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そのさん

 一歩足を踏み出してみれば、そこは遠い記憶にある通りのままの村でした。

 娘が家から出なくなって十年はたとうとするのに、その十年を飛び越したかのように何一つ変わっていない村。

 あの当時の嫌な思い出が一気に娘を襲いました。


 村を訪れるたびに、五歳になるかならないかの幼い娘を棒きれで追いかけまわした子もいれば、石を投げつけて怪我を負わした子、親が言う言葉を真に受けて同じ言葉で娘を馬鹿にする子もいれば、長い髪をひっぱりまわされ最後に髪を切られたこともありました。

 髪を切られたときの刃物のきらめきが、いまだに娘の脳裏をよぎって外に出あることをやめさせていたのです。

 

 それなのに今、娘は村の広場に立っていました。

 中央に手を洗えるように水を流し込む場所があって、そこで娘は顔を一生懸命洗っていました。

 まるで一生懸命洗えば、昔のことなんて忘れてしまえると思っているかのように。


 「お前は誰だ」


 背後から威嚇した野太い声で声をかけられました。

 娘はびくんと身体を震え上がらせました。

 人から声をかけてもらうことなんて、家に籠ってから初めてのことですし、なによりその声は娘を警戒して大きく威嚇した声だったので、娘は恐怖におののきました。


 「あ……あ……っ」

 「なんだ。お前は口がきけないのか。それとも馬鹿のどちらかか?」


 男は娘を侮蔑するために持っていた棒で娘の顎をあげました。

 するとどういうことでしょう。

 男は息をすいと飲みこんでだまってしまったではありませんか。

 それもそのはず、娘の白磁の肌からは水滴が滴り落ち、薔薇の花弁のような唇は震えからか少し開いており、大きく開いた目は怯えを孕んで覗きこむように男を見上げていたのです。

 まるで男に苛められて情けを乞うようなその姿。

 その姿は男が今まで見たどの娘よりも美しくまた悩ましく、男はその瞬間に娘のとりことなったのです。


 「あ……あの」

 「初めて見る顔だな。お前は誰だ」

 「わ、私は森の娘です」

 「うそをつくな。森にお前ほど美しい娘がいるわけがない。そんな嘘を平気で付くようなやつは俺が娶って一生嘘をつけないようにしてやろう」

 「……美しい……?」

 「そうだ。お前は美しいからそうやって嘘をつくんだろう」

 「わたし……美しいの?」

 「馬鹿か、お前は。それとも俺の言うことが信じられないのか?」


 男は憤慨して娘の腕をとって近くの雑貨屋に入りました。

 そこで店員に手鏡を渡してもらい、娘の顔を鏡に映して声を大きくして言いました。


 「お前は美しい。だから俺と結婚するんだ。それがお前の幸せってもんだ」


 娘は鏡を見て呆然としていました。

 今まで水鏡でしか自分の姿を見たことがなかった娘は、自分の本当の姿を初めて今見たからです。

 あまり美醜というのが娘にはわかりませんでしたが、たしかに雑貨屋の店員の娘に比べれば美しいのかもしれないけれど、いきなり結婚しろといわれるほど美しいとは考えられませんでした。


 「そんな。私と結婚の約束をこの前の祭りでしたのに!」


 雑貨屋の店員は男に向かって叫びましたが、男はその娘に一瞥しただけで興味を引くことはなく、娘の腕をまた掴んで雑貨屋の外にでました。

 

 「さあ誓え。俺と結婚をすると」


 店の中から雑貨屋の店員の泣き叫ぶ声が聞こえてきます。

 娘はそれを聞きながら、目の前の男の顔を改めてじっと見ていました。

 どこかで見たことのあるその顔は、幼いころ村に来るたびに棒きれで追いかけまわしてきたあの不愉快な男の子の顔を伸ばしたように見えました。

 すると今まで感じていた恐怖はどこかに消え、娘は心の中で何かがごぷりと湧きでるのを感じました。


 「私は……私は結婚の約束を他の人としていますので、たくましいあなたとは結婚できません」

 「それは誰だ。お前にふさわしいのは俺以外にあり得ない。そいつを俺が殺してしまおう。お前は俺と結婚するんだ」

 「それはできません。その人とは先ほど約束したばかりですが、その人はとても親切に私をこの村に案内してくれました。森の入り口でずっと私を待っていますので、私は用事を済まして彼のもとにいかなければなりません」

 「なんだと!森の入口にお前を奪う男がいるのか。俺がそこまでいってそいつを殺してこよう」

 「なりません。ですがあなたが不慣れな村での案内をかってでてくださるのなら、私はその人に別れを告げて、あなたと添い遂げましょう」

 「その程度のこと、俺には朝飯前だ。よし。お前のいう用事とやらをさっさと済ませてしまおう。そうしたらお前は俺のものになるんだな」

 「はい、旦那様。村で一番のたくましい人が私の旦那様になるだなんて夢のようです」

 「そうかそうか。ではどこに連れて行けばいいんだ」


 さっそく娘は男に籠を見せて、この籠いっぱいに布とレースを買わなければいけないことを伝えました。

 男は娘を連れだって手芸屋の前にくると、一緒に店に入ろうとしました。

 娘ははにかんで男に言いました。

 

 「私は今度の祭りのために、あなたと一緒に踊るために必要なものを揃えるのです。ですからその時まであなたには秘密にしておきたいのです。」


 そんなかわいらしいことを言われて中に一緒に行くほど男は無粋ではありませんでしたので、娘の言うとおりに店の前で待っていることにしました。



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