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狂信者はシにました  作者: 黒助
第二章 ― 捕食者の声
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第十三話 ― ザックとアヒム

「……で結局、キールと協力することになったってことか」

「勝手に決めてしまって、ごめんなさい。やっぱり嫌、かな?」

「正直、抵抗はある。けど坊主がそうするべきだと思ったんだろう? なら、かまわねぇよ」


 ザックの反対を想定していたハルであったが、彼の反応は思いのほかあっさりとしたものであった。一先ずはキールには村長に従うフリをしてもらい情報を流してもらうことにした、とハルはザックに伝える。わだかまりはあっても、村の安全がかかっていてはザックも私情は挟みづらいらしい。


「そっか、よかったよ」

「なんだぁ? 坊主は俺が”絶対に嫌だ”とか駄々をこねると思ってたのか? さすがに俺だって何が重要かぐらいは分かるってんだ」


 そんなことを言うザックを見ながら、キールと感情剥き出しで言い争っていたことを思い出し、ハルは曖昧に笑う。そんな心の中での指摘を黙殺し、心外だ、といった様子のザックにハルは適当に謝罪した。


「それよりも、坊主よぉ、この間はあいつのせいで中途半端になっちまったが、どうしてまた狼なんかがいやがるんだ?」

「そのことなんだけど、ついでだから顔合わせも兼ねてアヒムさんに話してもらおうと思うんだ」

「アヒムってぇと、時々村に仕入れに来る商人か? なんだ、俺ァてっきり今回の件は坊主一人で考えてるとばかり」

「さすがに僕一人じゃあ無理があるって。僕は村の外のことなんかほとんど知らないんだよ?」


 ハルの答えを聞きザックは”それもそうか”と納得する。

 アヒムは取引をする上でしかたなく、キールは手駒として掌握するために素を見せたハルではあるが、彼としては必要に迫られたか、隠す必要がなくなるまでは”少しおかしな子供”ぐらいでいたほうが利口だと思っていた。なのでザックがハルは大人の知恵を借りているのだと思ってくれるのならあえて否定はしない。


「ところで、もしかしてザックさんも知り合いだったりするの?」

「いや、そこまでじゃあねぇが、何度か顔ぐらいは見たことはあるぜ」


 そんな会話をしながらハルは今更のようにアヒムが本来は村を中心に商売をしていたことを思い出した。このところ自身との取引のついでに村に寄るような感じだったせいか、すっかり頭から抜け落ちていたのだ。


 その後”それでどんなヤツなんだ”と尋ねるザックに”いい人だよ”などと当たり障りのない答えを返し、脚色を加えながらアヒムの人となりの説明をしているうちに二人はその場所へとたどり着く。


「っと、アヒムさん、ここに部屋を借りてるんだよ」


 村にあるほかの家よりも幾分か大きいその建物には慎まし気に吊るされた看板が揺れている。宿の名だけを書いたシンプルなそれは長らく手入れされていないのか文字が消えかかっており、一見しただけでは読み取れない。


「ああ、この宿か。こんな客の来ない村でどうやって生計立ててんだって思ってたんだが……なるほど、商人の需要があるんだな」

「知らなかったの?」

「俺の家はこっから離れてるし、何より使う機会がねぇからな」


 二人が歩いてきた方を指差しながら、ザックは言う。

 いつまでも宿屋の前に立っていても仕方がない、とハルは一緒にアヒムを呼びに行こうとザックを誘ったのだが、彼は中には入りたくないらしく”ここで待っている”と言う。なのでハルは仕方なく一人で宿に入り、主人にアヒムに会いに来た旨を伝えた。


「すいません、アヒムさんを呼んでもらってもいいですか?」

「ん……はいはい、ちょっと待ってくれよ」


 チラリと一度だけハルのほうに目を向けると”またお前か”といったような表情で主人は大儀そうに椅子から腰を上げ階段を上っていく。しばらく待っていると主人は階段をおりてきて、再び椅子に腰を下ろした。それに続いて、すぐにアヒムが来る。


「おや、久しぶりですね」

「久しぶりってほどじゃあないと思うけど」


 数日ぶりに見たアヒムは相変わらず商人の笑みを携えて、ハルに挨拶する。そんなアヒムにハルも適当に返事をした。


「そうですか? 一時に比べたら最近はだいぶ落ち着いてますよ」

「まぁ、あれ以上、村で情報を集めたところで多くは望めないからね」

「ああ、そういうことですか」

「そういうアヒムさんも暇してるんじゃないの」

「ハハ、この村には専ら買い付けに来るだけですから、それが終われば商人なんて暇なものですよ」

「ふーん……それで、いつまで村にいられそう?」

「まだ、大丈夫……と言いたいところですけど、さすがに今回は長居しすぎていますしね。そろそろ今回仕入れた商品を捌きたいところです」


 宿屋の主人の手前、遠まわしな言い方になってしまうのを面倒に思いながら、ハルはアヒムを促して宿の外へと向かう。そうして、先ほどから話したいなら”他に行け”という視線を向ける主人に頭を下げ二人は宿を出た。


 宿を出た二人を見るや、”よう”といった感じにザックが二人に向けて手を挙げる。その姿を見てアヒムは”コイツは誰だ?”と視線だけでハルに問いかけた。


「ほら、前に村の情報を集めてるって話したよね。その情報集めに協力してくれたザックさんだよ」

「おう、こうして話すのは初めてだな。ザックってんだよろしく」

「これはご丁寧に、私はアヒム、しがない旅の商人をしています」

「ああ、たまに村に来るのを見たことがあるから知ってるよ。今度、何か入用のときはあんたのところで買わせてもらうよ」

「残念ながら、私は基本買い付けですのこの村には商品は卸していないんですよ」

「あん? そうなのか? まぁ、いいじゃねぇか。ともかくよろしくな」

「ええ、こちらこそ」


 一通り、自己紹介を終えた二人は握手をする。挨拶が終わったことを確認するとハルは二人を連れ立って空き地の方へと足を伸ばした。村人と半獣人の子供と商人というなんともチグハグな三人が歩くと、変に目立つようで、すれ違う村人は三人を見ては首をかしげている。そのせいかザックもアヒムもどこか居心地が悪そうだ。


「……もう彼には今回の件について話したんですか?」


 そんな空気に耐え切れなくなったのかアヒムはスッとハルに近寄り小声で囁く。ハルもこのまま手持ち無沙汰でいるのもどうかと思い、ザックから少しは離れて歩きながら密談をすることにした。


「全てではないが、ある程度はな」


 ハルの答えを聞き、アヒムは少しだけ驚いたような表情になる。


「いいんですか、教えてしまって?」

「自分が教えなくても、村の様子を探らせたんだ、どちらにしろ何かがあったことには気づいていただろうさ。下手に誤魔化して不信感を抱かれるよりは抱き込んでしまったほうがずっと有益だ」


 何よりザックは想定していたよりもずっと優秀であった。少々、感情的な部分は否めないが、いてくれれば自分から目をそらすにも都合がいい、とハルは考える。


「とりあえず、ザックには空き地のヤツを見てもらおうと思う」

「あの死体を、ですか?」


 ”どうして、今更”とアヒムは意外そうに聞き返す。


「ザックは狼を知っているみたいだし、確証が得られるのなら儲けものぐらいの気持ちでね。それに見てもらってからのほうが話もしやすいだろう」


 ザックがその死体が狼かどうかを正確に判断できるかについては、それほど期待していないが、それでもどうして”狼がいる”という結論に至ったのかは分かってもらえるだろう、とハルは考えていた。


「そういうことだから、空き地に向かうまでの間にザックにこれまでの経緯を説明して欲しい」

「貴方の方から伝えればいいじゃないですか」

「ザックの前では猫をかぶっていたいんだよ」

「……そういうことですか」


 そこまで聞いたアヒムは一度大きく溜息をつく。


「おーい、話だったら俺も聞かせてくれよ」


 それに気付いたのか、今度はザックが不満そうな顔で二人に声をかける。

 その様子に苦笑いを浮かべながらアヒムは”貸しにしておきますよ”と最後に小さくハルに告げて、ザックの方へと歩み寄っていった。

次話は三日以内を予定しています

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