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そのいち

この話には途中残酷な場面があります。苦手の方は回避願います。


 ある森の、奥のそのまた奥に、この世のものとも思えないほどの美しい娘がおりました。

 その娘の長く伸びた髪はカラスの濡れ羽色と呼ぶにふさわしいほどつやつやと滑やかな光沢があり、その大きく見開いた瞳は黒曜石のように透明感がありましたし、生まれてこの方一度も日差しの下に出てきたことがないのではと疑いたくなるほどの真っ白い肌を持っておりました。

 それもそのはず、その娘はある時を境に家から一歩も出ることなく暮らしていたのです。

 

 小さなころは家から出なくてもよかったのですが、だんだんと年ごろになるにつけ、母親は娘のことが心配になってきました。

 このままでは娘は一生この小さなあばら家から出ることなく人生を終わってしまうのではないか。

 そう考えると母親は夜も眠れなくなってきました。

 そこで母親は娘に尋ねました。


 「娘や、お前ももうよい年頃となったのだから、そろそろ外の世界にでてみてもいいんじゃないのかい」


 その言葉を聞いて、娘は火がついたように怒り出しました。


 「お母さん、ひどいじゃない!お母さんは私を死に追いやりたいの?外の世界には危険なことがたくさんあって、嫌なことがたくさんあって、私の繊細な神経では耐え切れないのは知っているでしょう?」

 「そんな……お前。いうに事欠いて『死に追いやりたい』だなんて」

 「だってお母さんは言ったわ。お前の好きなだけ閉じこもっててもいいんだよって。まさかもう忘れたの?」

 「それはお前の子供のころの話だろう。もう十分に大人なのにいまだに家に閉じこもっているだなんて思ってもみなかったんだよ」

 「それはお母さんが勝手に『大人になったら』なんて思ってただけでしょう?私はずっとこの家で一歩も出ることなく過ごしていたいの」


 確かに好きなだけとはいいましたが、家のことを何もせず朝寝て夜起きる、ご飯は据え膳で好きなことをしている時だけ嬉しそうで家の用事を一つでも頼もうとしたら途端に癇癪を起こすようになってしまった娘に、母親はほとほと困ってもいました。

 それにもう母親も年で、いつこの世を去ってもおかしくないと思ってもいました。

 ですので娘にはそろそろ世間に出て自分で生きて行くことを知ってもらわないといけないと思っていました。

 いつもでしたら癇癪を起した娘をなだめすかして、平穏になるまで甘えさせていた母親ですが、今回ばかりはもうそうはいっていられません。

 

 「もうすぐお前の十六の誕生日だ。十六の誕生日には自分で縫ったドレスを着て村のお祭りにでないといけないものだよ。さあ、いつまでも子供のように駄々をこねているんじゃない。ドレスを作るのに必要なものを村にいって揃えておいで」

 「そんなことを言っても私は外になんて出たことがないし、村に行く道なんて知ってもいないのに」


 娘の手にはいつの間にか小銭と、そして籠を押し付けられて、あっという間に家の外に追い出されました。もちろん中からかんぬきをされて。

 

 「いいかい。針と糸、布にレース。必要なものをその籠いっぱいにしてくるまで、帰ってくるんじゃないよ」

 

 娘は途方にくれました。

 だって家の外にでたのはもう十年も前のことです。

 森の姿は窓からしか見ることはなく、季節の移り変わりも肌で知ることはありませんでした。

 それがいきなり外の世界にほおりだされたのです。

 娘は怒り狂いました。

 泣き叫びました。

 慈悲を乞いました。

 家の扉の前で思いつく限りの言葉で母を詰りました。

 それでも家の扉はびくともすることがなく、母の声も一言すらかかることはありませんでした。

 太陽は天上の一番高くまで届きました。

 このままここにいても母親は娘を家に入れることはないでしょう。

 娘はとぼとぼと草が生えていない道を選んで村のある場所に向かって歩き始めました。

 

 しばらく歩くと、道の向こうから一匹の狼がやってきました。

 娘が家にこもってから出会う初めての動物でした。

 娘は狼を恐れ慄きましたが、それ以上に初めての動物に興奮もしていました。


 「そこの娘。一体お前はどこに行くんだ」


 狼が問いますと娘は答えます。


 「この籠いっぱいになるまでの布やレースを買いに村に行くの。素敵な狼さん。村への道はこの道でいいの?」


 狼にびくつきながらも震える声ではっきりと狼に話したものですから、狼は大変根性のある娘だと関心をしました。

 そこで狼は珍しくも親切心などをだして、娘を村の近くまで案内することにしたのです。

 

 「俺が村の近くまでつれていってやろう。そのかわりお前は俺に何をしてくれるんだ」


 娘は狼が何を言っているのかわかりませんでした。

 だって娘に親切にするのは当たり前のことで、何か見返りを与える必要などないはずだったからです。


 「なにっていわれても……」

 「なんだ、そんなことも決めれないのか。じゃあ俺が決めてやろう。布とレースをその籠いっぱいに買えたなら、俺と結婚するんだ」


 なんだ、そんなこと簡単だわ。

 娘はそう思いました。なぜなら相手は狼です。人間の自分と結婚なんてありえません。

 ですので気軽に「わかったわ」と答えてしまいました。

 これに狼は大変喜びました。

 たかだか村に案内するくらいで、きれいな人間の娘と結婚できるのです。

 狼は張り切って村までの道を案内しました。

 

 


 


 

 

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