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コイヒメサクヤ  作者: 夜斗
第一章
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第五話

 桜夜がクラスに加わってからの授業をどうにか消化し現在昼休み。

 昼食を一人(、、)で取るために司が足早に向かったのは屋上だった。

 屋上と言っても多少なりともベンチやテーブルが設えてあるので、当然ながら司以外にも昼食に訪れる生徒はいる。そんな中で、司はこっそりと屋上の端にある給水塔の裏に上り、購買で適当に選んだコッペパンとブリックパックのミルクティーを黙々と流し込んでいた。

 ベタ(、、)だと笑いたければ笑えばいい。

 生徒ひしめくこの校舎で孤独になれる場所となるとなかなか無いのだ。

当初は自分と同じ考えの人間がいるのではと警戒していたが、今のところ司と同じ境遇の人間がここを使用した試しはない。現在はほぼ司専用の場所となっていた。


「……」


 不意に今朝のことを思い出し頭痛がぶり返す。

 大して味わって食べた覚えのないパンも、今日に限ってはやけに不味く感じる。それもこれも全てあの“此比良桜夜”の所為だった。

 つい昨日河川敷で出会い、堂々と家まで押し掛け司をかどわかし(、、、、、)、訳の分からないまま去っていったあの少女。

 あの去り際、彼女は自分に呪いでもかけたのではないだろうか。そう仮定してしまえば、今朝から続く珍事全てに納得がいくのだが。

 頭に過ぎった非現実的な考えを振り払ってそのまま仰向けに寝転がる。

 空は青く清々しいのに、司の心はまるで嵐を抱え込んでいるかのように混沌としていた。

 全てアイツのせいだ。

 寝て覚めて、全てが綺麗さっぱりリセットされていればどれだけ幸せか――、


「うわぁ、ここが屋上ですかぁ……!」


 もはや眠ることすら許されないらしい。

 僅かに視線を落として様子をうかがってみると――居た。屋上の入り口で、亜麻色のポニーテールを風に揺らす桜夜の姿が。ストーカーここに極まれりと言うべきか、それともただの偶然なのか……いや、考えるのも面倒だった。

 そのままごろりと体を横に反らし、司は今見たものを見なかったことにする。

 キツめに瞳を閉じ、闇の中に意識を落としてしまえば少なくともその間はアイツの姿を見なくて済む。


「司君、こんなトコに居たら危なくないですか?」


 闇の向こう側で声がする。

 これはたぶん、司を陥れようとする悪魔の囁き。

 そう思い込んで無視しようとも、がくがくと体を揺すられてはもう我慢ならない。


「っだよもう! こんなところにまで来るなんて頭おかしいんじゃねえか!?」

「そんな……私はただ普通に、お昼ご飯をご一緒にと思っただけなのに……」


 大粒の涙が桜夜の目尻に浮かび上がり思わずたじろぐ司。

 女という生き物は卑怯だ。

 涙をちらつかせば大抵の相手を戸惑わせてしまえるのだから。

 観念した司は頭痛の残る頭を掻きながら溜息をこぼした。


「……はぁ。もう、勝手にしろ」

「えへへ。それじゃ、お隣失礼しますね」


 そう言って桜夜は司の傍らにストンと腰を下ろし、コンクリートの地面に何も敷かず丁寧に正座する。手にしていた巾着袋から小ぶりなおにぎりを取り出すと、ハムスターのように両手で握ってもそもそと食べ始めた。

 束の間、二人の間を風が薙ぐ。

 特別話したいこともないし、何か話したいと思う間柄でもない。

 司は無言で明後日の方向を見つめ続け、桜夜もまた無言で食事を続ける。


「ところで、本日の朝(、、、、)は如何でしたか?」

「……別に」


 最悪である。

 ただ、どうして桜夜がそんなことを気にかけるのか――いや、思い当たる節が一つある。昨晩の指切りだ。


「まさか、アレが“おまじない”だとでも言うのかよ?」

「はい、そうですよ。司君のご縁修復の第一歩です」


 そういえばそんな話だったか。

 司は桜夜に背を向けたままありったけの嫌味を込めて言った。


「……“おまじない”とはよく言ったもんだ。あれじゃただの“呪い”だっての」

「ふふ、司君なかなか教養があるんですねぇ。たしかに“おまじない”って、漢字で書くと“呪”って字になるんです。祝詞(のりと)が語源なんですけど……呪いって言われると、何だか悪いイメージになっちゃいますね」

「実際悪い。何だよあれは。隣に新しい人が来るって話はともかくとしても、ロッカーで人とぶつかるわ、教室で要らぬお節介をもらうわ、散々な目にあった」

「あの、普通そういうコトを散々な(、、、)って言います?」

「俺にとってはそれが普  通(スタンダード)だ」

「……ビックリしちゃうぐらい屈折してますね」

「ほっとけ」


 空になったミルクティーのパックを折り畳み、手近な場所にあったゴミ箱に放り投げる。

 手持ち無沙汰になればここで出来ることは寝るか読書かの二択なのだが、隣にこんな人物がいたのでは読書も何もあったものではないので前者に徹することにした。


「これだけやってるのに、司君は私を全然信用してくれませんね。どうしたら信じてもらえますか?」

「何やっても信じるわけないだろ。用が無いなら、さっさとどっかへ行ってくれ。一人になりたい」

「……それじゃ、何時まで経っても司君はひとりぼっちですよ」


 そうありたいと願っているというのがまだ分からないのか。

 縁結びの神様とやらは聞きわけも悪ければ要領も悪いらしい。そろそろ本気でウザいと感じ始めてきた。

 自分の隣に、何処の馬の骨とも分からぬ他人がいる違和感。

 自分の世界に、土足で踏み込まれる不快感。

 司が他人を嫌う二大要素をこの少女は堂々とやってのける。この調子だと頭痛はもうしばらく治りそうにない。


「そうだ! いっそ“縁”をお見せしたら、司君も信じてくれるんじゃないですか?」

「……“縁”を、見せる……?」


 つい昨日『“縁”とは運命の巡り合わせ』だと目の前の自称縁結びの神様は言っていたばかりだ。それを聞く限りでは、そんなおいそれと簡単に見せれるものとは思えない。

 『運命の巡り合わせ』を見せるとは……どういう意味だろうか。

 数値化されてグラフにでも出るのか? ゲームのステータス画面じゃあるまいし。

 司の訝しげな視線に、何故か桜夜が嬉しそうに微笑む。気に食わない。


「はい。えっと……んしょ、こちらをどうぞ」


 そう言って桜夜が何処からともなく取り出したのは――何の変哲もない赤い眼鏡だった。所謂ハーフリム(レンズ上部のみ、ふちで囲まれているモノ)タイプの眼鏡で、女性が付ければそれなりにインテリな雰囲気が醸し出せそうだが、男が付けるには少々勇気が必要そうである。

 しかし見た目はただの眼鏡に過ぎない。

 神様が取り出したにしては随分とちゃちな代物だった。


「……一応訊くが、これは?」

「はい。人の縁を見ることが出来る眼鏡です」


 まんまじゃねえか。

 流石にそのまんま過ぎて突っ込みすること自体が野暮に思えるほどにそのまんまである。

 しかし、先述の通り特にこれといった特徴もないただの赤い眼鏡。

 ……これをかけると縁が見えるだって? 信じられるかボケ。


「じゃあ……あ、ちょうどいいところに。あちらの生徒さん、見えますか?」


 桜夜の指差す方向にはベンチで昼食を取る三人の女子の姿が見えた。

 膝の上に小さな弁当箱を広げながら、時々隣の人のおかずにフォークや箸を伸ばしている。

 アレがもし司だったら伸ばされた箸をへし折る自信がある。

 とはいえ、特筆すべき点も何も無い至極普通の昼食風景なのだが。


「こちらを掛けてご覧になってください」

「……伊達でも眼鏡掛けたくないんだけど」

「ほらほら、どうぞ遠慮なく」


 遠慮じゃなくて拒否しているのだが……司の意志は一切伝わらない。

 自暴自棄とまではいかないが、司はほとんどやっつけ気味で眼鏡を掛けた。どうやら()は入っていないらしい。

 レンズ越しの世界は、司がこれまで見ていた世界とほとんど(、、、、)同じだった。


「……あれ、何だ?」


 司の視線の先――そこには件の女生徒達が和気あいあいと昼食を食べている。それ自体は変わらない。

 だが、レンズの向こう側の女生徒たちからは不思議なモノ(、、、、、、)が漂っていた。

 糸だ。

 女生徒の何処かからか、小さな糸がふわりふわりと彼女たちの周囲を漂っている。

 糸の出所は――どうやら彼女たちの手のようだが。


「ふふふ、見えましたか? ではもう少し注意深くご覧くださいませ。糸に、色が付いているの見えますか?」

「色……あ、あぁ」


 桜夜の言ったとおり、彼女たちの手から伸びる糸には色がついていた。

 ベンチに座る生徒のうち――司から見て手前の生徒からは“緑色”の糸が漂っている。糸はただ中空を漂っているだけではなくて、隣にいる女生徒の糸と優しく絡み合っていた。絡み合ったその先でも、糸は優しい緑色に染まっている。


「“緑色”のご縁は『友愛』の縁です。たくさん絡めば絡むほど強固な絆を有し、やがては生涯の友になり得る可能性を秘めたご縁です。……では、反対側の彼女は見えますか?」


 ベンチの最奥に座る彼女からも糸は伸びていた。

 色は赤。

 手前の生徒が二人の糸と絡み合っているのに対し、奥の生徒の赤い糸は手前の少女のみに伸びている。

 だが、緑色の糸とは違い絡まってはいない。

 何というか、結びたいけど結べない状態とでも言えばいいのだろうか。触れこそはすれど結ぶにまでは至っていなかった。


「赤い糸ってお話はご存知ですか? 人々の間では、運命の人と繋がっていると言われてますけども、実際には『恋愛』に関するご縁のことを指すんです。誰かの赤い糸と赤い糸が結びつくと、それは『恋』を経て『愛』へと昇華し、やがては生涯の伴侶となることもあるんです。……ただ、百パーセントではないんですけども」

「……なぁ、じゃ何でそれが女同士(、、、)で伸びてるんだ。そういうの、普通は男と女だろ」


 ここに来て桜夜は初めて複雑そうな表情を浮かべた。首を捻り、口元をもごもごさせている。


「それなんですけども……ここ数年で、人々の『恋愛』に関する概念がどうも歪んでいるみたいなんです」

「歪んでる……?」

「その、ずっと昔にもデータとしてそういう事例はごく僅かながら存在はしてたんですけども……流 行(ブーム)とでも言うのでしょうか? 最近では異性には目もくれず、同性ばかりを意識し愛してしまう人がここ数年で飛躍的に増加してるんです」

「……」


 出来れば口にしたくないような用語が頭を過ぎる。


「俗っぽい言い方ですけど“百合”が流行ってるんですね。あと、時々男の人同士とかってのも流行ってるみたいで。ご存じ無いです?」

「んなもん知りたくねえよ!」


 しかもそんな奇妙な世界の話を真顔でしないでほしい。

 いや、縁結びの神としては放っておけない問題なのかもしれないが、司はあくまで普通で正常な高校生だ。元来興味の無い世界の話に引っ張りこもうとしないでいただきたい。


「神様になってから気付きましたけど、人間って時々不思議です。昔の健全な恋愛は廃れ毛嫌いされつつあるのに、そういった邪道な恋愛はむしろ(はや)し立てたりするんですもの」

「……?」


 今、神様になってから(、、、、、、、)――と言ったような。


「なぁおい、今なんて……?」

「はい?」

「ほら、神様になってからって……それじゃお前、まるで最初は神様じゃないみたいな言い方じゃねえか……?」

「……?」


 それが何か?

 とでも言いたげに首を傾ぐ桜夜。司が聞こうとしたのはその先であって――


「……いや、何でもない」


 馬鹿馬鹿しくなって追求するのを止めた。

 そもそも自ら他人の事情に首を突っ込むような真似をしてどうする。

 特にコイツとは故意に絡むべきではないと全身の警鐘が鳴っているのだ。

 文字通り“触らぬ神に崇りなし”。

 そうこうしてるうちに次の授業を知らせる鐘が鳴り響いた。スピーカーが近い所為でかなりうるさい。


「さてと、ご飯も食べたし、残りの授業も元気に頑張りましょう!」

「……ったく」


 何でコイツはこうも元気なのだろうか。

 重い溜息が零れる。

 彼女と出会ってから、司の溜息の回数は三倍に増加したと言っても過言ではなかった。

都合により予約投稿ですが、ちゃんと投稿されたかな?


それにしても、最近は本当に百合展開とかホモォな話が増えましたよねぇ(笑)

いや、ずっと前からライトノベルの中には登場してたかもしれませんが、それが表沙汰に飛び出しているのはホント最近の事だと思います。


まぁ……いいんじゃないんですか?

ただ、世間にはガチの人もいるので安易にからかったりしちゃダメですよ。


次話は来週のこの時間に。

感想とかご意見はお気軽にご自由にどうぞ。

もっと読者が増えると嬉しいけど、如何せんジャンルが……


では、待て次回。

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