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狂信者はシにました  作者: 黒助
第二章 ― 捕食者の声
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第十九話 裏 ― 後顧の憂い

 ハルの語った推測を信じてザックは走っていた。彼にとってその言葉の真偽は二の次だ。例えハルの憶測が間違っていたとしても、わずかでも可能性があるならばと彼は村へとひた走る。それぐらいしか今の自分に出来ることは思い浮かばなかった。


「間に合ってくれよ……」


 汗ばんだ手でハルに渡された小瓶を握り締めながら、ザックは誰にともなくそんなことを口にした。ハルは”野犬狩り”ごときの前準備にそれほど時間はかけないだろう、と判断していたが、ザックの考え彼とは違っている。


 ”おそらくそれなりには時間がかかるはずだ”


 ハルには告げなかったもののザックは半ば確信的にそう思っていた。それはハルよりもずっと長く村に住んでいるザックの勘である。


 坊主に言ったら、笑われるかもしれねぇな


 そんなことを考えながら、ザックは自身が自警団にいた頃を思い出していた。

 サイラスは平和な村であるが、事件がないわけではない。小競り合いもあれば、極々稀にではあったが外から来た柄の悪い連中が問題を起こすこともある。ザックとて現役時代は何度も怪我をしたし、事実彼が自警団を去ったのもそんな怪我のうちの一つが原因であった。


 やっぱり、坊主には経験が足りてねぇ


 ”何よりも『人に触れる経験』が致命的に欠落している”ザックはその事実に目を伏せた。ザックにとってハルは不思議な子供であった。彼は言葉の裏を読むのが上手く、そのおかげで表面上(、、、)は人の心に容易に潜り込める。それは気が付くと身内になっているような感覚に近い。けれどその一方でザックにはハルはどこか不器用に見えた。


 実際にザックのそんな懸念はまさに正鵠を射ている。複雑なものを処理できないから、ハルは人を簡略化する。大まかな前提と命題から、自身の起こした行動(アクション)に対して一定の反応(リアクション)を返す、そんな個を想定するのだ。それはロールプレイングゲームのキャラクターを想像すると分かりやすいかもしれない。


 ただ、どこまで行こうと空想は空想であり続けるように、ハルはそんな彼らに対して”葛藤”や”恐怖”をその記号以上に評価できない。それは今回のような事態においてある種、致命的ともいえる欠陥であった。


 それは彼が雨宮想一であった頃ならば何の問題もない。彼の周りには小さな問題を必要以上に重く受け止める信者たちか、あるいは多少の貧困にあえぐ者たちぐらいしかおらず、”そんなに重く受け止めることなどないのです”と彼らが望む言葉をかけてやれば、大抵の場合は上手くいくからだ。


 しかし、真の意味で命の懸かった事態において、そんな言葉は何の慰めにもならない。


 ハルは”たかだか”と言うが、普段から狩をするアドニスならともかく、精々農作業に精を出すだけの体ばっかり頑丈な男たちにとっては野犬さえ十分な脅威であることが彼には理解できていない。噛まれでもして運が悪ければ狂犬病や破傷風、そうでなくとも普段の仕事が行えなくなれば、経済的な困窮は避けられない。


 普段は持たないような大振りの刃物に、付け焼刃の弓を持ったときの不安感をザックは今でもありありと思い出せた。だからこそ、ザックにとっては”適当な”準備などありえなかったのである。


 しかし、そんな思いと同時にザックはハルの思考をそんなふうに歪めてしまった責任が村にあると考えていた。彼から機会を奪ったのは他ならぬ自分たちなのだ、と。

 だからこそザックは必死であった。ハルの失敗が致命的なものにならないように、彼が村を救ったという”誇るべき事実”が、ブラムの”下賎な保身”に覆い隠されぬように。

 気が付けば村はザックのすぐ目の前にある。それを見てザックはより一層足を速めた。


「シッ! やっと着いたか」


 自身に気合を入れて、ザックは村へと入る。そんな彼の視界の端にチラリと一人の少年が映った。


 アイツは……グレッグか?


 一瞬、文句でも言ってやりたい気分になったけれども、”そんな時間はない”とザックはその願望を次の機会へとまわす。対するグレッグはと言えば、ザックのことなど気に留める様子もないまま、ただ村の入り口で立ち尽くしていた。


 村の入り口から進むと、すぐにザックの目に見慣れた光景が飛び込む。入り口から少し中に進んだ場所、村人たちのほとんどはそこにかたまって生活をしていた。自警団の寄り合いに使われる建物はそこからさらに進んだ場所にある。村人たちに話の内容などを聞かれないようにするためだ。ザックはそこを目指して進んでいた。


 ハルの家との往復にはそれなりの時間をとられたものの、村の静けさを見てザックは安堵する。自警団出発前の慌しさは感じられなかった。


「どうにか、間に合ったみてぇだな」


 ザックは一息つくと、額から流れる汗を腕で拭いつつ歩く。


 もうここまで来れば、いやでも自警団とは鉢合うはずだ


 森へと入る場所はいくつかあるが、大抵利用されるのは村の入り口を出てすぐのところだ。それを背にしているのだから、とザックは気を緩めていた。ようやく余裕が出来た彼は当たりへと目を向ける。周りの様子は概ね普段通りであった。一部の表情を曇らせているのは自警団を身内に持つものたちだろう。


 そうして、辺りの様子を観察していたザックの目が遠くに一人の少女を見つけた。彼女もこちらに気が付いたようで、大きく手を振りながらザックのもとへと走ってくる。


「ザックさん、よかった……急にハルくんのこと聞いてきたと思ったら、すぐに走って行っちゃうんだもん」

「わりぃ、わりぃ、けど急用だったんでな」


 息を整えながら文句を言うアリスにザックは詫びる。


「それで、ハルくんは?」

「ああ、坊主だったら、しばらくすれば来るだろうさ。何だ、坊主がいねぇのがそんなに残念か?」

「ち、違うよ! ただ、その……」


 からかうようなザックの物言いにアリスは頬を赤くする。”あーあ、俺は坊主のついでかぁ”とわざといじけたような様子で話すザックにアリスは”え、えっと、そうじゃなくてね”と律儀に彼を気遣う。

 それに耐え切れなくなったように噴出すザックを見てアリスは、彼が自分をからかっていたのだとようやく気付いたのであった。そのせいで涙目で非難する彼女に、ザックは豪快に笑い声を上げる。


「ハッハッハッ、悪かったって、冗談だよ、冗談」

「ほ、ホントに違うんだから! わたしはただ、ハルくんに聞きたいことがあったの!!」

「聞きたいことぉ?」


 ニヤニヤと笑うザックに頬を膨らませてアリスは言う。しかし続く言葉にザックの笑顔は一瞬にして崩壊した。


「自警団の人たちが、森の方に入って行っちゃったけど、大丈夫なのかなって。だっているんでしょ? その”オオカミ”って――」

「お、おい、い、今なんて?」

「えっ? だから、自警団の人たちが森に行っちゃったんだけどって」

「んだと!? いったいいつ!? 俺が出て行ってすぐか!? じゃなきゃ――」


 心配そうな目をしてアリスが驚愕の事実を伝えるや、ザックは顔を引き攣らせながら彼女の両肩をがっしりと掴んで揺さぶる。


「ザ、ザックさん、痛い……」

「す、すまねぇ……けど、嬢ちゃん今言ったことは確かか!?」

「う、うん、ザックさんが走っていった後、しばらくしたらキールさんたちがここを歩いて森の方に向かって行ったから……」

「クソッ!」

「あっ、ザックさん!」


 呼び止めるアリスに答えずに、ザックは来た道を走って引き返す。”甘い考え”だったのはハルではなく、ザックの方であったのだ。それでも未だにザックにはそれが信じられない。


 確かに、ここに来るまでには時間はかかった

 けど、俺がいた頃じゃあ考えられないぐらい行動が早い


 ザックは頭を巡らせる。そして一つの仮説が浮かび上がった。


「ブラムの野郎ッ! 事前に準備してやがったな!!」


 彼は憤りを露にする。それと同時にもう一つ解せない事実が浮かび上がる。


 キールは何してやがったんだ!!


 本来ならばブラムの行動はキールと言う内通者を通じて、ハルたちの元に届くはずである。ザックが今回のことに気付けなかったということは、可能性は三つ。


 可能性一、キールは報告していたけれど、ハルがこの情報をザックに秘匿していた。

 可能性二、そもそもキールさえも今回の件を知らなかった。

 可能性三、キールが意図的に情報を伝えなかった。


 可能性一はザックとしても否定したかった。そもそも、ハルが今回の件で利益を得るとは思えない。つまり、実質的には可能性は下二つに絞られる。


 だが、普通リーダーなしでこんな計画が進むか?


 無理ではないものの、これも考えづらい。となれば――


「アイツ、知っていて黙っていたな」


 そう考えたときに、すぐ浮かぶのは脅しの可能性。つまりハルとキールのつながりに気付いた、ブラムが逆にキールを利用してハルの裏をかいた場合だ。


 確認しなきゃなんねぇことが増えちまったみたいだな

 悪いな、坊主、どうにも俺ァ、ジッとしてらんねぇ性分みたいだわ

 

 いよいよ緊張で震える手で、小瓶を掴む。いつでも投げつけられるように、汗で滑る手を服で拭いながらザックは自警団を追って森へと飛び込んだ。

次話は三日以内を予定しています。

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