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コイヒメサクヤ  作者: 夜斗
第一章
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第七話

 市を南北とに分断している神在駅は、やはり他県の駅と同様に周囲には繁華街が広がっている。

 神在市の人間がよく“街”と称するこの場所は駅を中心に様々な店舗が円状に広がりながら軒を連ねている。駅から南に歩けば大型量販店が点在し、地下道を北に抜けた先には若者向けのブティックやファッションショップが所狭しと並んでいて、有名ブランドの店舗に至ってはビルを丸々一つ借りて出店しているところも。無論レストランの類も多く、この“街”だけで衣食住の様々なニーズを満たすことが出来る。

 時刻は午後六時を過ぎたところ。

 本日の学業から解放された時間帯ともなれば制服姿の人間を見かけても何らおかしくない。事実、司達も制服のままこうしてバスロータリーの前で立ち話をしていた。


「……一つ、訊ねたいんだが」

「何でしょうか?」


 くるりと亜麻色の髪を揺らしながら桜夜が振り返る。腰元よりも長いポニーテールが珍しいのか、時々彼女に対して興味ありげな視線を送る男性がちらほら窺える。そのついでに(、、、、)司にも同じような視線が飛び火しているのが若干不愉快だった。


「何で“放課後”なんだ? この時間で配送してもらっても片付けするの夜になっちまうぞ」


 広場に備え付けられた時計から小さな人形たちが飛び出しベルの演奏を始める。曲は『きらきらぼし』。夕暮れが差し迫っているこの時間に聞くと何処となく哀愁を感じる。


「はいそう? はて、何の話ですか?」

「……や、何でもない。じゃあな」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよ!?」


 そのまま帰りのバスに乗り込もうとした瞬間、司の右腕がまたしても桜夜の両手にがしりと掴まれてしまった。それでも司は強引に進もうとして踏み込むも逆に引っ張られてしまい、そのまま勢いでベンチへ向けて強かに尻を叩きつけてしまった。傍目から見たらかなり情けない。


「ってぇな! 何だよ!」

「帰っちゃダメです! まだ道案内してもらっていません!」

「駅まで案内すりゃ十分だろうが。ガキのお使いじゃあるまいし、服だろうが家具だろうが自分で選べるだろ」

「ダメなんです! 司君も一緒じゃないと意味が無いんです!」

「意味が分かんねぇよ! いちいち俺を巻き込むな!」

「ダメったらダメです!」


 ヒートアップしていく両者の周りに次々と人が集まっていく。司が気付いた時には既に数十人程度の人だかりが出来ていて、遠くに警官の姿も見つけてしまう始末。こういう時、別に悪いことしていないのにも拘わらず何となく意識してしまう。


「…………ッ、行くぞ」

「はい、喜んで♪」


 頬の辺りがカーッと火照っているのを感じる。今の状況、彼氏と彼女が喧嘩してるようにしか見えなかったかもしれない。また後で要らぬ噂が立たなければいいのだが。

 そんな司の心配を余所に、桜夜は鼻歌なんぞ歌いながら司の前を悠々と歩いている。道案内を要求しているくせに何故司の前を往くのだろうか。ただでさえ虫の居所が悪いのに、この怒りを何処へもぶつけられないこの状況が不愉快で堪らなかった。

 道を知らぬはずの桜夜はずんずんと勇敢にも地下道へ先陣を切り、市庁舎方面への階段を上ると一切の躊躇なく大型デパートの店舗へと足を踏み入れていった。道案内の必要性が全く感じられない動きだ。


「司君司君! デパートですよデパート! うわぁ、凄いなぁ……!」

「……お前歳いくつよ」


 何かイベントが催されているならともかくとして、普通の高校一年生はデパートの入り口程度ではしゃがない。

 開放感のあるロビーを抜けると上階へと伸びるエスカレーターが複数。奥にはエレベーターが見えていて、正面のサービスカウンターにはニコニコ笑顔の店員がいる。別段これと言って特徴の無い至って平凡なデパートの一階である。これを見たのが原始人なら驚きのあまり暴れ回ったりするかもしれないが、現代を生きる人間が手を叩いて驚嘆するほどの光景では決してない。


「司君はデパート、上から攻めるタイプですか? それとも下からですか?」

「あーもう、いちいち話しかけてくるなっての」


 だいたい上からだの下からだの“攻める”ってどういう意味だ。ここは憎き大名のいる天守閣じゃない。ただの大型量販店(デパート)だ。

 訳の分からないテンションに駆られた桜夜はちょこちょこと素早い足取りで各階の案内図へと向かう。注意が反れた今なら帰れるかもしれないと振り返った瞬間、大声で名前を呼ばれたのでこれを断念。恥ずかしいったらありゃしない。


「さて……まずは服から選ぶべきでしょうか? それとも家具でしょうか? うぅん悩みますね!」

「何でもいいから早くしてくれ……さっさと帰りたい」


 女の買い物は長いと常々聞く。

 しかも今回の買い物は自分の服と家具とのこと。コイツの場合前者も怖いが後者も怖い。家具コーナーに辿り着くや否や、材質だのブランドだの拘り始めるかもしれない。そうなったらと思うと……ゾッとしない。


「では、まずは三階フロアにある家具の方に参りましょうか」

「……それ、俺も行く必要あるか?」

「もちろん!」


 何処に断言する要素があるのだろうか。

 行き先の決まった桜夜の行動もまた早く、司の歩く速度のおよそ五倍の速度でエスカレーターに飛び乗っていた。まさに侵略すること火の如し。……咄嗟に思い付いた面白くもない冗句に自分で吐き気がした。


「んふふ~♪ エスカレーターって便利ですねぇ」

「……お前、さっきからやたら時代錯誤なセリフばっかだな」

「だってデパートなんて十年以上来てませんし。私の小さい頃には、こんな大きなデパートはありませんでしたよ」

「……」


 たしかに桜夜の言う通りで、このデパートはつい最近――と言っても五年ほど前に出来たばかりの歴史の浅い建物だ。当然司の小さい頃にも存在はしていない。昔は何の建物だったかはよく覚えていないが、元の建物の老朽化が原因で建て直すことになったという話程度は新聞やニュースの類で目にしたような気もする。

 そうこう物思いにふけっているうち、気がつくと三階に辿りついていた。お値段以上どうたらこうたらがキャッチコピーのチェーン店で、入り口には子供が優に十人は眠れそうなほど大きなダブルベッドがこれ見よがしと展示されている。少し経てば冬だから違和感はないが流石にデカ過ぎる。


「おっきいですねぇ! ベッドの下にも収納空間とかあって便利です」

「あの部屋にこれを突っ込んだら部屋=ベッドだな」

「とっても魅力的ですけど……私はお布団の方が好きなんで、残念です」


 名残惜しそうな視線を送りながら桜夜と司は店内へと進んでいく。制服姿で家具の店を歩きまわるとは如何なものか。そう懸念する司など露知らず、桜夜はあちらこちらに光輝く瞳を向けていた。


「冷やかしにきたわけじゃないだろ。さっさと買うもん決めちまえよ」

「……ハッ! そうでした。危うく自分の目的を見失うところでしたよ……えへへ」


 ぶん殴りたい、この笑顔。

 桜夜は自分でコツンと頭を叩いてから、目的である収納棚のコーナーへと進路を取る。何処からか芳醇な木の香りが漂って来たかと思えば、目の前に大きな木製のクローゼットが立ちはだかっていた。


「うわぁ、綺麗ですねぇ。表面もツルツルしてますし中身も……わ! 引き出しまでついてます!」

「……それぐらい標準装備だっての」

「こっちのも、たくさん引き出しついてます!」

「そりゃチェスト(タンス)なんだから当たり前……」

「この細いパイプは……むぅ? いったい何なんでしょうか?」

「……組み立てて作るただのハンガー」

「こっちは? これは? あとそれも、これも気になるし、あとあと……」

「帰る」

「んみゃあってくださいってばッ!?」


 立ち去ろうとした司の右足に、さながらギャグ漫画のキャラの如くヘッドスライディングで飛び掛かる桜夜。このまま引きずり歩いてやろうかとも思ったが、右足は鉛で出来た縄で縛りつけられてしまったかのように微動だにしなかった。


「すぐ、すぐに終わりますから! だからもう少し待ってくださいってば!」

「……帰りてぇ」


 今の司は、母親の買い物に無理やり付き合わされている子供の心境にかなり近いものがある。自分の買い物が長引くのならともかく、関係の無い他人の買い物に付き合わされる身としては堪ったもんじゃない。


「えっと……そうだ! お詫びに喫茶店で何か奢りますよ! 一品だけと言わず、何品でも!」

「……」


 ここでアッサリ引き下がってしまうのは男としての面子が危ぶまれるところだが、桜夜の出してきた条件は司の心を揺れ動かすに十分な威力を発揮した。

 一人暮らしゆえ基本的には節約生活。

 喫茶店など滅多に行かないし近づかないが、店で提供される料理やスイーツといった類は不慣れな自炊やコンビニ飯に比べたら天と地ほどの差がある。十分に魅力的な条件である……が。


「今すぐ家に帰りたいって注  文(オーダー)は?」

「断固拒否します」

「あのなぁ……」


 どうしてそうまでして司を引き留めようとするのか。ある程度理由を言われれば、それ次第で留まる事も考えないではない。

 だが、コイツの事だから“縁を直すため”としか言わないだろう。

 司自身にとってどうでもいい問題なのに桜夜にとっては一大事。何故他人の事情に巻き込まれなくてはいけないのか。


「何でも奢ります! 何でも、好きなだけ! それならいいでしょう?」


 ここまで言われてしまうと流石に司も考えを改めざるを得ない。意地を張ってご馳走にありつけるチャンスを逃してしまうのも、それはそれでもったいない気がした。

 結果、司は折れた。ただしタダ(、、)では折れなかったが。


「……じゃあ、別に喫茶店じゃなくてもいいよな。上にデカいレストランがあるから、そこでステーキセットでも」

「あ、お店は喫茶店限定で」

「…………」


 もはや突っ掛かるのもバカらしくなってきた。

 臓物まで吐き出してしまいそうなほど深く重いため息を吐くと、半ばヤケ気味に最寄りの喫茶店へと向かった。コロコロと頭上で響く雑な音(ベル)、入るなりキラキラ笑顔を振りまきながら接近してくるウェイトレス。……苦手だ。


「えぇっと……たしかこっちの席に……」

「は? おい、今の言葉はどういう」


 不意になのか故意になのか、司がギリギリ聞こえる声量で桜夜が意味あり気なことを呟きながらそそくさと歩きだす。こういった店は、基本的にウェイターやウェイトレスの指示で空いている席に着くのが基本なのに、まるで誰かと待ち合わせ(、、、、、、、、)でもしているかのように堂々とそれを無視。

 この時点で、司は桜夜を怪しむべきだった。

 何ら躊躇なく店内を突き進み、桜夜は窓際の席の前でピタリと足を止める。四人掛けのテーブルだが、そこには既に先客がいた。司や桜夜と同じ神在高校の制服に身を包んだ女子二人。奥の人物は桜夜の影に隠れて見えないが、手前側の席の女子には見覚えがあった。


「あっれー? 蒼井くん……だったっけ? 奇遇だねぇ」

「……アンタは」


 手前の席に居たのは、以前司と激突しハンカチを渡したおさげ髪の少女――一色円だった。気弱そうな見た目に反してかなり活発な彼女は、桜夜の後ろに立つ司の姿を見つけるとニコッと軽く微笑んだ。

 そんな彼女の姿を見て昨日のハンカチを返していないことを思い出す。忘れていたというよりかは……司の性格上、クラスへ行って直接手渡すのが億劫(おっくう)だっただけだが。


「あれあれ、やっぱり噂の転校生さんと一緒なんだ。……それってばもしかしなくてもデ」

「ちょうどいい学校で渡しそびれたからハンカチ今返すな」


 聞きたくもないワードを察知し、司は円の言葉を遮るようにしてハンカチを無理やり差し出す。差し出したその先で、円の向かい側に座っていた女子の視線がスッと斜めに上がった。


「……聞き覚えのある声だと思ったら」

「は……ぁッ?」


 声に反応して振り向いた瞬間、司は驚愕に目を見開く。

 円と向かい合って座っていたのは――


「しの…………き、桐嶋先輩……」


 腕を組み、まるで壁際のこの席を玉座かの如く構えていたのは、忘れもしない思い出の人物。

 桐嶋忍(キリシマシノブ)――かつては司の友人だった(、、、、、)人物だ。

最近、女運(神姫も含め)からっきしな夜斗です。

……いや、何か書くネタが無いから呟いただけなんですが;


次話は来週の水曜日。

では、待て次回。



※ブログでも書きましたが、下田への一人旅を計画しております!

 フェリー乗って、バスで色んなとこまわって、いっぱい楽しみたいです!

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