そのなな
粗末な木のドアの隙間から朝の光が差し込み、ちょうど娘の顔を照らしてぬかるんだ眠りから覚まさせました。
娘の横には昨日の口の悪い男が気持ちよさげに鼾をかいて眠っています。
憎々しい男を無表情に見下ろして、娘はそおっとベッドから抜け出しました。
ふらふらと数歩足を進めたときに、娘は何かに足元を取られ、つんのめってこけそうになりながらも、その足元のものを見向くことなく幽霊のように外へと向かいました。
その足元のものは、誰にも弔われることもなく見捨てられた娘の母親の冷たくなった抜け殻でした。
娘がのろのろとドアを開けると、日差しが娘の赤に濡れた無残な姿を照らし出しましたが、娘はそんなことなどお構いなしで、自ら踏み出したことのない外に一歩出ようとしました。
するとそこには一人の男が朝日を背にして立っていました。
その男の片手には布切りはさみ、もう片方には見たことのある棒がだらりと腕から下がっています。
あばら家から出てきた娘を見つけると男は飛び上がらんばかりに喜んで娘を抱きしめました。
「なんて喜ばしいことだろう。私の心が通じたのか我が花嫁が直々にお出迎えとは」
ひとしきり喜んで娘を抱きしめていた男は、ふと、自分の手の中にいる娘がなんの表情も浮かべていないことに気が付いて、娘の顔をまじまじと見つめました。
「いったいどうしたことでしょう。私と会えて嬉しくないのですか?」
不審に思ってそう尋ねると、娘はびくんと身体を震わせて、その時初めて男が誰だか理解しました。
その男は、祭用の最高級の布を籠いっぱいにしてくれた手芸屋の主人でした。
「ああ、あなた。大変なことが起こってしまいました」
娘は手芸屋の主人の胸に寄りそうと、悲しそうに声を震わせました。
手芸屋の主人はいったい何事が起ったのかと娘に促すと、娘は手芸屋に話しだしました。
手芸屋から家に帰るときに荷物がどうしても重くて休んでいると、男の人が手助けをして籠を家まで運んでくれたこと。
家に帰りつく前に悲鳴が聞こえたので急いで戻ると、母親が狼に襲われて殺されていたこと。
そして籠を持ってくれた男が、その狼を倒してくれたこと。
けれどその男が、狼を倒した報酬に、自分に襲いかかったこと。
そして今その男は、すやすやと家のベッドで寝ていること。
たどたどしく、また涙を浮かべながら話す娘に、手芸屋は「なんてことだ」と呟きながら慰めるほかありませんでした。