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狂信者はシにました  作者: 黒助
第二章 ― 捕食者の声
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第五話 ― 村人Zの証言

  ”少し村に行ってくる”そう言って出かけようとしたハルに対して両親は口うるさく”決して遅くならないように”と言い含めた。延々と喋り続ける両親をハルがなんとか納得させたのは今から四半刻ほど前である。


 ようやく開放された、と息を吐きながら村の中心部を目指し歩いていたハルにその男は威勢のいい声を投げかけた。


「おお、森ンとこの! 今日も学校か?」


 半ばグロッキー気味だったせいもあり、俯き加減だった顔を上げその男に言葉を返す。


「ううん、今日はちょっと村に用事があって、ザックさんはなんだか元気そうだね」


 ハルの返事に対し、ザックと呼ばれたその男は、無精ひげの生えた厳しい顔に不釣合いな笑顔を浮かべる。もう若くはないはずなのに、畑仕事で鍛えた体はやたらと生気に満ち溢れ、体力が有り余っているように見えた。


 ザックはハルが村に来るようになった初めの段階から、半獣人だということも気にせずに声をかけていた大人の一人である。彼の言う”森ンとこの”というのも、初対面だというのにいきなりハルに付けられていた呼び名だ。ザック曰く”森の入り口に住んでんだから森ンとこのだろ?”とのこと。


「ハッハッハッ、坊主のおかげでな! おめぇに言われた通りにあの薬草を煎じて腰に塗ったら調子がいいったらねぇんだ」


 ザックは豪快に笑う。


「それは良かった。でも、あれは一時的なものだから、酷くなるようなら母さんに薬を出してもらったほうが――」

「いやいや、十分だぜ。それに薬となると金がはるからな」


 ”この通りよ!”と腰を捻って完治したとばかりにアピールするザックを見てハルは、どうやら薬を買う気はないらしい、と判断する。それほどお金に困っている様子はないのだが、あるいは生来の倹約家なのかもしれない。


 身なりこそ若干不潔なきらいはあるが、その実、彼のことを悪く言う人間はこの村に多くない。豪快な性格と物怖じしないフレンドリーさのせいで憎まれにくいのだろう、とハルは目の前の人物を評していた。


「にしても、珍しいこともあるもんだ。学校でもないのに村に来るなんて」


 話を変えるようにザックはハルに言う。 


「そうかな?」

「そりゃあ、おめぇ、その時ぐらいしかオレは見たことがないぞ」

「それは大げさだって。最近は物を買いにくることもあるよ」

「ん、そうか? まぁ、細かいことはいいじゃねぇか! それで用事ってのは何なんだ? 腰の礼に手伝ってやるから言ってみな」

「別にそんな――」


 ”大したことではないから”そう言おうとしたが、ふと、案外ザックに頼んでみるのもいいかもしれないという気持ちが鎌首をもたげた。見た目には豪快であるが、これでなかなかにマメな男だ。


 下手に自分で村の中を嗅ぎまわるよりも効率的かもしれない


「それじゃあさ――」


 そう考えたハルは、盗賊や獣害の件は伏せたままで、ザックにことのあらましを説明する。


「ふむ、ってぇと最近この村で何か変なことが起きてないか調べてんのか?」

「別に噂でもいいし、最近、誰々を見かけないって程度でも分かればいいんだけど」

「見かけなくなった人間、ねぇ? なんだ随分物騒な話だな」

「まぁ、気のせいなら、気のせいで別に――」


 ”当てが外れたか?”そう思い、話を切り上げようとしたハルを制するように、ザックは目をカッと見開き声を荒げた。


 どうやら思い当たる節があったようだな


「いや! いや、ちょっと待て! そう言われてみれば最近やたらと自警団が集まることが多くなったな」

「自警団が?」

「ああ、今年は肉が多く取れてたから、てっきり倉庫番でも増やしてんだろうと思ってたんだが……」


 自警団とは村人たちの中の有志で結成された集団だ。村が有事の際には率先して動くほか、普段の警備や野犬狩りの際にも初めに動かされる。ザックがいうように村が領主に収める農作物や肉類が獣に食われないように見張るのも彼らの役目だ。


 ――そしてこの自警団には、”村で認められるため”と他ならぬアドニスも参加していた。


 自警団か、なるほどね

 となるとアドニスは自警団経由で何かを察した、もしくは聞いたといったところか


「けど、それにしたってこの辺の人間に何かあったって話は聞いたこともねぇ」

「この辺りでは……か。僕らみたいに村の外れで暮らしている人たちも確かいたよね? そっちはどうかな」


 村で問題を起こし、村八分になった人間や、獣人である自分達のように積極的には村に馴染めない存在、他にも自ら村を離れて生きることを決めた一部の者たちは集落から少しはなれた場所に居を構えることが多く、そういった者達は、必然、この辺りで見かけることも少なくなる。


 そう考えたハルはその可能性をザックに提示する。


「……それは……いや、だが、確かに……」


 ザックにも心当たりがあったのかしばらく悩むような様子で辺りをうろうろと歩き回り、独り言のようにボソボソと何かを呟いていた。

 数十秒ほどそうすると、急にザックはピタリと足を止めハルのほうに向き直る。


「……なぁ坊主、村で何が起きてんだ?」


 真剣な顔でザックはハルに尋ねた。


「ごめん、それは僕にも分からないよ」


 ハルはその問いかけに申し訳なさそうな表情を作り誤魔化す。

 ここで推論を言うのは簡単だ。しかし、それをしてしまえばザックはいやでもその予測を念頭において考えるようになるだろう。その結果、彼が事実から予測するのではなく、予測にあわせて事実を捻じ曲げるような事態になることは避けたかった。


 そんなハルの考えを知るはずもないザックは慌てて取り繕う。


「そうか――いやぁ、俺もなんで子供にこんなこと聞いてんだろうな」


 ”俺が答えてやる立場なのに”


 そう言うと、ザックは急に真面目な雰囲気を崩し、恥ずかしそうにボリボリとフケの積った頭をかいた。


「何か坊主と話してるとよぉ、どうにも調子が狂っちまうっていうか、そのぉ……そう! おめぇが子供だってことを忘れちまうんだよ」

「僕は大人だよ?」

「ハハハ、そういうこと言ってるうちはまだ子供だってんだ」


 ハルにとっては自虐的な冗談であったのが、ザックにしてみれば彼の言葉は大人ぶる子供のソレに違いない。まるで孫でも見るような顔でザックはハルの頭をポンポンと叩く。そして、一転、再び真剣な声でハルに言う。


「俺には坊主と違って学がねぇ。だからよぉ――」


 どこか遠くを見るようにザックは続けた。


「俺が坊主の代わりに足になってやるよ。その代わりおめぇは俺の代わりに考えろ」

「代わりにって……ザックさんも考えてくれたらいいのに」

「バカ言え、俺じゃあまるっきり役立たずだ」


 ”俺が考えたっておめぇの邪魔にしかならねぇよ”とザックは言う。

 ハルは彼の言葉に”そういうものか?”と首を捻った。

 『三人寄れば文殊の知恵』、『船頭多くして船山に登る』そんな諺が二つ同時に彼の脳裏に浮かんだ。


「アルフレッドの小僧が言ってたぜ? お前は天才だってな」


 とんだ見込み違いもあったものだ、とハルは心の中で悪態をつく。天才と呼ばれるほど恵まれた才能を持っていないことなど彼自身が一番自覚していることであった。


 だが、それでも彼の周りの人間たちは彼のことを天才と信じて疑わない。


「アイツだって十分頭がいい。そのアルフレッドが坊主を天才だって言うなら、おめぇは間違いなく天才だよ」


 目の前の男――ザックもまたそんな人間の一人であった。


「どうのこうの言っても、やっぱり俺ァこの村を気に入ってんだ」


 ”生意気な坊主もいるけどな”そう言ってザックはガハハと声を立てて笑った。

次話は三日以内を予定しています。

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