次話は三日から五日ぐらいで投稿予定です。

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