そのじゅう
ベッドの上では娘が気持ちよさそうに眠っていました。
その顔を覗きこむと、やはり手芸屋が思った通り娘の唇は老婆のそれとなってしわが寄っていました。
もう驚くことすら馬鹿らしくなってきました。
しばらく待ってみたものの娘が起きる気配がないので、日が暮れる前に食事の用意をしようと火を焚きました。
そして僅かな野菜を見つけると、それを使ってシチューを作りました。
するとベッドの上の娘は鼻をひくひくとひくつかせ、匂いを十分に嗅ぎながら起きました。
「起きましたか?ご飯ができていますよ。さあ、食べましょう」
「……あまりおいしそうな匂いではないけれど、お腹がとっても減っているから美味しく感じるでしょうよ」
何もしない娘は、誰かがすべてしてくれるのが当たり前になっているので、感謝の気持ちなどもつことはありません。それどころか自分が十分に満たされないと不平を言うのが常でした。
ですからこのときも手芸屋があり合わせで作ったシチューをありがたいとは全く思うことはなく、逆に薄っぺらい匂いが食欲を満足させることはないと判断して文句をいってしまったのです。
もちろん娘に悪気なんて一つもありません。
今までそれがあたりまえだったのですから。
けれどそんな娘の日常など知る由もない手芸屋は、この時ばかりは声を張り上げて怒りました。
「なんてことを言う娘なんだろう!お前は母親の弔いもせず、ベッドでただ眠っていただけじゃないか。それなのにお前が眠っている間に作ったシチューを美味しそうでない匂いだとか良くも言えたものですね」
「だってあなたが私の世話をしないでいったい誰が私の世話をするというの?私の食事をつくるというの?母は死んでしまったから、あなたは母の代わりにそれを全部してくれるのでしょう?私は今までと変わらずここで過ごせたらそれでいいだけなんだから、結婚するならそれくらいのことはしてくれてもいいでしょう」
「なんですって?!私がお前のすべての世話をするですって?何を馬鹿なことを。女は家の中の家事をして、男は外で仕事をする。それが当たり前でしょう!」
「あたり前って?だってあなたが私を望んだのだから、あなたが私の世話をするのが当たり前でしょう?私は何一つしたこともなければ、する必要もなかったのに。手芸屋なんかにいかなければ母は狼に殺されることなく今までと同じにずっと私の世話をしていたはず。だからあなたには私の世話をする責任があるでしょうに」
手芸屋は目玉が飛び出るくらいに大きく目を開けて、意味のわからない言葉を紡ぐ老婆のような口元を凝視していました。
その間にも鼻をひくひくひくつかせ、娘はシチューの出来を不満に思っているかのようでした。
すると娘が鼻をひくつかせるたびに、鼻の長さがどんどんと伸び始め、くすんと鼻をすするたびにしわが一つ増えて行きました。
それはまるで魔女の鼻のようでした。
手芸屋は変わっていく娘の顔をまじまじと見つめました。
もう若い娘のそれではなくなって、すっかりと老女のそれに変化してしまった娘が、声だけはそのままの張りのある美しい音を出して文句を言っていました。
「美しかったお嬢さんはもうどこにもいないのですね」
ぽつりと漏らした言葉に、娘は驚きました。
「何を言ってるの?私を美しいと言ったのはあなたでしょう」
「そうですね。昨日まではとても美しいお嬢さんでしたよ。けれども今ここにいるのは醜い老女のあなたです。その手とその身体と、そうしてその口その鼻は、まるで魔女のようにしか見えません」
「なんですって?いうにことかいて魔女ですって?」
「そうですよ。信じられないのから、その瓶に入っている水に顔を映して御覧なさい。私の言葉が真実だとあなたは知るでしょう」
娘は嘘だと思いながらも、手や体が老婆のようになっていることを思い出しておそるおそる瓶を覗きこみました。
するとそこには大きな鷲鼻を持つ、醜くしわだらけの女が娘をただ見つめていました。
明日で最終話になります。




