そのよん
初めて入る手芸屋にはたくさんの布とたくさんの糸とたくさんの小物で溢れていました。
娘はドレスなど作ったことがありませんでしたので、どれを選んでいいのかもさっぱりとわかりません。
ちょうどその時たくさんの布の間からひょっこりと店主さんらしい人が現れました。
そこで娘は店主さんに尋ねました。
「祭のドレスに必要な布や糸をこの籠がいっぱいになるまでくださいな」
「これはこれは美しいお嬢さん。いらっしゃいませ。今度のお祭りに必要な布ですね。美しいお嬢さんをもっともっと美しく飾り立てるような布がこちらのほうにございます」
店主は娘を見てにっこりとほほ笑みました。
なんて美しい娘なんだろう。
透き通るような真っ白い肌、艶やかで長い黒髪、黒曜石にも見える瞳は大きく潤んでいます。
店主はこれほど創作意欲を満たしてくれる娘をいまだかつて見たこともありませんでした。
祭のドレスを作るということならば、まだ結婚相手もいないはず。
そう思うと店主はぜひともこの美しい娘を手元においておきたくなりました。
そこで店主は店の奥に置いてあるとっておきの布ととっておきのレースを出して、娘にこう言いました。
「うちの店でお出しできる最高の布と最高のレースこそ、お嬢さんに相応しいと思いご用意いたしました」
店主が持ってきた布は、店のどの棚にある布よりも綺麗に光り、しなやかでした。そしてレースも信じられないほど繊細で、娘は一目見てその布とレースが欲しくなりました。
けれど手持ちの小銭では、絶対に買えないほどの価値があるのは、世間知らずの娘でも分かっていましたので、ため息をついて眺めているだけでした。
「どうされました?この布やレースがお気に召さないのですか?」
「とても素敵です。けれど私の手持ちではこの布は一メートルも買うことができません」
「では、こうしてはいかがでしょうか。お嬢さんはこの布とレースをその籠いっぱいにして持って帰るかわりに、私と今度の祭りを過ごし、祭りの最後の日に結婚をする、というのは」
娘は驚いて店主を見上げました。
だって祭りを一緒に過ごして結婚するだけで、この籠いっぱいに素晴らしい布とレースを持って帰れるというのですから。
こんな素敵な申し出を断るなんて馬鹿だとしかいいようがありません。
娘は店主に向かってにっこりとほほ笑んで言いました。
「なんて素敵な申し出でしょう。この布とレースを使ってドレスを作り終わったら、あなたと一緒に祭りを楽しみますわ。そうして最後に日に神様に結婚の報告をしましょう。……でも」
娘は口を濁しました。
「でも?」
「でも、私には結婚の約束をした方がいるのです。それは店の前で待っているあの大きな男なのです。先ほど村に来た時に無理やりに結婚の約束をさせられて、そしてここまで連れてこられました。店の前にいるのは私が逃げないように見張っているからなのです。あの男がいる限り、私はあなたと結婚することができないのです」
「なんてことを。結婚の約束は無理やりすることではないというのに。……よろしいでしょう。では私があの乱暴な男をやっつけてまいります。ですからあなたは安心をして私に嫁ぐためにドレスを作るといいでしょう」
こうして娘は村で最高級の布とレースを籠いっぱいになるまでもらいうけ、店主と結婚の約束をして店の裏口からこっそりと出て行ってしまいました。
もちろん、表に立って待っている男のことなど頭の隅にも考えることはありませんでした。