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狂信者はシにました  作者: 黒助
第二章 ― 捕食者の声
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第二話 ― 隠された恐怖

 ハルがアヒムとの商談をしているその裏で密かに村の運命を左右する会議が行われていた――


「き、きき、聞き間違いか? 今、何と言った!?」


 ブラムは震える手をとっさに隠しながら、痩せたネズミ顔の男を怒鳴りつけた。精一杯焦りを隠したつもりのようであるが震えるような弱弱しい声と青ざめた顔は事態が逼迫していることをこれ以上ないほど物語っている。


 この場には三人の男がいた。一人は村長のブラム、もう一人は阿諛追従(あゆついしょう)といった雰囲気を纏った小男、そしてもう一人、小男の隣で憮然とした態度をとる筋骨隆々で鋭い目つきの大男の三人である。


 ワナワナと唇を振るわせるブラムを見てネズミ顔の男はいつ雷が落ちるかのとビクビクしているようであった。


「そ、そのぉ……ま、また、村の外れで犠牲が出たのです」


 申し訳なさそうな顔をし、揉み手をしながらネズミ顔の男は恐る恐るブラムに告げる。


「なんという……なんということだ」


 その報告にブラムは手で顔を覆った。


「お、おかしいではないか!? 村に配備した自警団はどうなっておる! 警戒を強化するよう命じたはずではないか! オイ、私は言ったはずだろう、『ダレン』!?」


 ブラムの怒気をはらんだ声にネズミ顔の男――ダレンは飛び上がる。


「そ、そんなことを私に言われましても……」

「村長、いい訳に聞こえるかもしれないが俺たちは命じられた通りに警戒を強めていた」


 先ほどまで口を閉ざしていた大男が口を開く。自警団で団長をしているキールだ。


「だったら何故このようなことが何度も起こるのだ!! 今までこのようなことは一度も無かったのだぞ!?」


 キールの言葉にブラムが食って掛かる。それを無視するようにキールは再び沈黙した。それをマズイと感じたのかダレンは慌ててフォローをいれる。


「それは……私にも分かりませんが――も、もしやまた熊が出たのでは?」

「熊? 熊とな! 馬鹿も休み休み言え! 最後に出たのは五十年以上も前だぞ、この森の熊はとうの昔に狩りつくされておるわ!!」


 事実、最後の被害があった際に熊は領主の軍によって尽く狩られている。それはこの五十年、一度も被害どころか目撃すらされなかったことからも明らかであった。森にいる獣といえば、精々野犬が関の山であるはずだ、とブラムは思案する。しかし、とうの野犬ではこれほど被害を出すことは到底考えられない。被害者の中には曲がりなりにも屈強な男もいるのだ。


「――盗賊がいるという可能性は?」


 ポツリとキールが尋ねる。


「……”奴隷狩り”か」


 その言葉にブラムは顎へと手を伸ばし髭をなで上げる。


 『奴隷狩り』


 この世界において盗賊が盗む者は金品だけではない。都市部では奴隷制度が根強く、一部では主要な産業とも言えるほど賑わいを見せている。そこで盗賊たちは足のつき難い田舎で人をさらい都市部で奴隷として売り払うのである。


 ”犯罪の温床となりうるの制度を何故国は認めるのか?”


 その疑問に対する一つの答えが奴隷貿易が国に与える利益だ。

 奴隷貿易では莫大な金額が国の間を行き来する。そう、奴隷たちの値段は決して安くは無いのである。その価格は人族一人当たり平均して金貨四枚程度で、これは普通の人間が都市部で一月働いた場合の十倍以上にもなる。


 とは言えこの金額が高いのかというと、奴隷たちの寿命は十年ほどが目安であることを考えれば、そのコストパフォーマンスは単純計算で実に十二倍であり決して高くは無い。もちろん実際には奴隷の食事や寝床の確保などもあるのでこのとおりにはいかないが、そのかわり労働時間の面ではずっと長く働かせることもあり、需要は高い。


 ”けれど普通、同じ人間を奴隷として扱うことに抵抗は無いのか?”


 こういった問題で必ずのように出てくる疑問である。その答えは是だ。当然、人が人を奴隷として扱うことを忌避する者もいる。そこで利用されるのが奴隷の交換である。人間の奴隷は獣人たちの国へ、獣人の奴隷は人間の国へ、交換のレートはその奴隷の持っている技術や才能にも依存するが、おおよそ獣人二人に対して、人間一人が相場になる。


 そういった事情もあり国自体が奴隷の売買を肯定しているため、ある意味では安定した収入源たりえてしまう。


 さて、そうなってくると現れるのが、適当に人を攫ってきて奴隷として売りに出す者だ。


 こうやって攫われた奴隷は正規の手順を踏んで奴隷市場に流される前に仲買人へと売り渡される。当然売値は下がるがそれでも金貨一枚は懐に入るため、行う者は後を絶たない。その被害者は主に子供や女が中心であるが、大きな盗賊団であれば男を奴隷として攫う場合もある。


 これが”奴隷狩り”である。


 ”奴隷狩り”その言葉にブラムは頭を抱えた。被害が出始めたのはここ三ヶ月ほどのことだ。初めの被害者は村はずれの子供で、親が目を話した隙に二人の兄妹が忽然と消息を経った。その次が薪を集めに森へと入った青年、さらに木の実を集めに家を出たはずの老婆。これらはあくまで犠牲者のうちの一部だ。


 村の者でないため断言は出来ないが、ここ数ヶ月でパッタリと村を訪れなくなった商人もいる。その行方知れずの商人を除いても、初めの月に子供三人と大人一人、次の月には子供一人と大人が五人、そして今月に入ってまだ半ばだというのに大人は既に三人、今まさに子供の失踪も知らされたところだ。


「村長、もうこれ以上事態を隠すことは不可能だ! 早く領主様に報告して部隊を出してもらわねば――」

「な、何を言うか! 不確実な情報を伝えて領主様のお手を煩わせるようなことがあってよいはずがないだろう!!」


 馬鹿なことを言うな!

 もしそんなことになれば、それは私の責任問題だ

 最悪、首が飛ぶ

 それだけは……それだけは避けねばならぬ


 そう考えたブラムはにべも無くキールの諫言をはねつける。


「そ、そうだぞ! キールなんてことを言うか」


 ダレンもそれに続く。


 腰ぎんちゃくは黙っていろ


 そんな忌々しい思いでキールが、ダレンをにらみつけると、ダレンは尻すぼみになり最後のほうは何を言っているのかわからなかった。


 静かになった部屋の中で村長は今後の対応を思案する。


 いつまで村への誤魔化しがきくかも分からない

 これまでの被害者は幸いにも村の外れに住む偏屈者ばかりだったおかげで、そこまで噂にならずに済んでいたが……


 しかし、これまでの報告を鑑みると被害は少しづつ村の中心にまで迫りつつあるのだ。まるで味を覚えた(、、、、、)といわんばかりに――


「村長、ここから領主様のいる場所まで往復で七日はかかる。領主様に頼らないで”ジンバルト”で腕利きを雇うとすれば往復一月だ」


 キールはサイラスから一番近い街の名を上げ村長に詰め寄る。


「早く動かないと、いざという時が来てからじゃどうにもならない」

「それは……、だがまだ何が原因かも――」

「そんなもの、後で考えればいいだろう! これは明らかに異常事態だ!!」


 キールは煮え切らないブラムの態度に耐えかねて怒声をあげる。その鬼気迫る様子にブラムもダレンも息を呑んだ。


「……ッ! と、とにかくもうしばらくは経過を見るのだ!! ――よいか? 村の者を混乱させぬためにもこのことは口外するでないぞ」


 憔悴した様子でブラムは二人に一方的にそう告げると、部屋から出るように二人に命じた。

 キールは納得できないようで、なにごとか言おうと口を開きかけたが何を言っても無駄だと悟ったのだろう、荒々しい足取りでその場から立ち去る。ダレンもチラチラと二人を伺いながらその場を後にした。


 二人が去った後でブラムは心を落ち着けようと努力する。

 しかし、頭に浮かぶ暗い未来と急に訪れた静けさは、思惑に逆らうかのように彼を焦らせるばかりである。


 こうしてハルが商いに精を出すその後ろで隠された恐怖はゆっくりとその姿を現し始めていた。

次話は三日以内を予定しています。

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