第三話
最寄りのコンビニまでは徒歩でおおよそ五分程度で辿りつけた。
自動ドアをくぐるとすぐさまおでんの匂いが鼻をつく。
寒さの兆しが見え始めるこの時期ともなると、何処のコンビニでもおでんの販売を始めている。早いところは夏から、或いは年がら年中やってるところもあるような気もするが、良い匂いなのはともかく今はあまり好んで食べようとは思わなかった。
やや脂っこい作り笑顔を浮かべる店員の前を通り過ぎ、司は脇目も振らず冷凍食品のコーナーへと向かう。手に取ったのは、電子レンジで温めるだけで出来上がるタイプのチャーハンの小袋二つ。
別にチャーハン食べたいなら弁当コーナーで買えばいいじゃねえか、とか言う人は心底ブルジョアなヤツだと司は思う。一人暮らしかつ、あまり余裕のない人間にはこの二つの値段の差は非常に大きい。弁当棚のチャーハンの値段でこのチャーハンが二つ三つ買えるのであればこちらを選んだほうが断然お得で安上がり。その分浮いたお金でアイスでも買えばお得感は遥かに上だ。
……結局浪費してる、とは突っ込むべからず。
さて、アイスは何を買おうか。
食後のデザートなのだからあっさり系のバニラ、かつ食べやすいカップアイスを選ぶのが無難だろうか。チャーハンの小袋が溶け出さないうちにさっさと決めて帰りたいので早足でアイスコーナーへと向かい、お目当てのバニラアイスに手を伸ばしたその時、別の角度から何者かの手がするりと割り込んで司の手とぶつかった。
この忙しい時に誰だよ――小さな舌打ち混じりに見上げたその先には、忘れたくても忘れられない人物の顔があった。
「……あ」
相手が誰であると分かった瞬間、司はすぐさま目線を反らし勢いで掴んだアイスを握りしめて一目散にレジへと向かう。チャーハンの小袋が左から右へ流れてアイスのバーコードをスキャンした瞬間、レジに表示された金額に我が目を疑った。
ブランド物の高級チョコレートアイス。
手の平サイズの癖に小袋チャーハン五個分の値段であった。
※
彼女から逃げるように足早にコンビニを飛び出し帰路につく。街灯がおぼろげに照らす道を歩きながら、ハァと重いため息が漏れた。
「……何やってんだか、俺は」
本来なら逃げてはいけない相手なのに、またもや逃げ出してしまった。頬に当たった夜風で冷えたせいか、司の頭は今になって冷静に、そして後悔に苛まれていた。
「すっごく綺麗になりましたよね、忍ちゃん」
路地裏から唐突に声が響き、いざ振り返ってみるとそこには薄ら笑みを浮かべる桜夜が立っていた。
今しがたアパートから追い払ったばかりなのに再び司の前に現れるとはほとんどストーカーである。
そして何より、彼女の口から聞き捨てならない名前が出てきたことに司は驚きを隠せずにいた。
「どうしてお前が、桐嶋先輩の名前を……?」
「そりゃあ、私は縁結びの神様ですから。女の子の名前の一つや二つ、知ってたっておかしくないでしょう?」
「…………」
よりによってどうして彼女なのか。
真剣に言及しようかと思って口を開きかけたが――止める。
これ以上関わり合いになりたくないし、その名前をコイツの口から聞くのも嫌だった。名前しか知らない程度のくせに“ちゃん”づけとは随分と馴れ馴れしい。
「ちょっとちょっと! 私が忍ちゃんの事知ってるの、気にならないんですか? どうして知ってるの~とか、思わないんですか?」
「思わないし興味も無い。お前はさっさと失せろっての」
「いいえ失せません。司君の縁を直すまでは、絶対に」
その頑なな意志はいったい何処から出てくるのか。
とはいえ、そろそろ本気で通報を考えなくてはならないかもしれない。
「あぁ、待ってくださいってばぁ!」
棒立ちして買ったばかりの冷凍食品を溶かしてしまうのは不毛だ。
桜夜の言葉を無視しながら早足で歩きだしたのだが、彼女は司の隣を平然とついてくる。適当な普段着の人間の横に和服姿の少女がいると嫌でも注目を浴びてしまう。心底嫌だ、早く帰って飯食って寝たい。
それなのに、気が付くと司は何故かカスミハイツとは反対方向に歩いていた。五分程度の距離しかないのに迷うということはまずあり得ない。
隣の桜夜が何かしたのだろう。
その証拠に、やけにニコニコしている彼女の顔が窺えた。
「ちょっと遠回りしたっていいですよね? どうしても一度ここに来たかったんです」
そう言って見上げた先には灰色の大きな鳥居が見えた。石畳を並べた参道の奥には大きな社があり、その少し手前には神主さんの邸宅がある。この近辺では唯一の神社であり、夏祭りや初詣ともなれば人が集まるごくごく一般的な神社。
司にとっては思い出の場所でもある。
「ここ……は」
「えへへ、懐かしいな……ほとんど何も変わってないんですね」
「は? 懐かしいって、お前が?」
「ぇえっと……その、はい。司君はどうなんですか?」
「俺は……」
来るのはずいぶんと久しぶりな気もするが、それは司が意図的にこの場所を避けていたからだ。たしかにここは思い出の場所なのだが、何も思い出が良いものばかりとは限らない。司にとっては良い思い出半分、嫌な思い出半分といったところだが、後者の存在は圧倒的に大きく嫌な思い出は今も引きずっている。
「司君、小さい時よくここで遊んでましたよね。おにごっことかかくれんぼとか、日が暮れるのも忘れてずぅっとずぅっと。それでよくお母さんに怒られたりもしましたよね」
「なんでそんなことお前が知ってるんだよ。それにさっきの桐嶋先輩のことも――」
司が訊ねたことがよほど嬉しかったのか、桜夜はくるりと振り向くと春の陽だまりのような温かな笑みを浮かべた。
「ふふ、やっと追求してくれましたね。でもその……それについてはちょっと教えられません」
「なんだよ、それ」
それじゃ聞いた意味がないじゃないか。
「ここに来たのは、私なりのケジメといいますか……そんな感じなんです。私は絶対に、君の縁を直さなきゃいけないんです。それが私の使命ですから」
「……あっそ」
「そうだ。私が司君に“おまじない”をしてあげますね!」
「は? いや、おい……ッ!?」
何かを思い立ったらしく、桜夜はパンと手を打ち司の右小指に自分の小指を絡めてきた。
河川敷で見た例の指切りらしい。
咄嗟に腕を引っこめて回避を試みたのだがあっさりと捕縛され、司の小指と桜夜の小指がきゅっと思いの外強く結びつく。
「恐がらなくても大丈夫です。これは、司君の縁を直す第一歩ですから」
絡められた小指の先端がほんのりと暖まっていくのが分かる。同時に足元からふわりと温かな風が舞い上がる。まるで、今ここだけに春が訪れたようなふわふわとした温かさに包まれながら、桜夜はそっと瞳を閉じて呪文を唱えた。
「“キズナ”結んで、“ココロ”開いて――」
次の瞬間、河川敷で見た淡い光が司と桜夜を包みこんでいく。光の中、彼女はニッコリと司に微笑みかけた。
「……?」
脳裏に過ぎったそれは、既 視 感というものだろうか。
今日初めて出会ったはずなのに、何故かその笑顔だけは見覚えがあるような気がしてならなかった。
何時、何処で?
思い出そうとしても本当に見覚えがあるのかどうか自分でもあやふやで、結局それらしい記憶は思い出せなかった。
光は、あの時と同様そう長く続かなかった。
司は自分の身に何か異変が起きてないか、例のカップルの時のように全身をくまなく調べる。
だが、やはり特にこれといった変化はなく、痛みも無ければ不快感もない。
そっと離された小指も、わずかな熱を帯びている以外は何も変わらなかった。
「な、なぁ……今の、いったい何をしたんだ?」
「それは秘密です。では、今日はコレでお暇いたしますね」
用件はそれだけだったのか、彼女は“おまじない”とやらを済ませるとそそくさと神社の外へと向かって歩き出す。
「お、おい!」
「明日をお楽しみにしててください! きっと、イイコトがありますから!」
去り際にぶんぶんと手を振って別れの挨拶した彼女を呆然と見送り、司は夜の神社にポツンと取り残される。
……何だか、嫌な予感がしてきた。
そもそもどうして、自分は知らない人物と一緒にこんなところへ来てしまったのだろう?
関わり合いにならないほうがよかったのでは?
いくら自問しても、答えは出せないでいた。
「明日……って」
別に休日でも祝日でもない。至って普通の木曜日で登校日だ。
とんだ無駄足にドッと疲れを覚えた司はとぼとぼと神社を後にする。
冷凍食品の小袋がびっしょりと濡れているが……まぁ、食べられればいいか。
そんな風に呑気に考えながら、司は今度こそ自宅へ向かって歩き出した。
第三話なう!
……特にこれといったコメントが、ない;
次話は……何故か気分が乗らず難航気味で未定です;
すみません……




