そのはち
手芸屋は娘を離しながらにこりとほほ笑んで、その両手に持っている得物を娘に見せつけるように目の前に掲げると、宣言するように言いました。
「よろしいでしょう。では私がその暴漢をやっつけてまいりましょう。あなたに結婚を無理やり取り付けた男もこのはさみでやっつけてきたばかりですから、今度もうまくいくでしょう。そうしたらもうあなたの憂いは無くなります。あなたはその間に泉に行って身体を綺麗にしてきてください」
さて、娘は困りました。
だって家の手伝いをしたこともない娘に、泉などわかるはずもありませんから。
けれどここでもし泉の場所を知らないと言えば、手芸屋はおかしく思うことでしょうから、娘はただ黙ってうなづくだけでした。
手芸屋は言葉をかけた後の娘の不安そうな顔に自分のことを心配してくれているのだと勘違いをして、そしてそれでも頷いて薄く笑った娘に強く感動をして、決意を新たにしました。
はさみが朝日にきらめきます。
でもそのはさみにはまだ乾ききっていない血糊がついていました。
手芸屋は娘にうなづくと、娘が泉の方向に向かって歩き出すのを確認した後に、音をたてないように家に入って行きました。
家の中でまず目に入ったのは娘の哀れな母親の亡骸でしたが、今は構っているわけにはいきません。
手芸屋はベッドで鼾をかいて眠っている男に集中をして、そおっと近くまで寄りました。
ものすごく大きないびきの音に、手芸屋が近寄った音などかき消され、簡単に男の眠るベッドに近づくことができた手芸屋は、その手に持つはさみを男の心臓に一刺しで打ち込みました。
男のいびきが一瞬止まったかと思うと、今度は唸る声が喉元から聞こえてきましたが、それもまた一瞬のことでした。
あっけなくベッドの上で抜け殻となった男をベッドから転げ落とすと、昨日の夜狼に殺されたままの母親をそおっとベッドに上に乗せて、粗末な布を被せました。
そうすることで娘が喜ぶかと思ったのです。
時間がのろのろと進んでいきますが、娘の戻ってくる気配は一向にありません。
しびれを切らした男は、まだ泉にいるだろう娘を迎えに行きました。
ところが娘は途中の切り株でぼうっと座っていたではありませんか。
驚いて駆け寄ると、娘は朝に分かれたままの血に濡れた赤い姿のままで、まだ泉には行っていなかったようでした。
「どうしました?こちらはうまくいきましたよ。もう安心して身体を清めていらっしゃい」
「そうなんですが、気が動転してどこをどう歩いたものかわからなくなりました」
娘は切り株に座ってどういいわけしようか考えていたのです。
何とか考えたいいわけに手芸屋はさもありなんと頷いて「では一緒に行きましょう」と娘の手をとりました。
するとどうでしょう。
娘の陶器のような美しい肌が、手のところだけまるで老婆のようにしわがれていたのです。
これには手芸屋どころか娘まで驚きました。
なぜそうなったのかはまったくわかりませんし、手以外のところは相変わらずすべすべとした美しい白い肌でしたので、これは血が乾いて皮膚がよってしまったのだろうということになりました。
早く血を流さなければもっとひどくなるかもわからないと思い、手芸屋はあわてて娘と泉に向かいました。