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狂信者はシにました  作者: 黒助
第二章 ― 捕食者の声
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第十五話 ― 追い詰める者、追い詰められる者

 そういえば最近、ハルくんにあってないなぁ……


 相変わらず平和に見える村の中を歩きながら、少女はそんなことを考えていた。十日も遡れば毎日のように村に来ていたハルも、ここのところ姿を見せず、一時は当たり前のように話していたというのに、今は顔すら合わせられずにいる。


 もともと不定期であったとは言え、行けば大抵の場合は授業をしていたような学校も、このところは休みが続いている。当然、ハルもそのことを知っているので、村に来るという目的もなくなってしまい、その結果、アリスは一人でいる時間が増えた。


 この間のようにハルの手伝いをしようにも、とうの本人は”もう、知りたいことは大体聞けたから”と取り付く島も無い。いっそ自分から動こうかとも、何度も考えたアリスであったが、それさえもハルとの約束のせいで出来ずにいる。


 だけど、ハルくんも酷いよね

 私にだけ秘密にさせて、自分は狼のこと話しちゃうんだもん


 血相を変えて自分のところに来たキールを思い出し、アリスは一人頭の中で愚痴をこぼした。開口一番”ハルってヤツはどこにいる!? 狼が村にいるってどういうことだ!!”と肩を掴まれ、涙目でことのあらましを聞かれるがままに答えてしまったことを思い出し、アリスは決まりの悪そうな顔を浮かべた。


 ”これは約束を破ったことになるのだろうか?”と考え、すぐに首を振る。キールが既に知っていたのだから約束を破ったことにはならないはずだ、と。少なくともアヒムかハルのどちらかが彼に話した後だった、アリスはそう判断した。


「……二人とも、それにキールさんも大騒ぎしてたけど本当に”オオカミ”って、そんなに危ないのかなぁ」


 思わずそんなことを口にしてしまい、自身の迂闊さに気付いたアリスはすぐに周りを見た。幸いにも誰にも聞かれていないようである。それを確認し、アリスはホッと胸をなでおろす。少なくとも彼女にとってそれほどにはハルとの約束は重要であった。


 オオカミっていうのが、きっとこの森のどこかにいるんだよね


 そう思いながら、森の方へと視線を向けてみてもアリスには少しも実感が湧かない。狼を見たことも無く、ハルたちと見たソレは野犬と大差なかった、むしろ少し小さかったぐらいだ。ハルが言うには野犬などよりもずっと危険だとのことであったが、爪の一本や二本数が違うとどうして危険になるのか、というのが彼女の正直な感想である。


 おまけに見える範囲の村はこれまでと何ら変わりない。ハル達によれば被害は村外れの人間が主であるのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。


 ”危険が潜んでいますよ”とアリスが筋道立てて話したとしても、村にソレを信じてくれる人間がいるかどうかは疑問だった。その点で言えばアヒムに事の重大さを理解せしめたハルはやはり自分とは違うのだろう、とアリスは思う。もちろんそれは取引をしているからこそという背景あってなのだが、そんなことなど知る由もないアリスがそう考えたのも無理からぬことだ。


「ハルくんの家に行ってみようかな……」


 道を歩いていると飛び込んでくる光景――学校が休みなのをいいことに友人の遊ぶ者たち、親の手伝いなのか、籠を背負って歩く同年代の少女――そういった行動的な子供たちを見ると急に焦りが彼女を襲い、気が付けばそんなことを口にしていた。


 ”今、ハルの家に続く道を歩くのは危険かもしれない”


 森の入り口近くに居を構えた彼らを頭に浮かべると、そんな思いが頭を過ぎった。そんな考えを振り払い彼女が一歩を踏み出そうとしたとき――


「……アリスちゃん」


 自身の名を呼ばれ振り向いた彼女の前にいたのは、ブラムの家の次男であるバートだった。


「バートくん、どうしたの?」


 声をかけた意外な人物に驚きながら、年下の少年にアリスはできる限り優しくそう尋ねる。ハルが来るまで最年少だったバートはアリスが弟のように接することが出来る数少ない相手であった。すでにハルとではどちらが年上だけ分かったものではないため、彼女のその思いはなおさら強い。

 そんな親しみを込めたアリスであったけれども、バートの返した表情はまさに悲痛というに相応しいものであった。


 彼の思わぬ表情に言葉を詰まらせたアリスへバートは言う。


「もう……もう、やめてよ」


 震える声で、搾り出すように話すバートにアリスは困惑する。

 ”やめてくれ”そう懇願するバートであったが、アリスにはその心当たりが無い。もしかして、知らないうちに何かしてしまったのだろうか、と思いアリスはバートに尋ねた。


「えっと……止めてってどういう――」

「どうして、アリスちゃんはこんなことするのさ!?」

 

 バートの発言は一向に要領を得ない。自身に心当たりの無いことで責められたアリスも、段々とその口調が荒くなっていく。


「ちょ、ちょっと待ってよ! わたし別に何も……」

「嘘だ! ハルくんと一緒に何かしてるんでしょ」

「えっ?」


 バートの発言にアリスの思考が停止する。しかし、それも束の間のことでアリスはすぐに彼に反論した。


「それは……でも、そんなのバートくんには関係ないことじゃない!!」

「関係あるよ! ぼくには皆が何してるか分からないよ。でも、ハルくんのせいでお父さんはいつも辛そうな顔をするようになった!!」

「そんなのハルくんのせいじゃ――」

「ハルくんのせいだよッ!」

「――ッ!」

 

 バートはその目でアリスを見据え、そう言い切る。その剣幕に彼女は言葉を失ってしまった。普段は小声で恥ずかしそうに喋るその少年が、今は顔を赤くして声を張っている。その姿に目の前にいるバートがどれほど本気なのかを理解したアリスは、彼の言葉を否定できずにいた。


「……この間お父さんが苦しそうな顔でそう言ってるの聞いたんだ。アリスちゃんもハルくんと一緒に何かしてるんでしょ!?」


 ”いつも二人でいるのだって”とバートは顔を曇らせる。


「それに、グレッグ兄さんも……」


 それまではバートの一方的な物言いに押されっぱなしのアリスであったけれども、グレッグの名が出たことに彼女は憤りを覚え口を挟んだ。


「あれこそ、ハルくんは悪くないよ!」

「確かに兄さんはハルくんに酷いことしたよ? ぼくだって分かってるけど……だからって、ここまですることないじゃないか!」


 いつの間にか彼の目には涙がたまっている。


「……もう……許してあげてよ」


 泣きそうな顔になりながら言うバートにアリスは心を乱さずにいられなかった。これまで自分のしてきたことは正しいことだとアリスは思っていた。ハルの行動も正しいことだと信じて疑わなかった。だというのに彼らの行動は確かに、無関係であるはずの彼を傷つけている。


「わたしは……、ううん、ハルくんだってグレッグくんを恨んでこんなことしているわけじゃあない……はず」


 アリスは言い切ることが出来なかった。


 ”果たしてハルはこうなることを予測していたのか?”

 ”今後、行動し続けたらバートは、彼の家族はどうなるのか?”


 今になって湧き起こった数々の疑問を脳は処理しきれていない。押し黙るアリスにバートは再び話し始める。


「……アリスちゃん変わったよね」

「わたしは変わってなんか……」

「だって、昔は獣人のことも嫌ってたじゃん」


 ”嫌っていたわけではない”そう反論しようとして止めた。ただ怖かっただけだ、と言ったところで彼が納得しないことは目に見えている。


「……今はそんなふうに思ってないもん」


 確かに怖がってはいた。だが、それは情報がなかったからでグレッグも含め周りの人間が皆、口をそろえて危険だと言っていたからだ。そんな気持ちは村のために動いてくれるアドニスたちを見てからは雲散霧消している。それになにより――


「それにハルくんは……ハルくんは”違う”よ」

「違うって何が?」

「他の獣人さんはよく知らないけど、でもハルくんは何か違うの! ……なんて言えばいいか分からないけど」


 どう表現すればいいのか分からず、アリスは尻すぼみになる。


「あのね、初めて見たときハルくんはわたしと同じだと思った」


 それでもアリスはそのことだけはハッキリとバートに伝えた。


「わたしもハルくんも”独り”だと思ったの」

「ひとりって……お父さんもお母さんもいるでしょ? 村の皆だって」

「そうなんだけどさ……どう言えばいいのか分かんないよ。……例えばバートくんは友達ってたくさんいるよね?」


その言葉にバートはおずおずと頷く。


「その中で一番の友達って言うと誰を思い浮かべる?」


 アリスに言われバートは何人かの友人を頭に思い浮かべる。数人には絞り込めたものの、一番となると彼にはなかなか決められなかった。そうなることが分かっていたのか、バートの答えを聞かないうちにアリスは話を進めた。


「わたしはね、そんな誰かの一番になりたかった」


 普段は自己主張しない彼女にも友達の一人や二人はいたことがある。今でも友達といえば友達なのだが、どこか距離のある関係が続いているだけだ。元来積極的に関わっていくタイプではないアリスであったが、それゆえ彼女はどこか繋がりというものに飢えていた。家族だとかそういった血による繋がり以外のもっと特別な――


「一番になりたくて……でも友達の一番はいつもわたしじゃないの、わたしにとって、その子が一番でも、その子の一番はいつも別にいた」


 言ってアリスは悲しそうに笑った。


「だから、ハルくんと友達になったの。ハルくんも独りだったから」


 それは事実だった。学校に初めて来たとき、グレッグのせいでハルは孤立していた。そんな彼だったからこそアリスは声をかけた、否、声をかけることが出来たのだ。


「きっと二人とも一番同士になれるって……でもね、ハルくんは”一人”だったけど”独り”じゃなかったの」

「……よく分かんないよ」


 アリスの言っている意味が分からないバートは呟いた。


「そりゃそうだよ、わたしにもよく分かってないから。だけどね、それでも一緒にいたいって思えちゃうから不思議だよね。また一番にはなれないかもしれないのに……」


 結局、アリスの当初の想像とは違っていたけれど、それでも彼女はハルの近くにいることを止めなかった。初めこそ子供らしい言葉遣いだったハルが、その喋り方を止め、アリスどころか大人さえ見たことも聞いたことも無いような物を当たり前のように説明するようになっても。


「ハルくんってさ、わたしが何か言うといつも面倒くさそうな顔するんだけどね、でも……それでも、最後には一緒にいてくれるの。それって、たぶんハルくんもわたしと一緒で――」

『おーい、嬢ちゃん!』


 彼女の言葉は遠くから聞こえてきたその声に遮られた。アリスとバートは同時に声の聞こえた方へと振り返る。みるとザックが手を振りながら二人の下へと駆け寄ってきていた。


「よかった、嬢ちゃんに会えたのは幸運だったぜ」

「ええと、どうしたの、ザックさん?」


 全速力だったのか、疲れて荒い息をしているザックが少し落ち着くのを待ってから、アリスは言う。


「詳しく話してる暇は無いが、ちょっと坊主に用事があってな」

「坊主って……ハルくんのこと? それに用事って?」


 ハルと言ったのを聞きバートが肩をピクリと動かす。

 そんなバートを見てザックはアリスを自分の近くへ来るようにと手招きをした。アリスはそれに従ってザックの近くに行く。すると彼はアリスの耳元に口を寄せた。


「俺も坊主から”あの話”を聞いたクチだ」


 それだけを囁くようにアリスに伝えるとすぐに身を離す。短いやり取りではあったがその意図は十分にアリスにも伝わった。つまりこれから話す事は”狼”に関することであり、前後のこと考えれば、どうやらハルにすぐに知らせたいことがあるのだろう、とアリスは理解する。


「”その件”について、ヤバイことになったってのを坊主に伝えなきゃなんねぇ」

「ヤバイことって……何があったの?」

「それはッ――とにかく急ぎなんだ。坊主の居場所を知ってねぇか?」


 言葉を濁すとザックは”後で必ず説明する”とだけ言い、アリスに答えるように促した。緊急であることは間違いないと判断し、アリスも渋ることなくハルのいそうな場所を答える。


「今日は村では会ってないから、多分家にいると――」

「おお、そうか! あ、ありがとな、んじゃ俺はちょっくら、行ってくらァ」


 呼び止めようとするアリスを無視してザックはハルの家のほうへと走り出す。その後姿をアリスとバートの二人が呆気にとられたように見送っていた。

次話は三日以内を予定しています。

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