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狂信者はシにました  作者: 黒助
第一章 ― 子供騙し
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第十一話 ― ”目的(リエキ)”は”手段(サギ)”を正当化する

 薄暗い調薬室はあまり日の光が入らないせいか、外よりも幾分か涼しかった。薬品の中には光が当たるだけで分解が始まるものもあるため、それを考慮しての設計である。厳重に固定された棚にはいくつもの陶器が並び、それぞれには中に何が入っているか分かるようにラベルが付けられていた。


 ハルは手馴れた様子でいくつも並ぶ薬剤と器具の中から必要なものを準備していく。


 金属製の蒸留器、油壺、オイルランプ、石灰石、すり鉢――

 そこに自身で用意したいくつかの材料を加えてテーブルに並べる。


 一通りそれらを並べて足りない物がないかを確認するとハルは蒸留器に先ほどアドニスから貰ったばかりの葡萄酒を注ぎこんだ。


「さてと、先ずは蒸留から、か。ええと……火は確か――」


 一人呟きながらハルは隔離されたように置かれた陶器の中で細々と燃える種火を取り出し、ランプへと着火する。まだコンロなど当然ないこの世界では基本的に火を絶やすことはない。一応火打石はあるので全て消えてしまっても着けなおすことは可能であるのだが、それなりの手間がかかることもあり、常にどこかに種火を残しておくのが一般的だ。


 コンロとか作ったら売れそうだな


 油も火打石もあるのだからなんとならないかと頭を捻るが、普通のコンロやライターのように使うにはガスのほうが利便性が高い。当面、そんなものを手に入れられる当てはないので彼はとりあえず頭に浮かんだその案を却下した。


 ユラユラとゆれる炎を蒸留器の下に入れると金属製であるためかカタカタと音を立てる。そんなわずかな音だけが静まり返った部屋で響いていた。


「蒸留器はやはりガラス製のものが欲しいな」


 温度が上がってきたのか先端から少しづつ雫をたらす様子を見て、ハルはそんなことを考える。やり方は分かっていても蒸留など中学生以来である。外から中の様子が窺えない金属製の蒸留器ではどの程度熱すれば良いのかは勘に頼るしかなく、そのせいでと言うべきか得られたエタノールは当初予定していた量よりも幾分か少なかった。


「ふむ、百五十いけば良いところかとは思っていたけど、少し足りないぐらいか」


 蒸留して初めに出てきた分だけ見ると百ミリかそこらである。残りは不純物が多く混じってくるので純粋なエタノールとしては使いにくい。それでも今回の利用目的ぐらいであれば十分だ。


 結局、蒸留を通じてハルは百ミリの純度の高いエタノールと七十ミリ前後の純度の低いエタノールを入手した。高純度のほうは蒸留を繰り返すのも手であるが、ハルは”そこまでする必要ないだろう”と考える。


 彼は手に入れた高純度のエタノールを念入りに密封すると、低純度のエタノールを自分の傍らに置き、次の作業を開始する。


 度数で言えば五、六十パーセントかそこらだろうけれど、まぁ問題ないか

 それに一時的なものだ、使用する状況を想定すれば冷静な人間は多くないだろうから多少出来が悪くとも十分だろう


 ハルは頭の中で計画を確認する。この次の工程を頭の中で組み立てていくが、その思考は不意に頭に響いたその声によって中断を余儀なくされた。


『ねぇ、さっきから何やってるのよ?』

「――ッ!?」


 急に聞こえた声にハルは慌てて周りを見回す。ハルはフィーリアがアドニスから話を聞いて調薬室に来たのだと思ったからだ。今見られて困るものは特にないがせっかく生成したエタノールは何としてでも死守したい。そんなことを考えて慌ててそれらを片付けようとしたハルをその声の主は”ふふふ”と嘲笑う。


 フィーリア、じゃないな

 それにしても一体いつの間に……


 ようやくその犯人に思い当たったハルは幾分か冷静さを取り戻し、誰もいない虚空に向かって声をかけた。


「トウカ、いつから君は私が起きているときでも出られるようになった?」

『あらぁ、もうばれちゃったの? せっかく慌てるところ見て楽しんでたのに』

「……良い趣味をしている」

『それほどでもないわ』


 皮肉も物とせずにトウカは言う。目には見えないが袖で口元を隠して笑う姿がハルには容易に想像できた。


 それにしてもトウカ、随分と行動範囲を広げてきているな

 いつか人格まで乗っ取られそうだ


『そのつもりよ――って言ったらどうする?』

「心は読めないんじゃ……いや、そういえば今は私の中にいるんだったか。それと別にこの体が欲しいなら好きにしてくれてかまわないぞ。特に未練があるわけもないのでな」

『もぉ、冗談が通じないわねぇ。アナタが退屈してそうだから話し相手になってあげようと思っただけなのに』


 ハルを責めるような言葉遣い、しかも上から目線でトウカはそんなことを告げるが、どこか楽しそうである。

 その様子に”神でも寂しいとか感じるのだろうか?”などとハルが考えていると、”寂しいのはアナタでしょう?”という反論がすぐに返ってきた。


『まぁ、アナタも面白そうなことしようとしているみたいだから、出てきてあげたのよ』

「そのわりに体は見えないが?」

『頭の中を少しだけ弄ってもいいなら姿も見せられるわよ?』


 ”アナタにしか見えないけど”と悪びれず言うトウカを”じゃあ、出てこないでいい”とピシャリとはねつけるとハルは目の前の作業へと戻った。


『ねぇねぇ、それ何やってるのって聞いてるじゃない』

「考えてることが分かるんじゃなかったのか?」


 すり鉢で石灰石を細かく砕きながらトウカの相手をする。

 ハルも口では色々言いはするが、良い時間つぶしだぐらいには思っているようである。


『読もうと思わないと、読めないし、面倒だから説明しなさい』


 ”さぁ、早く”といわんばかりにトウカが急かす。


「ハァ……ただ血糊(、、)を作っているだけだ」

『ちのり? ドラマとかで使う?』

「そうだ」


 いい加減この神の俗っぽさにも慣れはじめたハルは彼女の口から”ドラマ”などというおおよそ似つかわしくない言葉が出ても気にしないようになっていた。


 一方のトウカはといえば”そのためにわざわざお酒まで蒸留したの?”と呆れた様子である。


「血糊はついでだ。蒸留の出来を確かめるのと……せっかくだから芝居(、、)に使おうと思っている」


 ”三文芝居でもコレがあれば多少はマシだろう?”とハルは言う。


「本命はアッチの高純度のエタノールの方だ」

『へぇ、何に使うのかしら』

「何にでも使えるさ。優秀な溶媒だし、そのまま使うにしても利用価値がある。まぁ一先ずは需要のありそうなものでも作って流してみるつもりだ。村にも行けるようになったし、いつ来るか分からないが行商人もそのうち来るだろうから、その時に渡してみるのもいいかもしれない」


 アレ(、、)は都市部ならば既にあるかもしれないがこの辺りでは今のところ使っている感じはしない


 上手くいけばちょっとした稼ぎにはなるかもしれないと考えながらハルは無意識に手を動かす。しばらく無言でそうしていると飽きてきたのかトウカが再びハルへと話しかけた。


『ソレ、もういいんじゃないの?』

「ん? ああ、そうだな」


 必要な材料などを思い描きながらどのくらいなら採算が取れるかを計算しているうちに手元の石灰岩はほとんど粉末状になってしまっている。


『けど血糊ってそんなのが必要だったのね』

「血糊にってわけじゃあないが……まぁ、いい。正確にはコレを熱して精製する酸化カルシウムを使うんだよ」

『……もう少し噛み砕いてくれない?』


 時間ならいくらでもあるのだから少しぐらい勉強してみるのもいいんじゃないか、とハルは薦めたくなったが、どうにも説明しなければ納得しないつもりだと分かり簡単な説明を加える。


「要するに乾燥剤だ。着色料を作るときにこれで材料の水分を抜く。本来ならシリカゲルの方が安全なんだが……さすがに手に入りそうにないからな」

『シリカゲルの方が――ってことは危険な薬品ってことかしら』

「水分と反応すると強烈な発熱を伴う上に、――」


 紐を引くと一瞬で温まる弁当にも使われる原理だ。


「――副産物は皮膚によくない。そういうことだからできるだけ少量にしておきたいんだ」


 ”ふぅん”とトウカも一応は納得した様子である。


『それを売ればいいんじゃないの?』

「いや、さすがに生石灰の乾燥剤ぐらいはありそうなものだが……」


 どちらにしろ家の中には売るほど在庫があるわけでもない。

 それでも一応”そのことも含めて聞いてみよう”とハルは心にとどめておくことにした。


 さて、そんなふうにして精製した酸化カルシウムを手元の材料と混ぜ合わせて磨り潰していく。

 森で手に入れたベリーブルームという花から赤色、ナスの皮から紫色、葉に含まれるクロロフィルから緑といった具合だ。


 しばらく磨り潰しそれぞれの粉末が出来上がったところで、それらを先ほど蒸留したエタノールに溶かして血の色を再現、最後にジャガイモから作ったデンプンを加えてとろみをつければ――


「――よし、こんなものだろう」


 そう言葉にしたハルの手元には血にそっくりな色の液体を湛えた碗があった。

 ハルは害がないかの確認のために手のひらに一滴たらしてしばらく放置してみたが、どうやら問題はなさそうである。


『でもコレどうやって持ち運ぶのよ?』

「ウサギはたくさん獲れているし、その腸を使えば問題ない」


 後は機会を見て割れば周りには血を出したように見えるはずだ


『だったらウサギの血を使えばいいんじゃないかしら』

「匂うし、何よりも使う前に固まったら困るだろう?」


 トウカの疑問に答えながら、どうにか出来上がったソレをハルは小さめの陶器に移し封をしておく。これで手段については問題ないだろうと、ハルは一息ついた。


「後はもう少し学校の雰囲気を細工しておきたいな」


 今のところ引き込めそうなのは――


『ハルー! もうお昼よー!!』


 いつの間にか声がしなくなったトウカに代わるようにフィーリアが彼の名を呼ぶ。その呼びかけにハルは”今行く”と返す。

 自身の作ったものを念入りに保管したことを確認すると、ハルはランプの火を消し、暗くなった調薬室を後にした。

次話は三日以内を予定しております。

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