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狂信者はシにました  作者: 黒助
第二章 ― 捕食者の声
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第十九話 ― 交互の憂い

 村はハルが思っていたよりもずっと静かで、おまけに平穏だった。いつも井戸端会議に花を咲かせる主婦たちは今日もやはりそうであったし、ハルを見て顔をしかめる村人も、彼を笑顔で迎える村人も、当然のように日常を過ごしている。そんな変わらない場所の中で彼だけが額に汗を浮かべ、走っていた。


 すれ違う人間は大抵の場合、慌てた彼の顔を見て首を傾げ、そうでない者は”元気に子供が遊びまわっている”ぐらいの認識でしかない。そんな村にいるとハルは”自分こそが異物なのではないか”などというらしくない考えを今更のように抱いた。


 村にとっては所詮は”野犬狩り”だ。今回は規模が大きいと言えど、この害獣駆除にそれほどの危機感を覚えるというほうが無理なのかもしれない。そんな自分達だけが蚊帳の外にいるような納得できない気持ちを振り払うように、ハルはブラムの家に足を進める。


 ザックが上手く自警団の足止めが出来ていることを願いながら、彼はまずブラムの説得を優先した。まわりからは特殊な子供と見なされている彼ではあったが、所詮は子供である。ハルが自警団に何か言ったことろで焼け石に水だと考えたからだ。


 村にある他の家とは一線を画すような仰々しい佇まいの、その家屋の前で一呼吸おくと、ハルは作り笑顔を顔に貼り付けて扉を叩いた。


「すみません! すみませーん!! 村長さんいませんかー?」


 彼は大きな声でそう口にしながら、強めに扉をノックする。その音に近くにいた村人たちは驚いたようにハルのほうへと目を向けた。周りの視線に気付かないフリをしながらハルがその行為を続けていると、軋むような音を立てて、ようやく少しだけ隙間が開く。その隙間から妙齢の女性が迷惑そうな顔を突き出す。


「いったい、何のッ……! って、あら、村外れの」


 初めは怒りを滲ませた様子であった村長夫人であったが、外にいたのが子供であることに気付き、すぐに緊張を緩めた。


「いったいどうしたの、うちに何か用事?」


 ”あんなに大きな音を立てたら迷惑でしょう”と夫人はハルを窘める。それに対してハルは反省したように頭を下げて見せた。


「すみません、でも緊急だったので」

「緊急?」


 ”緊急”と聞き夫人は表情を強張らせる。

 その様子を見てハルは”もしかしたら、この女性も事の次第を知っているのではないか”と考える。さすがのブラムといえど今回の件について軽々しく口にするとは思えないが、一緒に生活していれば”何かあった”と察する機会ぐらいはいくらでもある、と思うのは至極当然だ。

 なのでハルは少しだけ彼女にカマをかけてみることにした。


「うん、お母さんが言うには”薬が多く必要になる”かもしれないって、そのことで村長さんに言伝を頼まれたんです」


 ハルのその嘘を聞くや、彼女はサッと顔を青くする。落ち着き無く目を動かし”ああ、そうなの”と心にも無いことを口にするのを見てハルは確信した。


 気付いている、あるいは気付きかけて見て見ぬフリに徹しているな


 平時であれば子供にそんな頼み事をするなど疑ってしかるべきであるはずなのに、彼女はハルの口から出た言葉をそのまま受け入れた。つまり――


「あれ? おかしいなぁ。そう言えば伝わるはずだ、って言ってたんだけど……」


 ハルは彼女に気付かれぬよう気を使いながら、いっそう彼女を追い詰める。


「”本当に”何のことか分かりませんか?」


 ――彼女には”思い当たる節がある”ということだ


「ご、ごめんなさい、私には何のことだか。主人に話を通すから、詳しくはあの人とお願い」


 さすがに人の目がある場でこの話はしたくないのか、それとも単にこの空気の中にいつづけたくなかったのか、彼女はいそいそと扉を開けるとハルを家の中に招き入れたのだった。


 彼女はハルを家に入れすぐに扉を閉める。その扉には分不相応なほど頑丈な鍵が取り付けられていた。


「鍵、変えたばかりなんだね」

「えっ……」

「前についてた鍵の跡が残ってるよ。それに見た目も新しいし」


 普通の家にもある小さな閂のようなものの上に、木製ではあったが頑丈そうなそれが鎮座している。錆付いた小さな閂と違い、それはまだ傷もついていないほどであった。


「ええ、最近は物騒だからって主人が、ね」


 その会話を最後に二人の間に沈黙が流れる。彼女は”主人のところに案内するから”とハルの前を歩いた。ハルは後ろからその姿を観察する。ハル自身があまり村に行かないこともあり、何度も見たことがあるわけではないが、以前見かけたときと比べると彼女は幾分か痩せた印象を受ける。


 無理も無いか

 息子の孤立には気付いているのかは分からないが、今回の件だけでも十分な心労だ


 そう考えるとハルは目の前の女性が少しだけ不憫に思えた。そして、そのどちらの原因にも自身が関わっていることに思い至る。


 彼女がそのことを知ったら私を恨むのだろうか?


 そんな疑問が鎌首をもたげると同時にハルの脳内に”あの男”の顔が思い浮かんだ。

 自分を殺したその男の言い分はハルにしてみれば八つ当たりと大差ないものであったが、そう思うが故に彼には真の意味で人心を理解できてないともいえる。そのことにはハルも気付いていた。


 上辺をなぞることはこんなに簡単なんだがな


 ”今回の人生の末路も案外、前世と似たり寄ったりかも知れない”とハルは心の中で苦笑した。

 ハルが心の中でそんなことを考えていると、夫人は一つの部屋の前で立ち止まる。


「ちょっと、待っていてくれる?」


 ハルのほうを振り向いた彼女は一言ハルに断り、その部屋の扉をノックした。


『……誰だ?』


 扉越しのくぐもった声が聞こえる。若干しわがれてはいるがその声は記憶にあるブラムのものと一致していた。ブラムの問いかけに夫人は扉越しに答える。


「私です。お客様をお連れしました」

『客?……よりにもよって』


 外にも聞こえていることを知ってか知らずか、ブラムは”こんな時に”や”面倒な”などと愚痴をこぼしている。


「ええと……ですけど、お薬のことで急用とのことなので」

『薬だと? そんなもの頼んだ覚えは』

「いえ、”あなたの”ではなく、何と言うか……その――」

「自警団の人たちに薬が必要だと思って、話を持ってきたんだよ」


 二人のやり取りに割り込んでハルはここに来た”対外的な”理由を告げる。それに反応するように部屋の中からはガタリと慌てたような音が鳴った。


『い、今すぐ、追い返せ! 私はソイツに会う気は無い』

「だけど――」

「会ってくれないと、困るなぁ。”相談”したいことが山ほどあるんだもの」


 まごつく夫人を尻目にハルは扉の前まで行くと、断りも入れずにノブを捻る。呆気にとられた夫人を無視したまま中へと入ると、そこには目を充血させたブラムが彼を睨みつけるようにして立ち上がっていた。


「何を勝手にッ!!」

「ごめんね。でも緊急事態だったし、それに――」


 そんなブラムに目で”奥さんに聞かせてもいいのか?”と尋ねる。ブラムはハルの意図を察したらしい。ドサリと力なく椅子に座り込むと”お前は下がっていろ”と彼女を退室させた。


「会ってくれてよかった。もし無視されたらどうしようかと思ってたんだ」

「……いったい何の用だ」


 机に肘を突き手を組みながらブラムは忌々しげにハルへと視線を送る。


「何の用かは分かってるんじゃないの?」

「お前にどうこう言われるような覚えは私には無い」

「そう……それじゃあ、前置きはここまでにしようか」


 ”時間もあまりないし、ね”とハルは表情を一変させる。今まで笑顔だった顔は、今では無表情と言うのが相応しい。


「今すぐ、自警団への命令を取り消せ」

「取り消してどうする? お前が奴らの変わりにどうにかするのか?」

「どうにかするのは村長の役割だろう?」


 急変したハルの態度にも驚かずに村長はクツクツと笑う。


「違うな、お前は何も分かっちゃあいない」


 憔悴したような表情に不敵な笑みを貼り付けてブラムはハルを揶揄する。


「いいか? 村長の役割は”どうするか考える”ことで”どうにかする”のは他のヤツらの仕事だ」


 自信満々にそう言い切ったブラムに、ハルは呆れ果て大きな溜息をつく。それを見てブラムは不快そうに眉根にしわを寄せた。


「人のことは言えないけど、君もたいがい無能だな」

「何だと!?」


 見下すようなハルの物言いにブラムは食って掛かる。


「冷静に考えれば分かることだ。被害が続けばいつかは村の人間も気付く」

「だから、その前に”野犬狩り”をしているのが分からんのか!?」

「たかだか村にいる素人が、今回一度の狩りで駆逐できるとでも?」


 ハルの指摘にブラムは黙り込む。


「下手に残せば被害は続くぞ。いや、それ以前に野犬だと油断している自警団に被害が出ないわけが無い。噛まれれば重症……知っているか? 狼は獲物を襲うとき首に噛み付くんだ」

「だから……何だと……」

「一度噛まれれば骨ごと砕かれる」


 その姿を想像したのかブラムは顔をしかめた。ハルの一言毎にブラムは反論を試みようとするが、いい文句が思いつかないのか口をモゴモゴさせるばかりである。


「そうなったら、いよいよ過失じゃあ――」

「黙れッ!!」


 ようやく言葉を発したブラムの第一声はソレだった。嫌な物から目を背けるようにブラムはハルと目を合わせようとせず、落ち着き無く、手を動かしグリグリと指輪を弄る。

 ようやく彼がハルを向いたと思うと、その口から出たのはハルの予想だにしない言葉であった。


「ふ、フフ、お前の企みは分かっているぞ。今回の件を領主に報告して、私をこの椅子から引き摺り下ろしたいのだろう!?」


 確信があるような口ぶりで的外れの推論をするブラムにハルは呆気にとられていた。その無言を肯定と見なしたのブラムはより勢いをつけながら話を続ける。


「その後釜には誰をそえるつもりだ? あのザックとか言うジジイか? どうせ村に住ませてやるとか言われたんだろう? だが残念だったな。そうはいかんぞ! 狼はこの村で処理して、私も村長を辞めるつもりは無い!!」


 ハァハァと肩を上下させながら激しい運動をした後のような息遣いでブラムは吼える。その姿にこれ以上自分が否定したところで話しにならないことを察し、ハルは無理やりに話を進めた。


「その指輪」

「あっ?」


 いきなりのハルの問いかけにブラムは間の抜けた声を出す。それを無視してハルは問いを続けた。


「この前はしていなかったな」


 学校のことで相談したときのことを思い出しハルは言う。ゴテゴテとした指輪には、普通ならば宝石をはめる場所に何もついておらず、その代わりに紋章のようなものが刻まれていた。一見しただけで細工の細かいソレにはそれなりに値がつきそうである。


「資金の足しになるとは思わないか?」

「何を言うかと思えば」


 ハルの発言に対して馬鹿にするようにブラムは彼を見る。


「これは家の宝だ、売るつもりなどない。家系と言うものに拘りのないお前たちのような獣人には分からないかもしれないが、我が家を貶めるようなことを口するなッ!」

「そんな半獣人の身分も”奴隷”よりはマシだ。ましてや”犯罪奴隷”なんかよりはずっと」


 ハルの言葉は暗にブラムの行く末を伝えたものであった。


「何が言いたい」

「村長を辞めずに村を救う方法の提案をしよう」


 ”村長を辞めずに”と言う部分が彼の琴線に触れたようで、今までの敵愾心だけの視線に少しだけ光が宿る。そんなブラムにハルは手短に告げた。


「金を出せ」


 ハルの言葉に部屋の時が止まった。ブラムは凍りついたように口を半開きのままで停止している。しかし、しばらくすると現状を飲み込んだようでブラムは喉から搾り出すように笑い始めた。


「ハッ! 散々、村のことを言うからどんな偽善者かと思えば!」


 頭に手を置き、腹を抱えてブラムは笑う。


「結局は金、金、金、ただのゆすりだったてわけか」


 ”で? お前はどれだけ欲しい”

 少しだけ顔色を回復させたブラムがいやらしい笑みを携えてハルに詰め寄る。そこには共犯者に抱き込もうとする意思が透けて見えていたのだ、ハルの次の言葉を聞くまでは。


「ジンバルトで人を雇えるだけ」


 詰め寄るブラムをハルは冷たくあしらう。


「な、何を」

「勘違いしているようだから、言っておくが君に残された道なんて初めから一つしかない」


 ”そしてそれは私を共犯者にすることでも、ましてや厄介ごとを村で処理することでもない”

 出来の悪い子供にでも言い聞かせえるかのようにハルはブラムに言い含めた。


「今すぐに自警団への命令を取り消して、ジンバルトで専門の集団を雇え。そうしたら――」


 一度ためるようにして区切り、ハルは次の言葉を紡ぐ。


「――今回の件は見なかったことにしてもいい」

「何だと……」


 その提案にブラムの喉がゴクリと鳴った。どうやら、頭の中で従うべきか迷い始めているようだ、とハルは見る。そして、ブラムは予想通りの反論に打って出た。


「ば、馬鹿を言うな! いったいどれだけの費用が必要だと思ってる!?」

「さぁ? けど、不意にしていいのか? これが最後の機会だ」


 少しでも自身に有利な条件を出させようと食い下がるブラムにハルはそう宣告する。


「まだ、分の悪い賭けを続けて、万に一つの大勝ちを夢見るか、それともかなりの痛みは伴うけれど、私の提案に従って”手堅く”今の地位を守るか」


 ”好きな方を選ぶといい”ハルは告げた。


 これでブラムは落ちた、とハルは思う。実際、彼の脳内では既に次の行動を計画していた。しかし、ブラムは意外にも返事を返さず、さらに顔を青くするばかりである。”どうして”だとか”話が違う”とうわ言のように一人呟くブラムにいやな予感がし始めたハルは回答を急かす。


「どうするんだ?」

「……りだ」

「は?」


 途切れ途切れに何事かを言うブラムにハルは身を寄せる。そんな彼の耳に入ってきたのは知りたくもない現実。


「……無理だ。自警団はとうの昔に森に入った。今更止められん」


 今度はハルが凍りつかされる番であった。


「なッ! じゃ、じゃあ準備はどうしたんだ!? 今日急に決まったはずでは――」

「私はお前が問答無用で私を領主に引き渡すと思っていた。だから、この計画は村にいる自警団の連中を中心に進められていたんだ。お前が”私を脅そうとしている”という話を聞いて、悟られぬようにアドニスだけは召集させずにな」


 どうしてこのタイミングで裏をかいてくるのか、とハルは頭を抱えた。今までの無用心さからは想定できないほどの用意周到さを見せたブラムに頭が痛くなる。


 こうも簡単に裏をかかれるなんて、いくらなんでも――


 その時、予定外の事態に戸惑うハルの脳裏に忘れたかった一つの事実が浮かんだ。


 ……待て

 それじゃあ、いったいどれだけの時間が経ってるんだ!?


 ハルは急激に頭が冷えていくのを感じる。


 ザックがハルの家に向かったときには既に召集は始まっていた。それから走っていたとはいえあの道のりを往復、おまけにハルは自警団に向かうよりも先にブラムの説得を優先した。


 今までかかった時間は……


 ”到底間に合わない”

 その結論に到達したハルは歯噛みする。


 ハルは後悔した。村に入った時点での静けさをハルは自警団がまだ駆除に乗り出していないからだと捉えていた。上手くザックが時間を稼いでくれたのだろう、と。実際にはそのずっと前に自警団は森に入っていたのに。


 ”ザックならば無理をしてでも自警団を足止めする”


 それならば自身はその間にブラムを動かせばいい、そう判断したのだ。ハルは目まぐるしく変わる状況に対応しようと次善策を考察する。


 今から森に入って、自警団に接触する?

 無理に決まっている。狼どころか野犬でも死ぬ


 それじゃあザックに期待するか?

 それも確実性がない。既に動き出した自警団を止めることは難しく、おまけに野犬を想定して、数人のグループで行動していれば、それこそ情報を伝えるのは不可能だ


 ”終わり”その三文字がチラつく。


 終わり……終わり、か

 なるほど、グレッグはこのことを言っていたのか?


 村に入るときに聞いた彼の呪詛を思い起こしながら、ハルは脱力する。


「……すまない、ザック”詰んだ”みたいだ」


 表情のない顔でハルは一人呟く。その言葉にブラムは呆然自失といった様子で膝を折った。


 だが話はこれで終わらない、否、到底終わることなど出来ない。残念なことに悪いことは続くということがその日、証明される結果になった。”野犬狩り”から帰ってきた自警団により、数名の死者と”ザック”の訃報が村にもたらされたのである。

次話は三日以内を予定しています。

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