そのに
娘と狼は森の入口まで何事もなく歩いてきました。
なんのとことはない、娘の家から村までは細い一本の道で繋がっていたのです。
なんだ、とても簡単な道だったのね。
娘は狼に道案内を頼んだことを後悔しました。
人間の自分とは決して結婚などできないと分かっていたからこそ簡単にお願いをしてしまったのですが、よく考えてみればずる賢い狼のことです、結婚はできないにしても他のことで難癖をつけてくるかもしれません。
たかだか一本道の案内で、この先ずっと狼にまとわりつかれるなんて御免こうむりたいと思いました。
「村が見えたぞ。俺はここまでしか案内はできないが」
「じゃあここでお別れね」
娘はほっとしました。
けれども一人で村に行くなんて怖ろしいとも思いました。
不安が顔に現れたのでしょう。狼はふんと息を荒げ、娘に顔を近づけるように言いました。
娘は狼の言うとおりに膝を折り、狼の顔に自分の顔を近づけると、狼は大きくざらざらした舌でべろんべろんと娘の顔を舐めまわしました。
「何をするの?!」
「お前がおかしなことを考えないように、俺の臭いをつけておいた。さあ、村に買い物に行ってその籠いっぱいのレースと布を買ってこい。俺はここで待っているから必ず戻ってこい」
狼は鼻先でぐいぐいと娘を押しやって、早く村に向かうように促しました。
狼に舐められて気持ち悪いこと、気持ち悪いこと。
その上ものすごく臭いのです。
娘は村に行くことを怖がりましたが、それ以上にこの気持ちの悪い感触と臭いを消したいがためには水が必要です。森の奥の泉は果てしなく遠く、村はすぐそこにありました。
もちろん娘は村を選びました。
躊躇したのは狼の鼻先で押し付けられて歩きだした初めの数歩だけです。
あとは転がるように村まで走って行きました。
森の入り口では狼が「早く帰ってこいよ」とうろうろ歩きながら娘に叫んでいますが、娘はそんなことは知ったことではありませんでした。
ようやく村の入り口にたどり着くと、娘は足を止めました。
この村には昔、言葉で馬鹿にしたり石を投げたりして、娘をたいそう苛めた子供達が住んでいました。
娘が一歩も外に出なくなった原因でもありました。
本当は村になど一生足を踏み入れたくはありませんでしたが、布やレースはここでしか売っていません。
それになによりも狼の舌の感触と吐き気をもよおすほどにくさい臭いを水で洗い流したくてたまりません。
娘は意を決して村の中へと進んでいきました。