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狂信者はシにました  作者: 黒助
第二章 ― 捕食者の声
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第十七話 ― 勝ち(価値)のない札

 話はブラムが自警団による”狼狩り”もとい”野犬狩り”の敢行に踏み切った数日前に遡る。死体の消失が確認され、その原因も理由も分からぬまま村に戻った後、アヒムとザックはハルから今後の計画の打診を受けていた。既にアヒムもザックもキールの件は聞き及んでいたので、”やっと来たか”という思いで彼の話に耳を傾ける。そんな中――


「さてと、それじゃあ簡単に説明しちゃうけど、とりあえず村長さんを”脅迫”しようか」


 真剣に聞き入るアヒムとザックに”遊びに行こうか”ぐらいの軽さでハルは言い放った。そのあまりの異常さにザックは聞き間違いではないかと、まず自身の耳を疑う。


「わ、わりぃ、よく聞こえなかったんだが、今”ブラムを脅迫する”って言わなかったか?」

「そう言ったんだよ。『脅迫』、『脅し』、『ゆすり』、まぁ言い方は何でもいいよ、やることは一緒だから」

「脅迫、というと具体的にはどのようにするのですか?」


 唖然とするザックを他所にアヒムはというと”予想はしていた”というふうに冷静に話を進めていく。まだ時間に余裕はある、とハルは考えていたものの、いずれはしなければならない話だ。それならばこの機会にとザックが反対することも恐れずにハルは提案したのであった。


「”狼をどうにかしないと、領主に報告するよ?”って感じで」

「それは何というか……シンプルですね」

「複雑な計画は失敗しやすいからね」

「それで、私達に何を――」

「ちょ、ちょ、ちょーっと待った!!」


 ようやく理解が追いついたのか、自分を放置して計画の相談をする二人に割り込む。


「おまっ、坊主、脅すって……なんたって、そんな真似を俺たちがしなきゃなんねぇんだ!?」

「でも、そうでもしないと村長は動かないんじゃないかな。これだけ村が危機的な状況にある今でも何もしないんだよ?」

「いや、けどよぉ」

「ザックさん、よく考えてみてください。確かに”脅し”と言うと聞こえは悪いかもしれませんが、要は”糾弾”、本来あるべき方向に戻そうとしているだけですよ」


 アヒムはそう説明するも、ザックの表情から影は消えなかった。それを見たハルもアヒムに声をかける。


「その、どうしても抵抗があるなら、ザックさんは抜けても大丈夫だよ? 本当はいてくれたほうが嬉しいけど、無理強いさせるわけにもいかないし」


 ハルの言葉を聞くとザックはハッとしたように顔を上げた。子供にこんなことをさせておいて、自身は気に入らないからという理由だけでそれを拒否している。そのことに気付いたザックは自分の頬を強く叩いた。それすらもハルの掌の上であると自覚さえしないままに。


「……いや、確かに坊主の言うとおりだ。例え手段はアレでも、今の村をどうにかできるのならそのぐらい」


 ”どう言えばどう動くのか”その把握という一点においてこの村でハルを超える者はいない。それは彼が長い時間の中で磨き上げてきた一つの武器である。彼には所謂”人を見る目”と言うべきものが備わっていた。だから、この心変わりもやはりハルにとっては意図したものというほかない。


 気持ちを切り替えるようにザックは一度深く息を吐くと、ジッとハルを見据えた。彼はハルの心うちなど知るはずも無く、話を戻すように二人の会話に参加する。

 

「けど、脅すって、つまりキールがされたことをブラムにやり返すって認識であってんのか?」

「だいたいはそれであってるかな……もしかして不安?」


 一応は認めたようではあったけれども、ブラムと同じことをすると言うのに抵抗があるのだろうか、とハルは考える。しかし、ザックの思うところは別にあるようだ。


「いやなに、言ってることは分かるんだけどよ……、なんつぅか結局俺たちが領主に報告するのと変わんねぇんじゃねぇか?」


 脅したところで”領主に今回の件を報告し、狼の駆逐を依頼する”という一連の流れは避けれないと考えたザックは尋ねる。もちろん領主が取り合ってくれるか、という点についてはブラムにやらせるほうが確実ではあるが、結局キールを犠牲にする以外ないように彼には思えた。


「それもそうですね。それだとキールさんも道連れになるのでは?」


 同じことが気になったのかアヒムもハルに問う。


「俺はそれでもかまわねぇんだけどな」


 アヒムはキールの事を協力者と聞いていたため、ハルの計画に違和感を感じていた。その一方でザックはといえば以前の件での印象が悪いせいかそれを冷たくあしらう。


「大丈夫……だと思う。結果は同じだけど、過程は違うから」

「過程?」

「途中が違っても結局は”領主の軍が狼を駆逐する”んだろ?」

「うーん、それは違うかな? ”狼は駆逐してもらう”けど動くのは”領主じゃない”んだから」


 ハルの発言の意図が分からずに”どういうことだ”といった表情で二人は顔を見合わせた。ハルは補足するように続ける。


「つまり狼を狩るのに必ずしも、領主を頼る必要はないってことだよ」

「それは、どういう……いえ、なるほど”ジンバルト”に依頼を出すわけですね」

「そういうこと、あの街ならいろんな同業者組合ギルドもあるし、どこかが請け負ってくれるだろうからね」


 ハルの言うギルドというのは、簡単に説明すると同職者の集まりによって結成される集団のことである。昨今の創作物の影響でその役割は冒険者の集会所といったイメージが強いが、実際のところギルドの担う役割は同職者の権利保護や経済活動の統制など社会保険の側面が強い。


 その中には商人や細工師、鍛冶師、傭兵に至るまで多くの種類が独立して存在している。また、一般的にギルドの所有する権利は国のものとは一線を画し、各々が特権集団に近い存在であるため、今回のような秘密裏の依頼に関しても領主や国に対してよほどのことがない限り報告義務は無い。

 故にブラムに解決の手段があるとすれば、これ以外には考えにくかった。


「だが、その金はどこから用意するってんだ? かなりの高額になるはずだぞ」

「そんな資金、この村にあるんですか?」


 ハルの話にザックは疑問を挙げる。それに続けてアヒムもこんな片田舎の小さな村にそんな余裕があるのか、といった感じでザックに尋ねた。


「ハッキリ言って村の財政には余裕なんてないはずだが」

「だからそれを村長さんに負担してもらうんだよ。というよりもそうせざるを得ないって言うか」

「何か根拠でも? やってみて上手くいかないじゃあ困りますし」

「俺もアヒムと同じ意見だ」


 ザックはハルの計画に懐疑的であった。意地汚いブラムならばわざわざ自分で金の工面をするだろうか、と思案するが、どうにもザックにはそうは思えなかった。


「俺に言わせればブラムは身銭を切るぐらいなら平気で村の金を使うと思うぞ? そうなったら狼をどうにかしても、村に皺寄せが来るだけだ。こんなになるまで放っておいて、アイツは痛くも痒くもないじゃあな。それだったら坊主には悪いが俺は反対させてもらう」

「それについては大丈夫だと思う。村に皺寄せが来るような事態にはならないだろうから」


 ザックの懸念をハルはすぐに否定する。


「だって考えてもみてよ。もし自分が村長だったとして、領主にばれずに動こうとした場合、村の管理するお金が使えると思う?」


 ハルの答えを聞いてザックは低く唸りながら考え込む。彼はしばらくそうした後に、顔を上げた。


「……出来ねェな。金の用途は報告義務があるし、下手に勘繰られでもしたら、普通にバレるよりもよっぽど罪が重くなる」

「そういうこと。つまり僕らが村長さんに”取引”を持ちかけた時点で村長さんの取れる行動は一つしかない」

「”領主への報告を止めさせる代わりに、自腹を切ってギルドに依頼すること”、ですか」


 アヒムの言葉にハルはコクリと首を縦に振った。


「そう言えば、どうしてキールはそれをしなかったんだ? 坊主が言うにはキールもその方法に気付いていたんだろう?」

「それは無理だよ」


 ハルの言葉に”いったいどうしてだ?”とザックはこぼす。その問いかけにハルは答えた。


「一見すると村長さんとキールさんはお互いに同じカードを脅しの道具に持っているように見えて、実のところ二人の立場には優位性の差があるもの」

「優位性?」

「そう。この場合、村長さんのほうが優位に立ってるってこと」


 ”何故、現在進行形で間違いを犯し続けるブラムが決定権を握れるのか?”それはアヒムとザックが共に抱いた疑問である。


「仮にキールさんが村のためなら命も惜しくないってタイプだったら、この関係は成立しないけれど、残念なことにキールさんも普通の人だったってわけだね、村よりも自分の命を選んだ。そうなれば、キールさんには僕と同じ手段で村長は脅せない」


 そこまで説明すると、アヒムも理由を察したようであった。


「ああ、そういうことですか」

「何だよ、アヒムは分かったのか?」

「簡単な話ですよ。つまり村長にしろ、キールさんにしろ、お互いが”領主に報告できないない”という前提がある以上、例え間違っていようとキールさんは村長の意向に逆らえないどころか、彼のフォローに回らなければなりません。もちろん本来ならばその逆も然りなのですが、今回の場合においては基本的には立場が逆になることはありえませんからね」

「ってぇと、ブラムはキールを利用できるが、キールはブラムを利用できねぇのか」


 ”利用という言い方が正しいのかは分かりませんけどね”と言いながらアヒムはハルのほうを見る。ハルは二人に頷いて見せた。


「そういうこと。そもそも初めから領主に頼れないし、領主を頼らない、と村長さんがキールさんを見なしている限り、絶対に村長さんはキールさんの提案には頷かない。実際にキールさんはそれが出来なかったわけだから、村長さんの読みは正しいね。結局二人の関係は公平(イーブン)に見えて、実のところ決定権(ジョーカー)を握っていたのは村長さんだったってこと」


 アヒムとザックは言葉を失う。もし気付いていた人間がいなかったらこの村はどのような方向に進んでいたのか、と二者はそれぞれ頭に思い描いたようだが、その行き着く先は概ね同じだった。


 ブラムには既に勝ちは無い、それでも彼はこの舞台(テーブル)から降りられない。村人にも自分達にもこの茶番に価値は無い、それでも皆降りることは許されない。勝ちのない手札なのに平気で全賭け(オールイン)する愚か者だけが、今の村を回していた。


「けれどそれは関係が彼ら二人だった場合であって、僕が入ると話は別。だって第三者の僕にとって村長さんの切り札は切り札足り得ないから。だからもし僕に報告をチラつかされたら、村長さんは僕が本当にそうすると判断するしかないでしょ? つまりそれがキールさんが僕らを頼った理由だよ」


 そこまで説明するとザックもアヒムもようやく納得がいった、という顔になる。しかし、それと同時にザックは憮然とした態度を取った。


「にしてもわざわざ俺みたいなのや、坊主みたいな子供に頼るなんてな」

「それは仕方ないと思うよ。そもそもこんな頼みが出来るのは”狼を知っていて、尚且つこの森に狼がいることに気付いている人”しかいないから」

「別に村のほかの奴らに狼について説明すりゃあいいだろう?」


 村にいる大人たちを思い浮かべながらザックは言う。


「もちろんそれでもいいけど、もし話を聞いた相手が僕らみたいにキールさんの頼みを聞かずに、領主に報告したら?」

「それは……まぁ、そうか」

「そんなリスクばかり高くするよりも、どうせそのことに気付いている僕らにってことだと思うよ」


 ましてやその相手が子供ともなれば、彼の目にはさぞ御しやすく映ったに違いない。キールに利用されたような納得のいかない気持ちを抱きながら三人は話を終える。


 ”結局自分達はキールに良いように使われているだけなのではないか?”人知れずザックが抱いたその考えに答える人間はいなかった。


――――――


 そして、時間は現在へと戻る。


”ブラムの野郎がついに自警団を動かし始めた”


 そんなザックの言葉をハルは一瞬理解できなかった。 


「は? えっ、それって、狼狩りの計画を立て始めたって話だよね?」


 ザックの発言が単に彼の言葉足らずだったということを期待しながらハルは彼に再度問う。それを見てザックは苦々しげに首を横に振った。


「残念だが、違うみてぇだ。ブラムのやろうこの後すぐに狼狩り……いや、”野犬狩り”を行うつもりだ」

「そんな馬鹿なッ! いくらなんでも早すぎる……」


 いずれブラムがそういった行動に出るかもしれないということはハルも予測済みであった。しかし、そんな予想はハルがすぐに切り捨てたうちの一つに過ぎない。おまけに、よりにもよって今回に限って、ブラムの行動は彼らしからぬほど迅速であった。


 冷静に考えればこんな計画は”この件を隠したい”人間にとっては紛れもない下策だ


 ハルは心を落ち着けるように努めつつ頭を巡らせる。


 実際、キールから聞いた”狼と知らせずに野犬として処理しろ”という部分に関して、ハルは本当に実行するとは、ほとんど想定していなかった。もし自警団から死傷者を出せば、それこそ言い逃れが出来ない。そして、事の重大さに――今回の”野犬”の異常さに――誰かが気付いてしまったら、それだけでブラムは一巻の終わりだ。いくら彼であっても自警団の人間全てをまるめこむことなど出来はしないのだから。


「情報が間違っている可能性は!? いや、それ以前にどうしてあの村長がこんな急に」

「やっぱり、坊主にとっても予想外だったてわけか……」


 動揺を隠し切れないハルにザックは項垂れる。


「予想外? どうしてこんなこと想定できるのさ!? こんなどう考えても”部の悪い賭け”に走るなんて」


 ハルはブラムがその計画を実行するとすれば、本当に末期、つまり、どうしても村に対して誤魔化しが効かなくなったときだと思い込んでいた。


「――ッ!」


 そしてハルはある一つの可能性にたどり着く。


「お、おい! 坊主!!」


 呆気にとられたザックをその場に残して、ハルは村へ続く道を走り始めた。

次話は三日以内を予定しています。

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