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狂信者はシにました  作者: 黒助
第二章 ― 捕食者の声
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第六話 ― ”調査”と”道連れ”

「それで? どうして私がこんな護衛のような真似を……」

「だって、知り合いの中では一番強そうだったから。最近はどうにも物騒なんだよね」

「一商人に何を期待しているんですか貴方は……まぁ、私としても取引相手がいなくなるのは困りものですけど」


 ザックの調査が終わるのを待たぬうちに、ハルはハルで行動を開始していた。だが、所詮子供一人では限界がある。真面目に話も聞いてもらえないのでは意味が無いので、その対策にハルはアヒムを用意した。アヒムは初めこそ”何故、私が”とぶつくさ呟いていたけれど、さすがに得意先の頼みは無碍に出来ないようである。


「というより何ですか、その喋り方」

「……言うな。私だって似合わないことぐらい自覚している」


 周りに聞こえない程度の声でハルは言う。

 アヒムからすれば”むしろ年相応だ”と言った感じなのだが、わざわざ口にすることはない。目の前の少年にそんなことを言えば、すぐに皮肉が返ってくることくらいは容易に想像できた。


 なのでアヒムは無言で彼の後ろを歩く。どこを歩いても木か畑かという牧歌的な風景に飽き飽きしながら彼は暇つぶしにと、ハルに以前から気になっていたことを尋ねることにした。


「そういえば聞いたことなかったですけど、どうして香水のことお母様には内緒にしているんです?」


 まさか、作り方を教えても彼女には作れないというわけでもないだろう

 それなら親子で作ればいいだろうに、生産ペースだって上がって――


 そうすれば自分にとっても儲け話が増えるんだが、とアヒムは思う。

 ”利権を気にしているのか?”そんな子供相手に考える内容じゃない邪推がすぐに浮かぶ辺り彼もかなり毒されてきているのかもしれない。


 そんなアヒムの心を読んだようにハルは一瞥すると、彼に説明する。


「たいした理由じゃないよ。一つはあまり期待させるような行動はしたくないってこと」

「期待、ですか?」

「正直、リキュールの件だけでもギリギリだ」


 ”つまり目立ちたくないということだろうか?”とアヒムは思案する。

 ”次は何を作るの?”、”こんな物も作れるのね!”そうやってハルを褒めるフィーリアを想像し、アヒムは乾いた笑いを漏らした。


 ただ、どうやらハルの真意は別のところにあるらしい――


「けど、一番の理由としては出来れば母さんには香水を作って欲しくないってのがある」

「どうしてです? 別に家族で作ればいいじゃないですか、食べていくのには困らないぐらいは十二分に儲けられますよ」


 アヒムは食うに困らないなどと、かなり控えめに表現したものの、実際には周りが作り方を見つけるまでに一財産築いても余りある商品だ。


「……お母様が香水の生産を独り占めするのを心配して、とか?」


 遠慮がちにアヒムはハルに聞く。その言葉を聞いてハルは一瞬キョトンとしたかと思うと、すぐにソレを笑い飛ばした。


「冗談よしてくれ。そこまで狭量でもないし、彼女だって息子から利権を巻き上げるような面の皮の厚さはしていないよ」


 ”だったら何が問題なんだ”


 彼のそんな疑問に先んじるようにハルは”けれど”と続けた。


「……彼女は少々儲けというものに無頓着なところがある」


 確かに獣人と結婚したとはいえ、薬師ならもう少し稼げる場所に住めばいいのに、とアヒムも思ったことがあった。

 ハルはアヒムに問いかける。


「例えば、母さんは村に、虫下しを卸しているが――アヒム、君だったらいくらで売る?」

「虫下しですか? 原料の知識がないのでなんとも言えないですけど――」


 いきなりなんなのだ、と訝しみながらもアヒムは頭の中で大まかに計算を行っていく。


 確か、街で見たときは銅貨で五十枚ぐらいだったか?

 卸値で尚且つ街の物価であることを差し引いて――


「まぁ、銅貨で三十枚ぐらいでしょうか」


 そのアヒムの言葉にハルは驚いたように目を開いた。

 どういうことだ、と首を捻るアヒムにハルは告げる。


「ほう、そんなにするものなのか」

「そんなにって……貴方が言い出したことじゃないですか」

「いや、私も街での値段はよく知らないからな。彼女なら安く売ってるに違いないとは思っていたが……」


 ハルの言葉にアヒムは呆れた。何せ自分も知らないのにそんなことを聞いてきたのだ。

 ハルらしくない、と彼は思う。


「で? いくらで売ってるんです?」

「十枚だ」

「は?」

「あの人は銅貨十枚で村にその薬を卸している」


 ハルに聞かされた衝撃の事実に今度はアヒムの開いた口がふさがらないようであった。


 十枚? まて、私がその値段で仕入れれば、儲けは――


「いちおう言っておくが、商人には同じ値段で卸していないからな?」

「……そうですか」


 そこまでうまい話はない、と分かっていても彼は体から力が抜けるのを禁じえなかった。そんなアヒムに冷たい視線を向けつつハルは言う。


「これで分かっただろう? はっきり言って香水の原価は高くない。私が君からもらう金も言ってしまえば暴利といっていい」


 香水一本で銀貨一枚いくか、いかないか。都市部で売れば確実に銀貨一枚をこえる商品だ。アヒムが売値をハルに伝えたことはないが、どうやらハルもそのことは理解しているようである。


「もっとも、君はその値段にさらに随分な上乗せをして利鞘を稼いでいるようだけどね。それでも、安いほうなのだから信じられないな」


 ”宝石カルテルならぬ香油カルテルが価格調整でもしているんだろうか”とハルが考えたのも無理もないことであろう。


「そこで、作り方を知った彼女が香水を卸すようになったらどうなると思う?」

「ああ……なるほど」


 彼女は間違いなく利益ギリギリでこの村や他の商人に卸すだろう


「そうなれば十中八九、香水は値崩れする。それが広まるかどうかは別としても、間違いなくこの近辺での商売はやりにくくなるだろうな」


 言いながらハルは指を立てる。そのままグルグルと指を回した。


「そして最悪の場合、香水の製法を彼女が拡散する可能性もある。そうなればもう私達では商売にならない。利に聡い商会は一瞬で聞きつけて大規模な生産ラインと材料の入手ルートを確立してマーケットを席巻するようになる。仮に私たちが十の値段で香水を売ろうものなら彼らはすぐさま九で売る。それに対抗して八で売れば、今度は相手は七だ。何にせよそうなってしまえば私たちには万に一つも勝ち目がないことぐらいアヒムにだって分かるだろう?」


 ハルの言葉にアヒムはどうにかこうにか”なるほど”と漏らすことしか出来ない。商売人たる自身よりもずっと商売人らしい、とアヒムは思った。


「役に立つ物は皆で共有してこそ社会が発展する、その考えは立派だが私達のような人間の意図にはそぐわないよ」

「私たちのような、ですか」


 ハルはアヒムの言葉に大きく頷く。


「そういうわけだからアヒムも黙っていてくれよ」


 ”沈黙は金だ”ハルはアヒムをジッとみながら言い聞かせるように告げた。


 アヒムにとっては聞きなれない言葉である。

 だが、その言葉に彼はある種の真理を感じ取った。


『沈黙は金』確かにそうなのかもしれない


「分かってますよ。私だって自分の食い扶持を荒らすような真似したりしませんって」

「そうか、それならいいんだ」


 アヒムの返事に”それならこれ以上言うことはない”とハルは再び歩き始める。

 そのまま、しばらく歩き人通りの多い場所に出ると、すれ違う住人達の中にはハルに挨拶をするものもいた。そういった人たちは大抵ハルを見て笑顔を浮かべ、後ろを歩くアヒムをみて怪訝そうにしている。ハルはいえば、そんな住人の困惑も気にせずに、決まって社交的な笑顔を浮かべながら元気のいい返事を返していた。


「あの……さっきから何してるんです?」

「何って、調査だが?」


 ”これが調査か?”とアヒムは疑問に思う。

 やっていることといえば、その辺の村人の井戸端会議に耳を凝らすか、人と話しても二言三言、当たり障りのない話をするだけである。


 いい加減アヒムが面倒になり始めたころ、一際大きな声が二人の横からかけられた。


「あんらぁ! ハルちゃん、今日はまたどうしたんだい?」


 アヒムは急なことに驚き、声のした方向を見やる。そこにはまさに田舎の女といった感じの野暮ったい女性が立っていた。年齢は三十代前半といった感じで、痩せた人間の多いこの村にしては、珍しく標準か、やや太めである。優しそうな眉の形と丸顔のおかげか、人の良さそうな顔つきだ。


「こんにちは、アンさん。ちょっと探し物をしてるんだ」

「おやまぁ、見つかりそうかい? それに、そっちの素敵なお兄さんは?」


 不思議そうな顔をアヒムに向けたまま、矢継ぎ早にアンは質問する。


「ああ、私は旅の商人で――」

「アヒムさんだよ。探し物が見つからなくて困ってたら、手伝ってくれるって!」


 ソレに答えようとアヒムは口を開くが、それより先にハルがアンに説明する。ハルの目は”自分が説明するから余計なことは言わないでくれ”と物語っていた。


「そりゃあ、よかったじゃないか! お兄さん、ハルちゃんのことよろしくお願いするよ」

「え、ええ、お任せください」


 そう言って肩を叩くアンにしどろもどろになりながらアヒムは了解する。


「それにしても、お兄さん、なかなかいい男だねぇ」

「ハハハ、そんなことは……」


 困ったように頬をかくアヒムの耳元にアンは口を寄せ――


「……よかったら、後でうちに来ないかい?」


 そう、囁いた。

 どう答えたものか、と冷や汗をダラダラと流すアヒムの横でハルは涼しい顔をしている。そして、ボソリとアヒムにだけ聞こえるように”モテモテだな?”と笑った。それに対して”貴方こそ、いい感じにマスコットしてるんですね”とアヒムも皮肉を返す。


 声をかけてくるのは村でも一部さ


 何となしにハルの口からこぼれた自虐は、誰に聞きとがめられることもなく虚空へと消えた。


 そんな二人の影でのやり取りに気付くこともなくアンは一人喋り続けていた。まるで人と話せるのが楽しくて仕方ないといった調子で、二人の返事も聞かずに次へ次へと話題はコロコロと変わっていく。


「全くこんな小さな子だって、ちゃんとやってるっていうのに。ホント、村長のとこの馬鹿息子にも見習って欲しいもんだよ。あっ、でも、長男だけよ? バートちゃんはちょっと人見知りだけど心根はいいこでねぇ、この間も――」


 気が付けばアンは村に対する不満を話している。そんな乗りに乗った彼女をどう止めるべきかとハルとアヒムは互いに目配せをしていた。


「――ってことがあってね? ……あら、あたしったら一人で喋りこんじゃって、ゴメンね。それと今言ったことは内緒ね」

「うん、分かってるよ」


 ようやく見えた話の終わりを、逃すまいとハルは返事を挟みこんだ。


「ふふ、ハルちゃんは可愛いわぁ。ウチの息子もこのくらいだったらねぇ」


 そんなハルの姿が素直な子供に見えたのか、アンはしみじみとそんなことを愚痴る。


「ここだけの話、ウチの息子ったらこの間、村長のとこのと喧嘩したみたいでね」

「グレッグと?」

「……何かあったんですか?」


 そんなことを聞くアヒムをみながら”何かあったか?”とハルは最近の記憶を探る。あれ以来グレッグのことは特に注意していないハルであったが、どうにか記憶を探ると、”そういえば小競り合いがあったような”とおぼろげながら思い出した。


「いやね? 大したことじゃあないんだけど……」


 アンはそこで一度言葉を区切ると、グイッと二人のほうに体を乗り出した。


「二人ともここだけの話にしといてくれよ?」


 そう前置きしてアンは声を潜める。

 その様子にハルとアヒムは神妙に頷いた。それを確認するとアンはもったいぶった様にしながら続ける。


「実はね、あたし見ちまったんだよ。あの子が周りの目がないことを確認しながらあの空き地に入ってくのをさ」

「空き地?」


 アヒムは尋ねるようにハルに目配せした。

 なのでハルは適当に空き地について説明を補ってやる。


「それって、あの石だらけで耕せなかったって放置されてた?」

「そうそう! 確かめたわけじゃあないけど、ありゃあ、何かろくでもないことしてるに違いないね」


 どこか興奮した様子でアンは言う。

 ”主婦というのはどこでも噂が好きなものなのだな”とハルは目の前の女性を見ながら思った。


 とはいえ、ハルが少しだけその真相が気になったことは仕方のないことである。適当に話を切り上げて見に行ってみようか、などと考え始めていたときであった――


「あれ? ハルくん……と誰?」


 一体今日はなんなんだ……


 ハルの知り合いがまたこの場に増える。その事実にハルは意図せずに顔が引き攣るのを感じる。

 

 ”神の思し召し”


 そんな冗談とも本気ともつかない言葉が彼の脳裏に浮かんで消えた。


「あらあら、アリスちゃんもハルちゃんを手伝ってるのかい?」

「えっと……何かあったの?」

「いや、何も――」


 面倒なことになる前にハルがアリスの言葉を否定しようとするが、その試みが成功することはなかった。


「なんだ違うのかい、なんでも何か大切な物無くしちまったんだとさ。そうだアリスちゃんにも手伝ってもらったらどうだい?」


 ハルの答えを待たずにアンはアリスに伝える。おまけに微妙に話を大げさにして。

 彼は物を探している、と言っただけだったのだが、いつの間にやら大切な物をなくしたことになっていた。


 その話を聞くと予想通りアリスは――


「わ、私も手伝うよ?」


 などと張り切っている。

 面倒なことになったと頭を抱えるハルにアンは”よかったじゃないか。これできっとすぐに見つかるよ”と無責任に太鼓判を押していた。


「えっと……あの子は?」

「……友人だ」


 そんな中、一人ことの経緯を把握できていないアヒムはハルにそんなことを尋ねる。


「いたんですか、友達」


 そうポロリとこぼしたときのアヒムの顔が今日一番の驚愕に染まっていたことを確認し、ハルは次の取引でゴネてやろうと心に誓った。

次話は三日以内を予定しています。

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