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狂信者はシにました  作者: 黒助
第二章 ― 捕食者の声
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第四話 ― 切っ掛け

 アリスを無事家に送り届けた後、アドニスはただ無言で家への帰り道を進んだ。その隣には同じように無言で歩くハルがいる。身長の違いのせいでアドニスが普通に歩いていても二人の間には距離が生まれ、それに気づいてはアドニスは意識して歩調を緩めていた。先ほどまで明るかった道も今は茜色に染まり、二人の影は夕日を受けて長く伸びていた。


「全く、別にハルは来なくてもよかったんだぞ」

「アリスとは友人だから……友達と長く一緒にいたいと思うのはいけないこと?」


 ”友達”そんな言葉がハルの口から出たことにアドニスは驚きを隠せないでいた。それと共に嬉しくも思う。”これまで友達などと一度も口にしなかった息子にも、そう思えるような相手が出来たのか”そんな喜びを感じながらアドニスはハルに笑顔を向けた。


「いいや、いいことだとも、本ばっかり読むよりもずっと。だから、その気持ちはちゃんと大切にしないとな」

「……うん」


 言葉少なにハルは言う。その顔にはわずかばかりの険が見て取れた。


 この子には似つかわしくない顔だ


 自分に似ず可愛らしい顔をした息子にアドニスはそんなことを思う。いつの間にかハルの癖になっていた角を撫でるような動作を見ながらアドニスはその横顔を観察した。


 フィーリアに似て本当によかった


 それでも外見の所々に現れた自身と同じ特徴がこの少年が自分の息子であることを示すようで、アドニスはなんとも言えず嬉しい気分になる。

 親子水入らずの静かな空気。それがアドニスには言葉を交わさない親子のコミュニケーションのように感じる。


 ――しかし、そんな空気を破ったのは他ならぬ彼の息子であった。


「ねぇ、何かあったんでしょ?」


 確信を持って断定したようなその口調にアドニスは一瞬言葉を詰まらせる。そして、それと同時にハルが自分についてきたのは、友人を見送るためだけではないことを悟った。


 ハルはアドニスと二人になるためについてきたのではないか、とアドニスは思考する。これはあくまでフィーリアのいない場所で自分に探りを入れるための切っ掛けに過ぎないのではないか、と。


 アドニスは確かにフィーリアと比べると隠すのが下手であることを自覚していた。だからこそハルには後でフィーリアが説明する手筈だったのだ。これほど早くハルが異変を嗅ぎ取ることは想定していなかった。


 そんな内心の焦りを悟られぬようにアドニスは空惚ける。


「ッ……何か? そうだな、そういやぁ、昨日は酒の飲み過ぎだって母ちゃんにどやされちまったなぁ。だけどハルの造る酒が美味いんだから仕方が――」

「村で……」


 誤魔化さなくていい、そう告げるようにハルはアドニスを見やる。


「村で何があったの?」

「オイオイ、何を言うんだ」

「さすがにあからさま過ぎるよ。今まではあんな時間に家に連れ戻されることも無かったし、心配はしてもわざわざ家まで送り届けるようなことは無かった」


 アドニスの頭は何とかして言い訳を考え出そうと動き出す。しかし、どんな言い訳もハルを納得させるビジョンは浮かばなかった――自分より遥か年下の子供であるはずなのに、だ。


「父さん――」


 アドニスの無言を肯定と受け取ったのだろう、ハルは語気を強めた。決して大きくはない、むしろ子供特有の高く小さな声であったのに、今までのどんな詰問よりも逃れがたくアドニスに響く。


「――何か隠してるよね?」


 ”そんなわけ無いだろう”そういって笑いかけてやらねばならない、アドニスはそう考えていた。無理やりに笑い顔を作り、ハルの抱えた疑惑を笑い飛ばさなければならない、それが親の責務だ、アドニスは揺れ動く心をどうにか落ち着けようとする。


「何かって、そんなこと俺は――」


 言おうとしてアドニスは口を噤んだ。先ほどまで愛らしい笑みを浮かべていた息子の顔はそのままに、目には底冷えするような光が宿ったようであった。その様は、まるでさっきの今で中身が別人に変わってしまったような錯覚をアドニスに抱かせる。


「と、とにかくこの話は終わり、終わりだ! ハルが心配するようなことなんて何もありゃあしないんだ!!」


 ”これ以上ボロを出すまい”そんな意図でアドニスは無理やり話を終わらせる。しかし、その行動自体がハルの言葉をこれ以上ないほどに肯定していた。


「……そっか」


 息を荒げたアドニスにハルは済まなそうに言う。


「ハァ、ハァ……あっ、いや、その、悪かった、急に大声を出して」

「こっちこそ、ごめんなさい、疑って」


 そう告げるハルの顔には再び明るさが戻っていた。

 アドニスはそんなハルの頭をワシワシと撫でる。そんな父に向かって彼はスッと目を細めた。


 ――――――


 アドニスとハルが家に着くとフィーリアは既に夕食の支度に取り掛かっていた。普段ならまだ調薬などをしている時間帯であるのだが、薬草摘みをしない分、時間が余っていたのだろう、とハルは判断した。 アドニスと二人、帰ってきたことを告げるとフィーリアは”もう少しで、出来るから”と申し訳なさそうに告げる。


 それを聞いたハルは”少し疲れたから”とフィーリアに言い、一人寝室で横になっていた。そして耳を澄ませ両親が部屋に向かう様子がないかを探る。しばらくそうして近くに気配がないことを確認するとハルは手馴れた様子で虚空に呼びかけた。


「トウカ、聞いているか?」

『あらあら、お呼びかしらぁ』


 すぐさまその呼びかけに応じるようにトウカの声が響く。


「さっきのことで君の意見が聞きたい」

『ワタシなんかよりも彼を追及したほうが早いんじゃない?』

「何かあったことは分かったんだ、それ以上は望めないだろう。それに下手に追求しても薮蛇になるかもしれないからな」


 どちらにしてもアドニスがこの件に関して口を開くことはないだろう


 そう判断したからこそハルは早々にアドニスへの追及を切り上げたのだった。


「で、トウカはどう思う?」

『そんなのアナタのほうが詳しいでしょう?』

「冗談はよせ。私と君ではこの世界に関わってきた年月が違いすぎる」

『模造品のワタシでも?』

「曲がりなりにもこの世界の神だろう」


 神だというのに、何故かトウカはハルにおんぶに抱っこである。特別、ハルの意見を否定することも無ければ、求められない限り自身の考えを述べることも無い。まさに傍観者という言葉が相応しかった。


 それでもハルが意見を求めると大抵の場合”仕方ないわねぇ”と言いながらもどこか嬉しそうな声でトウカは自分の考えを口にするのだ。


 もしかしたらメタフィクション的な立場で小説の登場人物に、そこはこうしたほうがいい、なんて口出しする読者のようなものかもしれない、とハルは想像する。そう考えると自身も同じ立場なら似たような事をするだろう、と怒る気も失せてしまうのであった。


 そして今回もトウカはどこかずれた意見をハルにする。


『ふふん、中世が舞台のシュミレーションゲームだったら、人間が恐れるものなんて飢饉か疫病、そうじゃないなら戦争か獣害か盗賊って相場が決まってるわぁ』


 堂々と言うことでもないだろうに、自信たっぷりに言うトウカに対して”またゲームに影響されたか”とハルは内心で吐息した。日に日にトウカに増えていくゲーム知識にハルは呆れはてる。


「経験談が聞きたかったんだが……まぁ、私も大体トウカと同じ意見だ」


 飢饉、疫病、戦争、獣害、盗賊、確かにどれもアドニスを焦らせるには十分すぎる。ハルはこの五つのうち初めの三つについては即座にその可能性を否定する。


「飢饉は……ありえないな。アヒムが気になることを言っていたが、少なくともアドニスの行動とは一致しない。疫病は、家にいればいやでも分かる。特に薬を多く卸しているわけでもないようだし、これも無いだろう。戦争なんてもってのほかだ、そんなものがあればいやでも噂になるし、アヒムの耳にも届いていないというのは不自然だからな。だとすれば――」

『獣害か、盗賊、かしら。アナタはどちらだと思うの?』

「さぁな、盗賊は……まぁ、さもありなんという感じだが、獣害のほうは該当するようなものがいるのかも分からん」


 ハルは髪をグシャグシャとかきながら言う。


『案外、同属(じゅうじん)かもしれないわよ?』

「有り得るから、笑えないな」


 明日は少し村で話を聞いてみようか


 役に立たない女神の皮肉を無視して、彼はそんなことを考えていた。

次話は三日以内を予定しています。

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