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狂信者はシにました  作者: 黒助
第二章 ― 捕食者の声
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第十八話 ― 転がる意思に苔は生えるのか?

「オイ、坊主ッ! 焦るのは分かるが、俺にも説明してくれよ!!」


 急にザックとの話を打ち切り、村へと続く道を走り出したハルを追いかけながら彼は呼びかける。半分とはいえ、獣人の血が混ざっているハルの足は普通の子供に比べればだいぶ速い方ではあったが、所詮は子供である。しばらくすると追いついてきたザックはハルの隣を並走する。


「いったい、どうしたってんだ!?」

「今ならまだ間に合うかもしれない!」

「なんだって!?」


 息を弾ませながら呼吸の合間合間でザックとハルは言葉を交わす。ハルの額からは既に汗が流れ落ち始めている。暖かくなってきたはずの気温は一転影を潜め、今日はここ数日振りの寒さであった。それにもかかわらず、走っているとはいえたったこれだけの距離で汗を流すハルを見て、ザックは彼の焦りを読み取る。


「あまり喋る余裕は無いから手短に説明するよ」


 走る速度を緩めずにハルは言う。ザックに喋りかけながらもハルは彼のほうへと目を向けることはなかった。それどころか前を見ているはずなのに、ハルの目はまったく別のほうへと向いているようにさえザックには感じられる。


「ここ数日、僕は家にいたけど、その間アドニス――父さんは一度も村にいく気配を見せていなかった」

「それが、どうしたってんだ? 今まで行ってなくても今日行っちまってたら――」

「だからッ! ああ、もう!! まだ十分に自警団が計画を練っていないかもしれないんだよ!!」


 言われてザックはハッとする。確かにハルの言うとおり今日になって急遽、この計画を実行に移したとすれば――


「まだ、自警団は森に入っていない可能性があるってこと」

「そりゃあ、マジなのか!?」

「いくらなんでも、何の前準備も相談もせずに森に入るなんてありえないよ。それがたとえ”野犬狩り”であっても」


 つまり本格的な調査や駆逐が始まる前に自警団は話し合いをすると考えるのが妥当だ


 ハルはそう判断した。しかし、それがいったいどれだけのを時間かけて行われるものなのかがハルには分からない。ただの野犬ならばそれほど時間をかけることも無いだろう。


 キールが時間を稼いでくれているといいんだが……


 そんな願望を抱きながらもハルは、キールがそういった行動に出ることは難しいだろうと思っていた。ブラムの命令である以上、彼の働きには期待できないばかりか、むしろ積極的にあちらのフォローに回る可能性さえあった。


 ハルはそういった一連の懸念をかいつまんでザックに伝える。ハルの言葉を聞くとザックは”そういうことか”と納得した様子である。


「なるほどな……」


 ”伝えるべきことは伝えた”そう判断し、ハルは再び走ることに集中する。体力的にはまだ余裕があったものの、どうにも足のほうがついてこない。そのことにハルは焦慮する。


「そういうことなら――」

「えっ、なに?」

「そういうことだったら、俺に任せときな、坊主!」


 いまいちザックの言葉の意味が理解できずにいるハルにザックは胸を張って言う。誇張でも何でもなく走りながらそんな体勢をとった彼に張る呆れながら聞き返した。


「任せとけって……いったいどういう」

「なぁに、足だったら坊主よりも俺のほうがいくらか速いからな」


 ”一っ走り先に村に行って、坊主が来るまで時間を稼いどいてやるよ”言いながらザックはハルに笑いかけた。


「坊主を一人にしちまうことになるが……」


 申し訳ないという表情をするザックであったが、ハルからしてみれば、今の状況ではありがたいことこの上ない。彼が意見を翻さぬうちにハルはザックに頼む。


「僕なら大丈夫だよ。だからザックさん」

「ああ、ちゃっちゃと追いつけよ? 先に村で待ってるぜ!」


 そうハルに告げるとザックはすぐに彼を追い抜く。しかしザックの背中が見えた時に、ようやくソレの存在を思い出したハルは慌ててザックを呼び止めた。背中からかけられた声にザックは速度を緩め再びハルの隣に並ぶ。そして怪訝そうに聞いた。


「いったい、どうしたんだよ坊主? もしかして一人になるのが不安に――」

「冗談はいいから。それよりもこれを持っていって」


 ハルは上着のポケットから小さな素焼きの小瓶を取り出すとザックに投げて渡す。ザックは一度落としそうになりながらもどうにかそれをキャッチし、渡されたソレを不思議そうに眺める。


「何だコレ?」

「秘密兵器」

「は?」


 ザックに倣って冗談を言ったつもりであったが、ハルの試みはどうやら失敗したようである。”こんな緊急事態に何を言ってるんだ”という意思がザックの目から痛いほどハルに伝わってきていた。


「ハァ……、狼避けの薬だよ」


 狼の死体を見つけて以来、念のためにとハルが用意しておいたものである。いくつか小瓶に入れて持ち歩いていたうちの一つを彼に渡したのであった。


「なッ! 坊主、お前いつの間にそんな――」

「言っとくけど、それほどたいそうな物じゃないから、ソレ」


 そんなものがあるなら先に教えてくれたら、といった顔でザックは責めるようにハルを見た。なので彼が説教を始めないうちに、とハルは億劫そうに説明を加える。


「中に入ってるのはただの木酢液だよ」


 ”正しくはソレを煮詰めたものだけどね”とハルは付け加える。


「もくさくえき? 何だそりゃ?」

「炭を作るときに出る液体の上澄み。一人じゃあたくさんは作れなかったし、それだって効果がどれほどあるかは保証できないんだけどね」


 木酢液はハルが言うように炭を作る際に生じる副産物である。殺菌剤、殺虫剤としての利用があるほか犬猫忌避剤としても用いられる代物だ。嗅覚の鋭い獣に対してはある程度有効なことはハル自身の鼻で実証済みである。ハルよりも臭いに敏感な狼ともなればそれなりの効果は見込めるだろうとハルは考えていた、もちろん”一時的に”ではあるが。


「おいおい……、不安になること言ってくれるなよ」

「だから、出来るだけ使うような状況には立ち会わないでね。ザックさん、自警団が森に行ってたら、勝手に突撃しそうだから」

「信用ねぇなぁ」


 そう答えたもののザックはそうするつもりだったのかハルのほうを見ない。


「えっと、で、これはどう使えばいいんだ?」


 誤魔化すようにザックは尋ねる。


「中身を狼にかければいいだけ。それと分かってるとは思うけど一時しのぎだからね? 使うようなこと……無いとは思うけど、もしそうなったらすぐに逃げたほうがいい」

「……ああ、ありがとよ」


 ぶっきらぼうに礼を言うと、ザックは速度を上げ、グングンとハルを引き離す。今度こそハルはザックを引き止めなかった。見る見るうちにザックはハルを引き離し、そしてついには見えなくなる。そんな彼の背中を追いかけながら”あの歳でよくこれだけ走れたものだ”とハルは密かに感心していた。


 ザックが走り去ってしばらく、ハルはようやく落ち着き始めた頭でことに経緯を整理していた。


 何故、ブラムは急にこのような愚行に走ったのか?

 これだけ注意していながら、どうして自分は気づけなかったのか?


 そういった疑問が次々と湧いては消える。


 ブラムの目的は何だ?


 ハルは今回の件を省みて、その不自然さに首を傾げずにはいられなかった。静観しているかと思った矢先、何の前触れも無く”野犬狩り”である。彼の思考はコロコロと転がる石のようで、そのくせ自ら悪い方向に行こうとしているようにしか見えない。言ってしまえば、行動に一貫性が無いのである。


 いや、あるいは自分の気付かない内に前触れがあったのか?


 ”キールがこちら側についた今、ブラムの行動におかしな部分があればすぐに自分達に情報が入るはずである”そう考えると、ハルにはやはりブラムの突発的な発作に巻き込まれたとしか思えない。


 もしかして――


『さてさて、”人狼ゲーム”の始まり始まり』


 思考を遮るように前触れも無くそんな声が頭に響く。


「少し黙っていてくれ。今は集中したいんだ」

『つれないこと言わない。だって”狼探し”なんて楽しそうなんだもの。わたしも混ぜなさいな』

「狼を探してるのは自警団だがな」

『あら、そうかしら? あなただって探しているじゃない?』

「私が?」

『そっ、……ああ、ちなみにワタシは村長さんが狼だと思うのだけど』


 ”どうかしら?”とトウカはハルに尋ねる。要するに彼女は誰に責任をとらせるのかという話がしたいらしい、とハルは判断した。


「どうもこうも、間違いでは無いんじゃないか?」

『でしょうね。アナタが”説得”すればきっと大抵の”村人”は村長を”狼”として吊るすもの』


 彼女の言うところの”人狼ゲーム”つまり”汝は人狼なりや”というのは村人にまぎれた人狼を当てるというゲームである。簡単に説明すると、村人は自分達にまぎれこんだ狼を推理して吊るす、狼はばれないように村人を殺すというテーブルトーク型の遊びだ。


「悪いけど、そういう話なら後で付き合ってやるから、今は止めてくれ」

『けど、こんなにいい機会も無いと思うのよ。だって、ホラ、あそこに”もう一人の狼さん”がいるじゃない』


 会話をしていたせいで気付かなかったが、トウカに言われてハルはようやくその存在を認めた。先ほどから視界には入っていたものの、他の事に集中していたせいで認識できていなかったことをハルは知る。


 少し先――ようやくたどり着いた村の入り口にはグレッグがハルのほうを見ながら立っていた。ニヤニヤといつか見たようないやらしい笑みを彼に向けて。


「……厄介な」


 ハルは聞こえないようにボソリと呟く。”こんなところで時間を潰している暇は無いのに”苦々しい思いで目の前の少年へを見やる。


 からまれるのは避けたいな……


 心の中でそんなことを思いながら彼の横を通り過ぎようとしたハルであったが、意外なことに彼はハルに対して何もしてこなかった。呼び止めるでも、服を掴むでも、殴りかかるでもなく、彼はただそこに立ち嗤う。


 そんな彼に拍子抜けしそうになったハルの耳に、グレッグの言葉が聞こえた。


「終わりだよ、クソ野郎」


 ”何が言いたい?”そう問い詰めるほどの余裕も、皮肉を返すほどの時間も無い。ハルは不穏な彼の言葉を背中に、やっとたどり着いた村の中へと駆け込んだ。

次話は三日以内を予定しています。

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