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狂信者はシにました  作者: 黒助
序章 ― 狂信者はシにました
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プロローグ ― 狂信者は会いました

「ここは……どこだ?」


 目覚た場所は全く身に覚えのない場所だった。

 まるで全ての電気を消した博物館のような空間にこちらに進めと言わんばかりの一本道が薄ぼんやりと輝きながら伸びている。黒一色のはずであるのに何故か周りの様子は手に取るように把握できる。それがこの場所の異常さを物語っていた。


 私は……あの男に刺されて、それで――


 ふと、今更ながら体に痛みがないことに気が付く。切られたはずの右手は何もなかったかのように元通りになっており、本来なら立つことさえ辛いはずの腹部の裂傷は跡形もなくなくなっていた。


「私は死んだのか?」


 誰にでもなくそんなことを尋ねた。当然答えなど帰ってくるはずもなく辺りは静寂を保ったままである。

 “死んだのか?”などという自問は現実ならば考えること事態がナンセンスであったが、今の状況を的確に説明するには、いっそこの場所が死後の世界であると考えるほうが幾分か納得できた。


 そもそも想一は司祭であり、加えてそれなりに長い時間を宗教というものに費やしてきた。死後の世界について考えたことも聞かされたことも一度や二度ではない。目の前に広がる空間がそれ以外の説明が付かないと言うならば、それを否定する必要性が見つからない。


 死出の旅路……か


 仏教ならば三途の川を渡り、キリスト教ならば背負った罪科次第では煉獄で身を焼かれる。


 想一たちの教義では死ぬまでの人生を見つめなおす道を通りながら神の元へと向かっていくと記されている。目の前の光景から判断し、彼はどうやらその教えというのは間違ってはいなかったらしい、と結論付けた。


 少なくとも三途の川は目の前にはなかった。あるいは信仰する神によって其処に至る道筋自体も違うのかもしれないと想一は考える。

 なんにしてもかなり貴重な体験をしていることは間違いなく、この経験を誰にも伝えられないことになんとも言えない歯がゆさを感じていた。


 ……この先には何があるのだろか?


 暗がりの中でわずかに光る道筋を目で追う。目を細めて奥を見ようとしてもただどこまでも広がる闇が見えるだけだった。


「とにかく進むか……。ここにいてもどうしようもない。もしかしたらこの先には今まで知らなかった世界が続いているかもしれないしな」


 想一は元来、死と言うものに対する鈍感さが自分にはあると思っていた。それはおそらく半分は正しかったのだろう。現に今このような状況になっても死と言うものを冷静に受け止めてしまっている。


 だが今にして思えばその冷静さの大部分は生前知りえなかった“死後の世界”という宗教そのものが抱える最大のテーマに自分が臨んでいるという喜びのようなもののおかげだったのかもしれないな、と想一は思う。


 そんなはやる気持ちを抑えながら想一は一歩一歩かみ締めるように歩を進めていった。カツ、カツと乾いた靴の音だけがいやに大きく彼の耳に届く。


『お前のせいで……』


 しばらくそのまま歩いていると急にそんな声がかけられる。いや、自分にかけられたと想一は思った。実際にはその声は彼にかけられたものであって、そうでなかった。


 想一はその聞き覚えのある声に思わず足を止める。聞こえてきたほうへと体を向けると、宙にテレビ画面のようなモノが浮き上がっており“あの男”を大写しで投影していた。映画館のスクリーンほどあるだろうか、その映像の男は苦しそうな、あるいは憎悪に満ちたような視線をスクリーン越しに向けている。


「これは……」


 そうつぶやいた瞬間、プツン、プツンと一昔まえのブラウン管テレビのような音を立てながら一斉に大小ざまざまな大きさのスクリーンが展開されていく、その一つ一つにいつかだったか彼が経験した出来事や、関わった人間たちが映し出されていた。その様子に呆気に取られながらも彼はなんとなくパソコンに際限なく開く迷惑広告を思い出していた。


 その映像の登場人物皆は皆一様に、想一へと視線を向けている。中には目だけの映像もあったがそういった画像のほうがむしろ深い感情を投げかけているような気もした。


『お前のせいで』

『どうして』

『司教様』

『このペテン師が!!』

『貴方のおかげで』

『私は救われますか?』


 一斉に喋りだしたそれらがまるで呼び水のようにこれまでの人生を喚起する。


 司教、ペテン師、詐欺師、お前、キサマ、クズ、あなた、キミ


 ――ソウイチ


 こうして見てみると色々な呼ばれかたをしたものだ


 その中には明らかに侮蔑に満ちたものもあれば、同じ志を持つ人間へ向けるような親しみのこもったものもある。そして――


「父さん、母さん」


 その画面には身を屈めて視線を子供に合わせようとする父と母の姿が映っていた。

 画面の中の彼らは”ソウイチ、ソウイチ”と何度も名前を呼ぶ。


 そういえば自分のことを名前で呼ばれるなど、どれくらいぶりか……

 思えば随分と長いこと私は司祭だったのだな


 いつの間にか他人の言う罵詈雑言は自分を傷つけなくなった。

 いつの間にか信徒たちの喜ぶ顔が心を満たさなくなった。


 いつの間にか私は――


「雨宮想一、性別は男、三十三歳、両親とは十二歳で死別、二十三歳で入信、以来十年間信者であり続けた。最終的な階級は司教、か。へぇ、なかなか壮絶な人生を送ってるじゃない。……ところで、このなんたら教って有名なのかしら? 聞いたことないんだけど?」


 思考をさえぎるようにそんな言葉が彼の背に向かってかけれられた。その声は明らかに映像から流れる声とは違い、それらよりも小さいはずなのにもっともはっきりと耳に届く。


「ッ!?」


 驚いて振り向いた視線の先には一人の女性がいた。”いつの間にそこにいたのか”そう問おうとした想一は思わず口を閉ざした。どうやって後ろに立ったのか、ここはどこなのか、そんな疑問以上に目の前の女性の姿のあまりの異常さに言葉を失ってしまったのだ。


 目の前に立った女性は見目麗しいという言葉がピッタリであった。長く伸ばした髪は地面に着きそうなほど長く、大きな目と整った細い眉、すっきりとした輪郭に、白い肌。背丈は想一よりもいくらか低いが、それでも百七十センチほどはありそうだ。


 しかしその美さ以上に彼を困惑させたのは、その体の所々に現れた特徴のせいであった。しなやかな髪はどうやって染めたのか、所々斑に色が混ざり合い、血を思わせるような真紅があれば暗闇を思わせる黒髪、白子のような白髪に、明るい金色、そのほかにも多種多様な色が混じりあい一言では言い表せない状態になっている。その特徴は瞳にも表れているようで、見方によっては青にも赤にも碧にも見える不思議な瞳だった。


 服装は着物のようなものを着ているが、随分と今風にアレンジされているようで、いやに長い袖とそれとは対照的に太ももまで露になった短い裾が特徴的だ。


 しばらく想一がそうして言葉を失っていると、いつの間にか彼女の心の底まで覗き込むかのように鋭く煌く瞳がジッと彼に向けられていた。


「有名かどうかは人によるだろう……ただ、少なくとも三大宗教には含まれていないな。それよりも君は――」

「なんだ、それじゃあやっぱり”なんたら教”で十分じゃない」


 想一が言いきる前に目の前の女性は小馬鹿にするようにそうかぶせる。

 その言い方が不快感を煽ったのか表情に乏しい彼の眉がピクリと動いた。そのことに気付かないのか、あるいはわざとそうしているのか、彼女は気にする様子もなく続けた。


「それにしても……ふふ、ワタシを”キミ”なんて呼んだのはアナタが初めてよ?」


 質問に答えず、彼女は何が楽しいのかクスクスと口元を隠しながら笑う。


「何にでも初めてはあるものだけれど、アナタがワタシの初めてというわけね。どうかしら、光栄? それとも不満? ワタシは不満だけど我慢するわぁ」

「そうか、それは良かった」


 彼女からの問いかけに想一は表情を変えないまま皮肉を返す。


「それよりも質問に答えて欲しいのだが? 君は誰だ、それにここは――」

「あらあら、久しぶりに面白い男かと思ったのに……アナタも所詮は有象無象なのかしら? そう急くものではないわ、早い男は嫌われるらしいわよ?」


 こちらの言葉をさえぎり女は言う。

 飄々とした女の態度に想一は頭が痛くなりはじめていた。

 これまで彼は別段女性というものを特に苦手だと感じた事はなかったし、職業柄女性の話を聞くこと自体も少なくはなかった。だというのに想一はどうにも目の前の女性に対しては距離感というものが掴めない。


 友好的にも見えるし、一方でひどく排他的にも見える。

 社交的に思える喋り口も、その端々から利己的な性格がにじみ出ている。


「まぁ、このまま話し続けるのも面白いかもしれないけれど、アナタは不満みたいだし答えてあげようかしら」

「……そうしてくれ」


 もはや訂正する気力もないといった様子で想一が促すと、彼女は心底意外だといった表情を浮かべた。


「あら、止めないの? ワタシとしてはもうしばらくはこうしているのもいいと思うのだけれど……ここだけの話、ワタシと話せる人間なんて滅多にいないのよ?」

「生憎と君に興味がないのでな……ところで一応聞いておくが、もうしばらくとは?」

「もうしばらくは、もうしばらくよ。数瞬か、あるいは数年とか?」

「私の認識では数年と数瞬は並列すべきではないし、数年はしばらくではないんだが」


 想一の答えを聞くと彼女は”ホントにつまらないわね”と不満そうに言った後で、ようやくこちらの問いかけに対する応答をした。


「ハァ……ここはハザマ、ワタシはトゥーカ、親愛の証にトウカって呼んでもいいわよ?」


 ”これで満足?”といった感じでいくら待っても彼女はこれ以上の説明を行おうとしない。どうやら彼女はこれ以上の説明は不要だと思っているようであった。


 一応初対面であるということもあり、想一は”分かるわけないだろう”と言いたいのを我慢して出来るだけ丁寧に聞き返す。


「いや、価値のある情報が何一つないのだが? ハザマ? トウカ?」


 ハザマは……狭間でいいのか?


 トウカという名前も人の名前に使われるような二文字目で下がる発音ではなく、等価だとか灯火といった発音に近い。


 トウカと名乗る女は想一の言葉を無視して続ける。


「まぁ、でもそんなことはどうでもいいじゃない。別に一生……っていう表現は変かしら、ええと、つまりこれからずっとここにいるつもりはないんでしょ? だったらここがどこか知っても意味ないじゃない。ああ、でもワタシの名前は忘れてはダメよ? それは重要なの」


 トウカは長々とそんな要求を一方的に彼に押し付ける。

 何もいえずいる想一の態度を肯定とみなしたのか彼女は”ここからが本題”と宣言して続けた。


「とにかくアナタはワタシのために一つだけ約束してくれればいいの」

「約束?」

「そっ、簡単に言うと――」


 その内容に想一はさらに言葉を失った。


「――ワタシの信仰を広めなさい」

次話は明日を予定しています。

このペースはとりあえずプロローグが終了するまで続きます。

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